日本政府観光局Japan National Tourism Organization(JNTO)
Executive Director 鈴木結佳氏

今回は日本政府観光局の鈴木結佳氏にお話を伺いました。
日本政府観光局(JNTO)は、国土交通省の管轄下にある独立行政法人として、訪日外国人旅行の促進を担っています。世界26都市に海外事務所があり、それぞれの市場に合ったプロモーションを展開し、地域活性化や国際交流の推進にも貢献しています。トロント事務所は1957年設立の歴史ある海外拠点で、カナダ市場に向けた情報発信の他、旅行商品の普及、旅行・航空・メディア各社との連携など多岐にわたる活動をしています。
鈴木氏はアウトバウンド業務からキャリアをスタートし、BC州観光局や航空会社での経験を経て2017年にJNTOに入構。カナダとの関わりは長く、観光分野における豊富な知見とネットワークを活かし、2024年7月にトロント事務所に着任。現在は現地責任者として、カナダ市場における訪日旅行のさらなる促進に尽力されています。
-事業内容のご紹介をお願いします。
日本政府観光局は、訪日外国人旅行者の誘致・促進を担う日本のインバウンド観光の中核機関です。「日本の魅力を、日本のチカラに」をスローガンに、観光を通じて経済の発展、地域活性化、国際理解の促進、そして日本のブランド力の向上に貢献しています。
トロント事務所は、1957年にニューヨークに次ぐ海外拠点として開設され、以来、カナダ市場における日本観光のプロモーションを担ってきました。現地の在外公館、旅行会社、航空会社、メディアなどと連携しながら、マーケティング情報の収集・分析を行い、一般消費者に向けて日本の魅力を発信しています。
主な取り組みとしてオンラインでの情報発信に加え、広告展開や、主要メディアやインフルエンサーとの連携による記事・番組制作などを通じて、日本の認知度向上に努めています。また、旅行博やアニメイベントなど対面での情報発信の機会も活用しています。特にアニメイベントでは、コスプレ姿の来場者がJNTOブースに集まり、日本旅行への関心を熱心に語る姿が印象的です。こうしたコアなファン層は、日本文化や歴史への理解も深く、日本語を独学で学ぶ方も多いため、将来的なリピーターとして有望なマーケットと捉えています。
旅行業界関係者向けには、日本の観光事業者とカナダの旅行会社などをつなぐ商談会やネットワーキングイベントを開催し、新たな旅行商品の開発・販売促進を支援する研修旅行やセミナーも積極的に実施しています。
一方、東京本部では、統計分析や受入環境整備、地域支援、ブランディングなどを展開。地方自治体や観光団体と連携し、地域の魅力を国内外に広く伝えています。観光旅行に加え、MICE分野(報奨旅行・国際会議等)にも注力し、ビジネス渡航の促進にも取り組んでいます。
-御所の強みについてお聞かせください。
JNTOは現在、世界26都市に海外事務所を展開し、それぞれの市場に合わせたプロモーション活動を行っています。現地の旅行トレンドや消費者ニーズを的確に把握し、日本国内の関係者へリアルな情報をフィードバックできるのは、グローバルネットワークを持つJNTOならではの強みです。
特にコロナ禍以降、旅行市場は大きく変化し、AIによる旅行プランニングやSNSを通じた消費行動など、環境は複雑化しています。こうした中で、各国の旅行会社やメディアとの接点を確保し、旅行トレンドを読み解く力、政治経済の動向を見極める感度が求められています。各事務所が築いてきたネットワークは、まさにJNTOの財産です。
また、オーバーツーリズムへの懸念や地方誘客への関心が高まる中、国内の観光資源や受入環境整備の状況を的確に把握し、地域の進捗と歩調を合わせて取り組むことも重要です。国内のステークホルダーとの強固な連携も、JNTOならではの特長のひとつです。さらに、統計や市場特性に基づいたマーケティング戦略を構築し、効果的なプロモーションを展開できる高い専門性も、私たちの強みです。
-今後特に力を入れていきたいことについて、お聞かせください。
政府は2030年までに訪日外国人旅行者数6,000万人、旅行消費額15兆円という目標を掲げています。JNTOトロント事務所としても、カナダからの訪日客の増加は引き続き重要なミッションです。
令和5年3月に閣議決定された「観光立国推進基本計画」では、「持続可能な観光」「消費額拡大」「地方誘客」の3つが基本方針として示されており、人気都市に集中する傾向を緩和し、訪問地域の多様化を進めることが求められています。
最近は、あまり知られていない地域への関心も徐々に高まっていますが、依然としてカナダからの訪問者は人気都市に集中している傾向があります。そのため、オーバーツーリズムへの配慮も含め、地方の魅力を丁寧に伝えていくことが重要です。われわれもカナダから日本を訪れるすべての方が、豊かな自然、地元の人々との交流、多彩な食文化、祭りや伝統芸能、そして四季折々の美しさなど、心に残る体験を得られるよう、地方誘客に力を入れていきます。
また、日本を「一生に一度行く場所」ではなく、「何度でも訪れたくなる場所」として伝えていくことも大切です。リピーターの増加は自然と地方への訪問にもつながると期待しています。
-特筆すべきニュースなどありますか。
2024年の訪日外国人旅行者数は過去最多の3,687万人、旅行消費額は約8兆1,400億円(前年比+53.4%、2019年比+69.1%)と、いずれも過去最高を記録しました。
カナダからの訪日客数も約58万人と過去最多を更新し(前年比+36.1%、2019年比+54.4%)、消費額も上昇傾向にあります。2025年に入ってからもこの流れは続いており、前年を大きく上回るペースで推移しています。
現在、カナダはアメリカ、オーストラリアに次ぐ欧米豪エリア第3位の訪日市場であり、ヨーロッパのどの国よりも多くの旅行者が日本を訪れています。好調の背景には、JNTOのプロモーション活動による訪日意欲の高まり、訪問者数の増加による口コミの広がり、新規就航や増便による航空座席の供給増、円安や日本の物価の相対的な安さなどが挙げられます。
また、日本は海外でも高く評価されており、『コンデナスト・トラベラー』誌の米国版「リーダーズ・チョイス・アワード」では、「世界で最も魅力的な国」第1位に3年連続で選ばれました。東京は「世界で最も魅力的な大都市」部門で1位に2年連続で選出。『ナショナルジオグラフィック』の「Best of the World 2025」には金沢が、『ニューヨーク・タイムズ』紙の「2025年に行くべき52カ所」には富山市と大阪市が選出されています。こうした国際的な評価も、今後の訪日需要を後押しする要因となっています。
-インバウンドが急速に増加しているのですね。一年を通して、特に観光客が増加する時期はいつごろになりますか?
最も訪日客が多いのは、桜の季節である3月から4月です。スクールホリデーやイースターホリデーとも重なり、旅行需要が高まります。また、暑さが和らぎ、紅葉の美しい10月、11月も人気の高い時期です。
-鈴木所長はご出身はどちらですか。今までのご経歴もお聞かせください。
出身は東京です。現在はインバウンド観光に携わっていますが、JNTOに入構する前は、長くアウトバウンド(日本から海外への旅行)に関わってきました。キャリアのスタートはJTBで、主力ブランド「ルックJTB」の北米方面、特にカナダツアーの企画を担当していました。


それ以来、カナダとは長年にわたる深いご縁があり、その後、ブリティッシュ・コロンビア州観光局東京事務所ではメディアPRを担当し、日本からBC州への旅行促進に取り組みました。取材に同行してオカナガンのワイナリー巡りやベアウォッチング、先住民の村の訪問などを経験したほか、プライベートでもヘリスキーやテントを担いでロッキー山脈を数日かけての縦走、ヨットやカヤックでの島巡りなど、アウトドアの魅力も存分に味わってきました。こうした経験は、地域の自然や文化への理解を深めるとともにリアルな体験に基づいた発信は、旅行者の心を動かす説得力あるメッセージにつながっていたと感じています。
その後、海外の航空会社で広報を担当し、2017年にJNTOに入構。以降は視点を変え、海外から日本への旅行者を増やす「インバウンド」の分野に携わっています。
-今までで印象に残っているプロジェクトについてお聞かせください。
現職ではありませんが、BC州観光局で実施した「バンクーバーマラソン」のプロモーションは、今でも強く印象に残っています。
当時、世界一住みやすい街と評されていたバンクーバーは、観光だけでなく、自然と都市の両方を体感できるアクティビティーを通してその魅力を伝えたいと考えていました。そこで、毎年5月のゴールデンウィークに開催されるバンクーバーマラソンを軸に、特設ウェブサイトの立ち上げ、有名人を起用した特集記事、ラジオ番組での紹介、タレントとのラン企画、大手フィットネスクラブとのコラボなど、多角的なアプローチを展開しました。
また、「バンクーバーマラソンファンクラブ」を立ち上げ、皇居ラン後の親睦会などを通じて、参加者同士の交流が自然に広がり、コミュニティが形成されていったことも印象的です。
マラソンコーチであり解説者としても著名な金哲彦さんをアンバサダーに迎え、日本でのマラソンクリニックや、現地セミナー、完走者を祝うパーティー、街歩きイベントなども実施しました。東日本大震災後には、旅行や大会開催を控えるムードがありましたが、現地のカナダ人を巻き込んだチャリティイベントを開催し、世界中のランナーから支持を得ることができました。
普段はメディアを通じた広報活動が中心ですが、こうしたリアルで継続的な取り組みを通じて、参加者同士がつながり、小さなムーブメントのような広がりを生み出せたことは、非常に貴重な経験でした。私自身も何度かバンクーバーマラソンを走りサブ4を達成しましたが、心から楽しい思い出です。
-お仕事を進める上でどのようなことを大 切にされていますか。
人とのつながり、そして仕事への情熱です。観光という好きな分野に携わっているからこそ、自然と情熱を持ち続けることができ、それはとても幸せなことだと感じています。
私たちは商品を直接販売するわけではなく、航空会社、旅行会社、日本のサプライヤー、メディアなど多くの関係者との連携によって訪日観光が成り立っています。必要な情報を提供し、関係者同士をつなぐ「橋渡し役」として、より良い連携を築くことが私たちの使命です。業界関係者とのネットワーキングは、日々大切にしています。
また、カナダ市場のリアルな情報をしっかりと収集し、日本の本部に現場の状況を正確に伝えることも重要です。そのためには、常にアンテナを高く張り、さまざまな動きに敏感であることが求められます。ローカルスタッフの協力にも支えられながら、日々改善を重ねて業務に取り組んでいます。
-プライベートな時間は何をして過ごされますか。お好きなスポーツなどありますか?
中学生の頃からテニスを続けています。ただ、トロントでは思ったよりもテニス環境が限られている印象です。他にも、スキー、マラソン、ハイキング、ヨット、乗馬など、体を動かすことは幅広く楽しんできました。

-乗馬の経験もあるのですね。
はい、日本で少し経験があります。日本ではブリティッシュスタイルが主流ですが、カナダではウェスタンスタイルが一般的で、乗り方や雰囲気もまったく異なります。最初は戸惑いましたが、自然の中を自由に駆ける感覚はとても開放的で楽しいです。BC州では、数日間馬で移動しながら旅するツアーもあるので、興味のある方にはぜひ体験していただきたいです。
-今後、カナダ駐在中に挑戦したいことは何でしょうか。
カナダならではの多様性を肌で感じるため、ここでしか出会えないような人々と積極的に交流する時間を持ちたいと思っています。
-最後になりますが、商工会会員の皆様へメッセージをお願いいたします。
長年にわたり、カナダと旅行に関する仕事に携わってきましたが、オンタリオ州についてはまだ知らないことが多いので、皆様のおすすめの場所があれば、ぜひ教えていただけると嬉しいです。
-本日はお忙しい中ありがとうございました。これでインタビューを終わります。