日本女子野球界を代表する里選手
里綾実 ──世界に挑む女子野球のエース──
カナダでの挑戦と未来への思い パート2

「挑戦したい時にチャンスを掴める自分でいること」の大切さを伝えたいと語る里綾実選手。『とりりあむ』10月号に続く里選手特別インタビュー後半では、トロント生活の感想、2026年にアメリカで始まる女子プロ野球リーグ特別アドバイザー就任について、またカナダの男子プロリーグでの経験を踏まえた未来への思いなどをお聞きしました。
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日本女子野球界を代表する里綾実選手は、女子野球ワールドカップで6度の優勝を経験し3度MVPに輝くなど、投手として世界的にも高く評価される投手。2025年にはカナダの男子プロリーグ「インターカウンティ・ベースボールリーグ(IBL)」のトロント・メープルリーフスでプレーし、リーグ史上初の女性選手として公式戦に登板。デビュー戦では2イニングを無安打・無失点で抑え、三振も奪う活躍を見せた。現在は埼玉西武ライオンズレディース所属。2026年夏に開幕予定の米国女子プロ野球リーグのドラフトでロサンゼルスに指名された。
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― トロントでの生活についてのご感想をお願いします。
野球だけでなく、初めての海外生活ということもあって、できるだけたくさんのことを経験したいと思っていました。その中で本当に多くの方に支えていただき、応援もしていただきました。最初は慣れないことばかりで不安も大きかったのですが、皆さんのおかげで楽しく過ごすことができました。
特に、トロントに住んでいる日本人の方々が事前に色々と教えてくださったのも大きかったです。生活に必要な交通事情やスーパーの場所など、細かい情報を事前にいただけたことで安心して現地に入り、すぐに生活のリズムをつかむことができました。本当に色々な方に支えられて本当に感謝しかありません。

観光も楽しむことができました。ナイアガラの滝は絶対に自分の目で見たいと思っていて、実際に訪れて迫力を体感できたのは素晴らしい思い出です。CNタワーに登ったり、現地の食事を楽しんだり、カナダでしかできない体験をいろいろできたことも印象に残っています。
(平野マネージャー)トロント自体も住みやすい街だと感じましたね。多様性が非常に高く、アジアの方も多く暮らしていて安心感がありましたし、交通機関も発展していて便利です。治安も比較的良く、ロードゲームで夜遅くに帰宅しても危険を感じることはほとんどありませんでした。里にとって初めての海外生活でしたが、本当に快適に過ごせたと思います。
― 食事面では問題なく過ごせましたか?
はい、全然大丈夫でした。トロントに来てからすぐに「まずお米を買おう」と決めていて、アジア食材を扱うスーパーを教えていただき、一緒に買い物に行ってもらったこともありました。最初は慣れない環境で戸惑いましたが、どこが安いかなども教えてもらえたので助かりました。
最初に行った安いスーパーは、日本の物価感覚で見ていたのであまりピンとこなかったのですが、トロントで現地のスーパーで買い物をするうちに慣れ、後にアジア食材のスーパーに行ったときには、「こんなに安いんだ!」と逆にテンションが上がるほどでした。価格感覚も徐々に身につきました。(笑)
(平野マネージャー)試合前のルーティーンとして、毎回梅干しのおにぎりを食べるのですが、梅干しは日本から持参しました。お塩や雑穀なども現地で手に入れることができ、日本人の方々のサポートのおかげでルーティーンを崩さずに試合に臨めました。
また、お味噌も持参していたのですが、現地で使い切ったときは感慨深かったですね。昨日もお味噌汁を作ってくれたのですが、「もうなくなった」と話していて、本当に日本の食文化が生活の支えになったと感じました。
― 時差ボケは大丈夫でしたか?

最初にトロントに来たときは、全然大丈夫でした。到着翌日から取材や予定が入っていたので、やるべきことに集中していたら、アドレナリンも出ていてまったく影響を感じませんでした。むしろ、毎日忙しく動き回る中で自然に時差ボケを乗り越えられた感じです。
自分でも不思議に思うくらいで、周囲から「どうしてそんなに大丈夫なの?」と聞かれることもありました(笑)。普段の自己管理や、忙しい環境の中での集中力が自然に支えになっていたのかもしれません。
― カナダで食べて美味しかったものや、衝撃を受けたものはありますか?
カナダならではの食べ物としては、まだ有名な「プーティン」は食べられていないのですが、絶対に帰る前には挑戦したいと思っています。
面白かったのは、お寿司です。日本にはあまりない巻き寿司、例えば中にアボカドやクリームチーズが入っているものにハマってしまいました。日本のお寿司が恋しくなるどころか、「これを食べたい!」という感じで楽しめました。あと、サーモンを本当によく食べていましたね。
ただ、日本のように光り物や季節ごとの魚など手に入れるのは難しかったので、シーズン中に「食べたいな」と思ってもなかなか手に入らないことがありました。それは少し苦労しましたが、他にも美味しいものがたくさんあったので、十分楽しむことができました。
― 日本に帰国した後、今回のカナダでの経験はプレーや精神面にどのような影響があると思いますか?
今回の挑戦を通じて、以前よりも自信を持ってプレーできると感じています。ピッチャーとして大切なのは「自分が良い球を投げれば勝てる」ということではなく、相手がいてのスポーツであるという点です。その意味で、相手に応じてどう対応できるかという幅が増えたことが、一番の収穫だと思います。

トロントで絶対にレベルアップしてくると決めていましたので、日本に戻ったときには、日本の選手が打てないような球を投げられるなど、経験を活かしてさらにレベルアップしたプレーを見せたいです。5か月間、日本の選手は私のカナダでのプレーを見ていませんので、帰国したときに驚かせられたら嬉しいですね。
― 海外での経験を、今後の女子野球の普及や活動にどのように生かしたいと考えていますか?私自身は、女子野球の普及や未来のためにと意識して活動しているわけではなく、ただ純粋に野球が好きで取り組んでいる中で、今回海外でプレーする機会をいただき、それを実現できた形です。ただ、この経験を通じて、若い選手たちが「自分もこういう道があるんだ」と気づいたり、今まで知らなかった競技への向き合い方や自分の成長の可能性を感じて、モチベーションを高めるきっかけになれば嬉しいと思っています。
私自身も、チャンスをもらえたのは「ここで満足するのではなく、常にレベルアップを目指して努力してきたから」だと思っています。だからこそ、若い世代の選手たちにも、「挑戦したい時にチャンスを掴める自分でいること」の大切さを伝えられたらと思います。
こうして刺激を受けて高め合う選手が増えれば、競技全体のレベルも上がり、それを見たファンや子どもたちも「自分も頑張ろう」と思える。結果的に、私の挑戦が女子野球の普及や発展につながる一助になれば嬉しいです。
― 挑戦を考えている女の子や、野球を始めたいと思っている方へのメッセージをお願いします。
今回、海外リーグでプレーすることもそうですが、先日開催された女子プロ野球のトライアウトには、最初は自信のなかった若い選手たちも参加していました。その子たちのサポートをしながら感じたのは、「やろうと決めて行動すること」の大切さです。
実際、私自身も海外でプレーするときに、一言で「やりません」と言えば終わってしまった話でした。でも、自分で「やる」と決め、具体的にどうレベルアップするかを考え、行動してきたからこそ、たくさんの経験や出会い、喜びが得られました。
挑戦を恐れずに、一歩踏み出すことで、自分の中で揺るぎない価値や経験が得られます。もちろん不安や困難もありますが、行動していく中で考えたり調整したりすれば大丈夫です。だから、野球に限らず、自分がやりたいことがあるなら、失敗を恐れず前に進んでほしいです。挑戦することで得られるものは、きっと想像以上に大きく、自分を成長させてくれると思います。
― 2026年にアメリカで始まる女子プロ野球リーグで特別アドバイザーに就任されたました。こちらについて、お聞かせください。
今回、WPBL(女子プロ野球リーグ)が立ち上がるにあたり、日本の女子野球選手が非常に高く評価されていることから、まず日本人選手に情報を届け、挑戦の機会を作ることが私の役割のひとつでした。その結果、8人の日本人選手が挑戦の場に参加することができました。
トライアウトでは、世界各地から集まった選手たちと交流する中で、多くの方が私を知って声をかけてくださり、とても嬉しく感じました。野球を通じて、まだ女性が制約を受ける文化や環境のある国でも、女子選手が野球を生きがいにできる場が増えていることを実感しました。
WPBLの設立は、女子野球のレベル向上やプロ化という面だけでなく、世界中の女子選手に夢や希望を届けるリーグでもあります。挑戦することや野球を続けることが、子どもたちの夢につながる。その可能性を広げられることが、このリーグの何よりの価値だと思っています。
アドバイザーとして、私も一人でも多くの人に夢や希望を届けられるよう、活動していきたいと考えています。
―カナダでの経験を経て、次に挑戦したいことは何でしょうか。
特に「挑戦」という形で具体的に何かを目指しているわけではありませんが、チャンスが訪れたときにそれを掴める自分でありたいと思っています。そのためにも、日々人としても選手としてもレベルアップしていきたいと考えています。
プレー面では、完全試合の達成を目標にしています。現在35歳ですが、同年代の選手たちが引退するタイミングでもあり、このタイミングで新しいことに挑戦できることは、自分にとって大きな意味があります。年齢を言い訳にせず、常にレベルアップしながら、完全試合を達成して、年齢やマイナス意見を跳ね返す姿を示したいと思っています。
―改めて、里選手にとって野球とはどのような存在でしょうか。
最初は「好きで始めたスポーツ」でしたが、今は生きがいそのものであり、人生の一部だと感じています。野球を通して応援してくださる皆さんに、自分の生き様や想いを伝えられる存在でありたいと思っています。
(取材・編集:酒井智子、三藤あゆみ)