クリニシャンサイエンティスト
青木智広氏

クリニシャンサイエンティスト(臨床医兼研究者)として、血液内科の医師と血液がんの研究者の両面で活躍している青木氏にお話を伺いました。日本で医師免許を取得後、PhDを取得し、2017年にカナダ・バンクーバーへ渡航された青木先生は、悪性リンパ腫研究の世界的な第一人者であるクリスチャン・スタイドル氏のもとで研究に従事し、多くの学術発表や論文発表を行いました。その後、さらなる研究の発展と臨床医としての実践を両立するため、トロントへ移り、自身の研究室を開設。現在は血液がんの病態や治療抵抗性のメカニズムを解明し、新薬開発につなげることを目指し、基礎研究や臨床研究を進めるとともに、国際共同研究を通じて研究の幅を広げられています。
–青木先生のご職業について教えてください。
私はクリニシャンサイエンティストとして働いており、医師としての臨床業務と研究の両方を行っています。業務の割合は、おおよそ臨床3:研究7の比率です。臨床では、血液内科医として主に血液がんの患者さんを診療し、研究では、血液がん、特に悪性リンパ腫の基礎、臨床両面での研究に取り組んでいます。
千葉大学を卒業後、日本で医師としての研修を修了しました。そこで、多くの難治性のがん患者の診療に従事し、よりよい治療を開発したいとの思いが強くなり、基礎研究に興味を持ち、名古屋大学でPhDを取得しました。その後、2017年にバンクーバーへ渡り、約5年半にわたり研究に専念。トロントへ移った後、プリンセスマーガレットキャンサーセンターで、臨床も再開し、昨年スタッフ医師となると同時に自身の研究室を開設しました。現在は、研究の発展とともに、患者さんの診療にも従事しています。
–バンクーバーへ来たきっかけは何ですか。
私は悪性リンパ腫の研究に特に興味を持っており、この疾患において、がん細胞が免疫細胞の攻撃をどのように回避し、生き残るのか、その機序を解明し、新薬の開発につなげたいと考えております。例えば、免疫を再活性化したり、免疫回避の中心的な役割を果たしているがん細胞と、免疫細胞の相互作用を標的にすることで、がんを排除する方法を探ることを研究テーマにしています。

大学院卒業後、この分野の第一人者であるクリスチャン・スタイドル氏のもとで研究をしたいと考え、日本から彼に直接コンタクトを取りました。日本で行ってきた研究成果が認められ、また、無事、日本の学術振興会から海外留学助成金を獲得できたことから、2017年に家族(妻と、子ども二人)とともにバンクーバーへ渡りました。バンクーバーでは、クリスチャンのもとで研究を重ね、その成果を論文として発表し、さまざまな学会でも発表の機会を得ることができました。
北米の研究環境が自分に合っていると感じ、またカナダはアメリカとも近く、その分野の世界の第一人者である研究者や同世代の同じような志をもっている世界中から集まっている研究者と交流できる機会が多いことも大きな魅力でした。
次第に、自分の研究室を立ち上げて独立したいという思いが強くなり、さらに医師として患者さんを直接診療したいという初心も忘れられませんでした。その両方を実現できる場所として、トロントへ移る決断をしました。
–研究室設立についてお聞かせください。
最近、自身の研究室を開設しました。
日本と北米では研究環境のシステムが異なり、どちらもそれぞれ良い点があります。日本では、多くの施設で、一人の教授の下に多くの研究者や大学院生がいるピラミッド型の構造が一般的で、多くのメンバーで資金獲得や研究員の雇用、研究室のスペースなどを助け合うこともできます。一方、北米ではアシスタントプロフェッサーとして独立すると、自分の店を開くような形になり、研究費を申請して獲得しながら、学生や、研究者を自分で、雇い研究を進める形になります。
自由度が高い分責任も大きくなりますが、自分の研究を思い描く形で発展させるチャンスが広がります。現在は、研究の拡大に向けた研究資金の申請や研究員の募集を進めています。北米は共同研究が活発で、バンクーバー時代に築いた人脈や臨床試験を行う医師たちとの協力を活かしながら、新薬の開発や患者さんの検体を用いた研究を進めています。
また、トロントには、自分の研究と関連する免疫分野の世界第一人者が多く存在しているため、その分野の研究手法を学びながら、人脈が広がっていくことも、トロントで研究できる強みであると感じています。
–医療や研究においてカナダと日本ではどのような違いがありますか。
研究環境の違いとして、北米ではPhDの価値が高く、取得後のキャリアの選択肢が広いため、意欲的な人が世界中から集まります。特にトロント大学はその傾向が強く、活気ある環境です。また、新しい技術や機械の導入が早いため、最先端の研究がしやすい点も北米の強みです。
また、北米では、若手に対するキャリア支援やメンターシップの機会が非常に重視されていると感じます。私のような研究室を立ち上げたばかりの研究者がスムースに研究を始められるよう、多くのサポート、助言を受けられるような仕組みが整っており、そうしたシステム、そして親切な先輩の研究者たちにとても支えらていると感じています。
医療制度の違いとして、カナダと日本はどちらも公的医療制度のため、似ている部分も多いですが、カナダは100%公的医療制度のため、医療資源を効率的に使うための、集約化、また、費用対効果を重視した新薬の承認システムが進んでいます。その結果、専門医へのアクセスや、命にかかわらない検査へのアクセスには時間がかかります。

一方、日本は専門医へのアクセスが早いものの、時として、過剰医療の傾向もあり、医療費の増加が社会問題になっています。どちらも長所と短所があり、バランスが重要だと感じます。
プリンセスマーガレットキャンサーセンターは、臨床試験をカナダで最も多く行っているがんセンターというだけでなく、基礎研究から臨床につながる、トランスレーショナル研究に力をいれており、研究から臨床試験につながることのできる可能性のある環境があるので、そういう意味でも自分の研究を発展させていくうえで、最高の環境であると考えています。
–医師、研究者としてのやりがいはどのような時に感じますか。
やはり患者さんが回復したときが一番嬉しく、医師になってよかったと感じる瞬間です。研究だけをしていると、直接的な成果を感じにくいこともありますが、日々の臨床で、治らない患者さんを見ていると研究のモチベーションがあがりますし、日々世界中で、研究から新薬が開発されて臨床応用されているのをみているとその重要性を実感します。
個人的には、少しずつ積み重ねてきた研究成果が認められ、研究のネットワークが広がっていくことにも大きなやりがいを感じています。国際学会などで、初めてあった人から研究の論文読んだよなどと声をかけてもらえると、目には見えないけど世界のいろんなところに自分の研究成果が伝わっているんだなと感じ嬉しくなります。
–今後の目標をお聞かせください。
一つ目は研究から新しい治療法や創薬を生み出し、多くの患者さんを救うことです。医師になってからの夢ですので、今後も追い続けていきたいです。二つ目は次世代の研究者や医師の育成に貢献することです。日本や海外で研究を志す若手医師・研究者を支援し、キャリアの道を開く手助けをし、かつて私がバンクーバーに来たときのように、後輩を迎え入れ、成長を支えたいと考えています。これからの5年、10年、20年のスパンで、次世代への還元を続けていきたいと考えています。
–本日は貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございます。これでインタビューを終わります。