新代表者紹介インタビュー EBARA HG ULC 永谷祐介氏

EBARA HG ULC 
President and CEO 永谷祐介氏

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今回はEBARA HG ULC永谷祐介氏にお話しを伺いました。トロント西部のHalton Hills並びに北部のAuroraに拠点を置き、ポンプやミキサーの製造・販売を展開する同社。親会社である荏原製作所による買収を経て、旧EBARA Pumps Canada CorporationとHayward Gordon ULC、さらに米国の子会社を統合し、現在の社名となりました。
インタビューでは、海外の新拠点や新事業立ち上げ、北米を中心に事業を拡大し、幅広い分野で製品を提供するなどの新しい取り組みを成功に導いてきた水谷氏の経験を語っていただきました。

―事業内容の紹介をお願いいたします。
Aurora所在の旧EBARA Pumps Canada Corporationと、株式会社荏原製作所(以下、荏原)が買収した旧Hayward Gordon ULC(1952年設立)並びにそのUSの子会社を統合し、かつ社名変更したのが、現在私の勤務しているEBARA HG ULCになります。弊社は様々な産業市場向けに、ポンプやミキサーの製造販売を行っております。もともと親会社の荏原はポンプ事業が祖業の企業であり、当社もその流れを汲んでポンプに強みを持っています。

現在は主に北米を中心に事業を展開していますが、同時にEBARAグループのブランド力を活かしながら、世界各地のお客様にもポンプとミキサーを軸としたサービスアンドソリューションを提供できる体制を強化しているところです。

― ポンプやミキサーはどのような市場で活用されているのでしょうか?
ポンプは世界各国の地方公共団体の上下水道設備などのインフラ分野をはじめ、ユニークな例ですとマレーシアのマーライオン像のような観光施設にまで幅広く採用されています。さらに、鉱山向けの大型ミキサーはカナダの工場で、食品工場等のサニタリー向けのミキサーは米国工場で生産しており、日系企業様のみならず、米国や欧州を拠点とするグローバル企業様にも製品を提供しています。

弊社はB to B(企業間取引)ビジネスが中心のため、一般の方には馴染みが薄いかもしれませんが、EBARAグループの製品は世界中の多くの国・地域で活躍しています。たとえば、日本の首都圏外郭放水路といった洪水・浸水対策施設、砂漠のエリアに生活用水を送る設備、高層マンションへの飲料水供給設備や大型商業施設の空調設備など、生活インフラや商業・観光施設を支える「縁の下の力持ち」として、独自の存在感を発揮しています。

今後も、これまで培ってきた技術とブランド力を生かし、グローバルに事業を拡大していきたいと考えております。

―御社の強みについて、お聞かせください。
一つ目は、やはり製品の品質面です。弊社の製品は、万一故障すると、施設や設備全体の稼働に影響を与えるようなプロセスに納めるケースが多く、品質の問題は、我々はもとより、お客様にとっても死活問題となり得ます。そのため品質体制には特に気を配っています。荏原は100年以上、旧Hayward Gordon ULCも70年以上、と長く事業を続けることができているのは、品質面で高い評価をいただいているからこそだと考えています。

また、トラブルシューティングのために使う製品も多数取り揃えており、お客様の困りごとや課題の原因をしっかり追求し、解決策を提案できる点も弊社の強みです。水に限らず流体を「混ぜる」「運ぶ」という観点で、荏原グループとしての豊富な経験を活かし、多種多様なご提案が可能です。その結果、アフターサービスを含めリピートオーダーをいただく機会も多く、実績も積み重ねてきました。

現在、EBARA、Hayward Gordon、Sharpe Mixer、Scott Mixerと4つのブランドを保有しています。それぞれの業界で認知度が高く、過去に取引がなくても、関連業界の方とビジネスにつながる会話が成立しやすい点も、弊社の強みだと考えています。

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―今後特に力をいれていきたいことは何ですか?
冒頭でも申し上げました通り、もともと北米をベースとする会社ですので、北米市場でのプレゼンスやブランド力は引き続き活かしていきます。ただ、EBARAグループに加わったことで、グループの販路を活用できることになりました。

北米以外ではまだ手を付けられていない地域も多く、海外事業には大きな成長の余地があると考えています。EBARAグループは世界各国・地域に拠点を持っていますので、それらと密に連携することでグローバルに事業を拡大していくことが私の使命です。
一例ですが、金やレアメタルといった鉱山向けプロジェクトでは、この2~3年の間にブラジル、インド、トルコ、オーストラリアなど幅広い地域で新たな仕事を受注しています。弊社の対面市場は今後も成長が見込めるため、短期的な成果だけでなく、中長期的な展望も期待できる状況です。

―ご出身から今までのご経歴についてお聞かせください。
生まれも育ちも大阪で、学生時代もずっと大阪に住んでいました。荏原については、関西に住んでいるとほとんど知る機会がなく、私自身も大学時代に図書館で借りた本の中に荏原の取り組み事例が紹介されていたことで初めて存在を知りました。もしその本を読んでいなければ、今でも会社の存在を知らなかったかもしれません。それほど自分にとってなじみのない会社でしたし、最初は社名も正しく読めず、「えばら」ではなく「にんばら」と思っていました。

縁があり荏原に入社しましたが、本社が羽田空港エリアにあるため、入社と同時に東京での寮暮らしが始まりました。周囲は関東出身の方ばかりですが、話し言葉はずっと関西弁のままです。

初任配置は人事部でした。駐在されている方の中では、人事部出身というのは珍しいのではないかと思います。当時の人事部は深刻な人材不足で、膨大かつ幅広いタスクを日々こなす必要がありました。効率的に仕事を進めないと帰宅もままならない状況であったため、自然と効率重視の働き方が身につきました。組合交渉から採用まで幅広い業務に携わった経験は、現在の仕事にも活かされていると感じています。

人事部から異動した後は、グループ会社の予算・実績管理や投資判断を行う部門、グループ全体の長期ビジョンや中期経営計画を策定する本社の経営企画部門、国内外の工場やグループ会社の運営をサポートする社内カンパニーの企画・管理部門など、管理畑を歩んできました。いずれの部署も社長や執行役との距離が近く、図太い神経が更に図太くなったような気もしています。

それが関係しているのかは定かでありませんが、会社を代表して外部と折衝を行う機会も多くありました。厳しい交渉や冷や汗たらたらのスリリングな経験もしましたが、社内外の経営者の考えや動きを体感し、また自社のトップを補佐する役割を経験できたことは、今の仕事にも非常に役立っていると思います。

コロナ禍の中で新会社設立とその会社への赴任の指示が出て、2022年に新設した現地法人(旧EBARA Pumps Canada Corporation)に着任しました。その後、水面下で進んでいた会社買収の話が急速に進み、着任後1年も経たないうちにHayward Gordon ULCに異動となりました。当初は両社を見る形でしたが、最終的に両社を統合することとなり、現在に至っています。

―カナダ駐在前のご経験についてお聞かせください。
当社はこの20年、毎年のように海外売上比率が上昇しており、それに伴って各地に出張する機会も多くありました。中国北部も寒かったのですが、カナダの寒さはそれ以上ですし、逆に夏のサウジアラビアの酷暑も忘れられません。

十数年前には台北にある事務所の事務所長を任されていました。台湾の方々は日本人にとても親切で、暮らしやすい場所だと感じました。しかし、あくまでも日本を拠点とし、出張ベースで現地の管理やサポートを行っていましたので、海外赴任として現地で長期間生活するのはカナダが初めてです。

なお、15年ほど前になりますが、EBARAグループとして十数年ぶりとなる新拠点をUAEに立ち上げる際に、事業立ち上げのため何度もUAEに出張しました。その時、その現地法人のトップになったアメリカ人が、今は弊社のCOOとして私をサポートしてくれており、人の縁の面白さを実感しています。

―いままでで印象に残っているプロジェクトは何ですか?
これまで多くのプロジェクトを経験してきましたが、その中でも会社設立や買収、統合、社名変更などを短期間で一手に担い、日々思案しながら決断を続けている今の状況が、最も印象深いプロジェクトと言えるかもしれません。

新会社を立ち上げた直後に買収の話が進み、着任から1年も経たないうちに異動と統合を任されるなど、2~3年の間に多くの大きな変化を体験しました。PDCAのサイクルを自らの責任で推進し、新しい組織を自分自身で動かし、損益責任も負うという経験は、他ではなかなか得られない貴重なものだと感じています。

新しいことにチャレンジするのが好きな性格もあり、このような役割は自分に合っていると感じています。なお、年齢を重ねてきた今、自分の経験を下の世代へ伝え、活かしてもらうことも今後の大切なタスクだと認識しています。日本への一時帰国時には本社の複数部署の人材と積極的に意見交換を行い、経験を共有するよう努めています。

― お仕事を進める上で大切にしていることについてお聞かせください。
入社当時、隣の部屋に所在していたグループ会社の社長が従業員に配布していた「サービス業にNOはない」という言葉に触れたことが、今も自分の仕事観に影響を与えています。最初はその意味がピンとこなかったものの、「仕事とは何かしらのサービスを提供するものであり、どこの部署でも誰にでも当てはまるもの」と捉えるようになって以降は自分の中でこの言葉は腹落ちました。

もちろん、時には「NO」と言わざるを得ない場面もゼロとは言い切れませんが、最初から「無理・できない」と決めつけてしまうと、思考や改善の可能性を自ら閉ざしてしまうことになります。そこで、「どうすればできるか」と考える姿勢を大切にし、難題や難問にも創意工夫を重ねることを心がけています。

また、自社の従業員との対話の中で「難しい」と言われた際には、別のやり方やアイディアを引き出せるような問いかけを意識しています。自分の考え方を押し付けるつもりはありませんが、どの分野でも活かせる思考だと感じています。

弊社はもともとファミリービジネスからスタートした会社で、「できる・できない」がはっきりしていた面もありましたが、今は日々「別の選択肢はないか」「改善できることはないか」と周囲に働きかけています。時間はかかりますが、いつかはこの姿勢が会社全体に根付き、お客様からの難しいリクエストにも「NO」から入らず、創意工夫を重ねて最適なサービスを提案できる強い企業集団へと変革したいと考えています。

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―好きなスポーツや趣味は何ですか。
小学校時代から続けているサッカーは、趣味というよりも生活の一部となっています。カナダ赴任後の最初1年は、現地の草サッカーチームに参加し、月に3回ほどミニサッカーを楽しんでいました。現在は日本人主体の集まりに参加し、毎週日曜日の早朝に主にサッカー、月に1回はバスケットボールをして、健康維持に努めています。

中学時代にはサッカー部がなかったため、軟式テニスを経験し、大学では硬式テニスも遊び程度では楽しんでいました。そういった背景もあり、春から秋にかけては懇意にしていただいている方と屋外コートでテニスを楽しんでいます。

土曜日は補習校の送り迎えに忙しくしていますが、空いた時間には買い物やレストランの開拓、冬にはスキーやスノーボードを楽しみ、トロントでの生活を満喫しています。

―今後カナダ駐在中に挑戦したいことは何ですか。
基本的に出不精な性格ですが、カナダにはさまざまな場所や体験ができる機会が多いので、せっかくなら現地ならではのことにも挑戦したいと考えています。一番分かりやすい例としてはイエローナイフ等でのオーロラ鑑賞なのかな、と思っています。重い腰はなかなか上がりませんが、機会があればぜひ訪れてみたいです。

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また、私自身なかなか年相応に見られることがなく、良くも悪くも若く見られがちです。実際、アメリカ人のCOOと一緒に出張すると、私の方がはるかに年下に見えるため、カバン持ちだと思われることもあります。見た目の印象を少しでも変えようと、最近は髭を伸ばしてみようかと考えたりもしています。でも家族からはあまり好評ではなく、実現できていません。

―最後に商工会会員の皆様へメッセージをお願いします。
商工会の皆様には、貴重な情報や他社の経験を共有できる場を提供していただき、心より感謝しております。ランチ会などのイベントでは、具体的なテーマで意見交換ができ、大変有益だと感じています。

商工会入会面談の際には時差を勘違いしてご迷惑をおかけしたこともありましたが、いつも温かくご対応いただいておりありがたく思っております。弊社の本社はHalton Hillsという日系企業が少ない地域にありますが、イベントを通じて会員の皆様と交流できることはとても価値があると実感しています。

新年会やランチ会などの機会を通じ、会員の皆様と会話や情報共有できることは非常に有益ですし、今後も企業・人とのつながりを大切にしていきたいと思っています。既にお世話になっている方々も含めて、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。