特別インタビュー 里綾実 ──世界に挑む女子野球のエース──
カナダでの挑戦と未来への思い パート1

女子野球ワールドカップで6度の優勝を果たし、投手として世界的に高く評価される里綾実選手は、2025年にカナダの男子プロリーグ「インターカウンティ・ベースボールリーグ(IBL)」のトロント・メープルリーフスに加入し、リーグ史上初の女性選手として公式戦に登板しました。
デビュー戦では2イニングを無安打・無失点で抑え、三振も奪う活躍を見せました。性別の壁を越えて挑戦するその姿は、多くの観客やメディアに強い印象を与えています。
日本帰国前の里選手を事務局にお招きし、カナダでの挑戦と思い、現地での生活について等語っていただきました。
―男子プロリーグで初めて登板した時の気持ちを改めて教えてください。
里:初登板のときは本当にがむしゃらで、今振り返ってもあまり記憶がないほどでした。男性との対戦も中学生以来で、ずっと女子選手を相手にプレーしてきたので、本当に新しい挑戦でした。昨年の年末ごろにメープルリーフスでプレーする話をいただいてからは、ずっとシーズンに向けて準備してきましたが、体格やパワー、スピードの違いなど不安も多かったです。十分な練習機会もなかったので、自分の中でイメージしながら、どれだけスピードやパワーを合わせていけるかを考えて過ごしていました。
実際にトロントに来てからは、取材やメディア対応もあり、慣れない環境の中で体を作っていきました。いざマウンドに上がった時は、これまでやってきたことをすべてぶつけるつもりで臨みました。緊張しながらマウンドに立つと、たくさんのファンの方がChristie Pitsに集まっていただいて、大きな歓声がとても印象的でした。その瞬間、鳥肌が立つほどの感動を覚えました。
プレー自体は夢中で、細かい部分はあまり覚えていないのですが、自分のやるべきこと、低めにボールを投げるなど、すべてを出し切りました。その結果、ノーヒットで抑えられたことにホッとしましたし、今までにない貴重な経験をあの瞬間にさせてもらえたと感じています。
―カナダの野球文化や雰囲気、日本との違いで特に印象に残ったことは何でしょうか。
里:野球をやっている人の数が多いとか少ないとかそういうことに関係なく、みんなが気軽に集まってスポーツそのものを楽しんでいることが日本とは違うと感じ、その空気感がとても新鮮でした。
カナダといえば、バスケットボールやサッカー、アイスホッケー、スケートなどのウィンタースポーツが盛んなイメージで、野球はブルージェイズがあるにしても、競技人口はそこまで多くないのかなと思っていたんです。ところが実際にリーグでプレーしてみると、オンタリオ州だけでも9チームがあり、しっかりとしたリーグ戦が行われていました。

また、シーズン中に子どもたちへ野球を教える機会もあったのですが、男の子も女の子も関係なくリーグがあって、チームを組んで毎週のように試合をしているんです。年齢や性別を問わず、野球が生活の一部として根付いている姿を間近で見て、「カナダってこんなに野球が身近な国なんだ」と初めて気づかされました。
―チームメイト、監督、ファンの皆様からどのような反応がありましたか。
里:本当に皆さんが温かく受け入れてくださる雰囲気があって、それが一番大きかったと思います。新しい挑戦でしたし、海外に住むのも初めてで、何もわからないまま飛び込んできたので、こちらに来るまでは不安の方が正直とても大きかったんですが、実際に来てみると、想像以上に多くの方々が受け入れてくださって。
チームメイトも最初からごく自然に「チームの一員」として接してくれましたし、監督も常に気にかけてくださって、何かあったときにはすぐに相談できる環境をつくってくださいました。「どうすれば自分がベストなプレーができるか」ということを、常に声をかけながらサポートしてくださったので、本当にありがたかったですね。そのおかげで私自身も早くチームに馴染むことができましたし、余計な不安を抱えることなく野球に集中して、自分のプレーを発揮できたと思います。

―カナダでの今回の挑戦を通じて、ご自身のプレイスタイルや考え方にどのような変化がありましたか。
里:プレースタイルの面では大きな変化がありましたね。技術的には、これまで使っていなかった新しい球種に挑戦して、シーズン中に変化球を2つ増やしました。ひとつはストレートに似ていて手元で変化する「ツーシーム」、もうひとつは腕の振りは速球と同じなのに手元で失速する「チェンジアップ」です。
日本にいたときはなかなかうまく投げられなかったんですが、カナダでは少しでも甘いコースに入れば本当にホームランを打たれてしまう環境だったので、「どうにかしてバッターを抑えなければ」という一心で必死に取り組みました。結果的に、この2つの球種を実戦の中で身につけることができました。
日本にいた頃は「きれいに投げる」という意識が強かったのですが、カナダではそうした見た目よりも「どうすればバッターを打ち取れるか」に集中するようになりました。シーズン中に新しい球種を増やすことはなかなかしませんが、この環境だからこそ、がむしゃらに取り組めたと思います。
それに加えて、日本人と比べてやはり体格や手の長さが違いますので、低めに投げても簡単に芯で捉えられてしまう場面もありました。さらに、球場によって広さが違うので、ある球場なら外野フライの打球が、別の球場ではホームランになる、なんてこともよくありました。
だからこそ、「どうすればバットの先に当ててゴロを打たせられるか」ということを常に考えていましたね。監督やチームメイトからアドバイスを受けながら、どう抑えるかを必死に模索する毎日でした。
平野マネージャー:戦略を立てることが本当に大事だと感じました。私は通訳でベンチに入っていましたが、配球などしっかりキャッチャーとコミュニケーションをとっていました。パワーで抑えるというよりも球種を織り交ぜいかに抑えるかなど、常に戦略を立てていました。
里:私は140キロや150キロを投げられるわけではないので、私のストレートは相手にとって「打ちごろ」のボールになってしまうんです。同じスピードの球ばかりだとタイミングが合ってしまうので、そこをどう崩すかがポイントでした。
そこで意識したのが、ストライクゾーンだけでなく「奥行き」を使うことです。球速の変化をつけてタイミングを外したりして打ち取る工夫をしました。そうした中で、バッターのリズムをいかに崩すかが、自分の投球の核心になっていったと思います。もちろん、言葉の壁もあって最初はコミュニケーションに苦労しました。でも、通訳の方に助けてもらいながら監督やチームメイトとやり取りを重ねて、どうすれば打者を抑えられるのかを常に一緒に考えてきました。

― 2つの変化球をシーズン中に増やすというのは、本当に大変なことだと思います。どのように取り組まれたのでしょうか?
里:やるしかないと思ったら、案外できるものだなと感じました。大事なのは、完璧に仕上げることではなく、たとえまだ完成していなくても、ストライクに入れば打ち取れる球を実戦で使うことです。
実際に試合で投げながら使い続けることで、その球種が徐々に自分の武器になっていく。そういう意味でも、シーズン中に新しい変化球を増やせた経験は、とても貴重で、自分を鍛えるいい機会になりました。
― 特に忘れられない打席や一瞬のエピソードはありますか?
里:はい、印象深いのは大きく分けて4つあります。まず1つ目は、開幕戦でマウンドに立った瞬間です。それまでにいろいろ準備を重ね、注目を浴びる中で立ったマウンドは本当に緊張しました。でも、観客の皆さんが温かく見守ってくださり応援してくださったことがすごく嬉しくて、強く印象に残っています。
2つ目は、開幕戦の次の登板です。開幕戦はすごく良く投げられたのですが、この試合では全く思うようにいかず、何本もホームランを打たれてしまいました。それまでの自信が一気に打ち崩されましたが、ここで「どうにか抑えなければ」と気持ちを切り替え、次に向けて準備するきっかけになりました。
3つ目は、リリーフ登板での勝利です。試合途中で登板の機会をもらい、3人をリズムよく抑えることができました。その後チームが逆転し、私が勝利投手の権利を得て、初勝利を経験しました。最悪の登板からチームの勝利に貢献できたことが本当に嬉しかった瞬間でした。
そして4つ目は、シーズン最終戦での先発登板。シーズン中はリリーフでの登板が多かったのですが、最終戦で監督の粋な計らいで先発を任せてくださり、3回まで投げてしっかり役目を果たせました。これまでシーズンで積み重ねてきた経験や自分のピッチングを全て出し切れた瞬間で、本当に達成感のある登板でした。この4つの瞬間が私にとって特に印象深く、濃い試合だったなと感じています。
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次号パート2につづく