オンタリオで活躍する日本人に聞く

ロイヤルオンタリオ博物館キュレーター 
武末 明子さん

Dr Takesue

2021年7月よりRoyal Ontario Museum で日本人キュレーターとして活躍されている武末明子さん。日本美術の魅力を多くの方に伝えるため、日々研究を重ねていらっしゃいます。なかなか知ることのないキュレーターのお仕事について、またROMとの出会いについてお聞かせいただきました。

-ご職業のご紹介をお願いいたします。
まず私の肩書が「Bishop While Committee Associate Curator of Japanese Art & Culture」とちょっと長いのですが、ROMには「Bishop While Committee」という東アジア美術(中国、韓国、日本)をサポートするボランティアのグループがあり、その方々がお金を出し合ってさまざまなサポートをして下さっています。私のポジションもそのグループからサポートしていただいてできたポジションのため、その名前がついております。

そして「Curator」というのは、ROMに1万点以上ある日本美術関係の収蔵品の研究と保存、展示を主に担当しております。日本担当は私一人ですが、私の方で今あるコレクションを研究したり、新しいものを購入、または寄贈を受けるなど全体の統括しております。

ROM
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最近ですと、江戸時代の安政の大地震の後に作られた鯰絵と呼ばれる版画のアルバムをオンライン展覧会にするという企画があり、国際交流基金トロント日本文化センターさんと協同開催しました。今回のようにトロント日本文化センターさんと連携をして、ROM内で企画を上げてチームを作り、一年半くらいかけてゼロからオンライン展覧会を作るという流れの中心になるということが、キュレーターの仕事です。

-今回オンライン展示会を企画されたのは、新型コロナウィルス感染拡大があったからですか?
それもありますが、高円宮ギャラリーが2019年に臨時閉鎖となってしまいましたので、常設展示するスペースがないということ、また、鯰絵のアルバムはアコーディオンのようなった折本と呼ばれるもので長く広げなければ87点すべての版画を一度に見ることができませんが、一つ一つの細部を見ていただきたいという思いもあり、オンラインの方が適していると考えました。

更にはトロント日本文化センターさんがデジタル系のサポートに積極的でしたので、オンライン展覧会にするということで、双方が合意しました。コロナだからということだけではなく、様々な要素が加わって、今回の開催となりました。今ROMのウェブサイト上で閲覧できます。

-キュレーターになられたきっかけは何ですか?
日本で学部を卒業をし、当時は美術に興味はありましたが、美術を仕事にする学芸員のことは全く知りませんでしたし考えてもいませんでしたので、全く違う仕事をしていました。ある時、一冊の本を読み、その本というのがニューヨークのメトロポリタン美術館の舞台裏を日本人の方が書いたものでした。その本がとっても面白くて、学芸員の仕事をしたいとなんだか思っちゃいまして(笑)。

そこから日本で学芸員資格を取り、英語もこれからはできなくてはいけないと思い、まずはオーストラリアのシドニーへ行きました。そこではアートアドミニストレーションの修士の勉強をしながら、ニューサウスウェールズ美術館の日本人のキュレーターの方の下でインターンをしていました。そこで日本美術が海外で収蔵、展示されているということに初めて触れ、ものすごく興味を惹かれました。そこではインターンシップだけではなく、パートタイムで学芸員補佐の仕事も少ししました。

その後、カナダへ移ってきて、ROMでまずはボランティアを始めました。二十年も前になりますね。当時、日本美術のキュレーターの方が事故で亡くなられて誰もいないということがあり、私はボランティアでしたが重宝がられ、調査依頼やコントラクトでの仕事をしていました。高円宮ギャラリーを作る時には私がたまたまROMでの経験があったので、コントラクトでコレクションを研究して、ギャラリーに出すものを選択するというキュレーションの仕事を二、三年やるという幸運に恵まれました。

その経験がますますこの仕事を続けたいという思いになり、その後トロント大学の美術史の修士号とヨーク大学の博士号取得に向け勉強を続けつつ、ROMでお手伝いをし、2016年に博論を終えました。その後モントリオール美術館ででフェローとして日本美術のキュレーションの仕事をしたり、たまたま米国のワシントンDCの国立美術館で日本美術の展覧会をするということで、リサーチアシスタントを募集しておりましたので応募し、二年程その美術館でリサーチおよびコーディネーションに携わりました。

その間ROMには私の前任者が一年程いらっしゃいました。その方は一年で移られてしまったので、このポジションが空いたことをきっかけに、正式に応募をして2021年7月からROMでキュレーターとしての仕事をしています。ROMとは繋がりがずっとありましたので、仲間みたいな感じで考えていただいていていますね。

-ROMには何かとご縁があったのですね。キュレーターになる為の資格などはありますか?
キュレーターという仕事は以前よりも認知度が高くなってきておりますので、昔に比べるとCompetitiveになってきていますね。美術史を勉強した人が何の仕事に就くかというと、やはり先生になるか、美術館で働くかになるかと思います。美術館のポジションというのは、例えば日本美術という狭い分野ですと、特にカナダではほとんどポジションがありません。一人そのポジションにつくと長く続けますので、なかなか仕事に就くチャンスがないかもしれませんので、最高学歴までもっていないと難しいところはあるかもしれません。

ただ、今後は少し変わっていくかもしれません、といいますのもコンテンポラリーアート(現代美術)だけでなく古い美術品の展示においても、現在の私達の生活との関連性の問題が非常に重要視されてきています。ただ昔のものが面白い、綺麗だからという展覧会ではなく、我々の生活にどう影響するか?どう関連していくか?ということを前面に押し出していく必要があり、ミュージアム界全体がそういう方向性に向かっています。そのようなシフトの中では、コンテンポラリーアートを学んでいる方は、例えば歴史的な12世紀の仏教美術を学んでいる方よりはキュレーターのポジションにつきやすいかもしれません。

何を言いたいかというと、博士号(Ph.D)を取得しなければいけないということではなく、修士をとって且つ、コンテンポラリーアートの世界でキュレーションの実経験を持っている人の方が、可能性はあるとは思いますね。勉強と実際に展覧会を作ったことがある、アーティストのネットワークがあるといった経験と勉強の組み合わせが重要になってきますね。あとは、ポジションが空くか空かないかというタイミングもあります。日本にいる方は公立美術館・博物館のための学芸員資格が必須のようですが、カナダではそういった資格はありません。

-今までで一番印象的だったお仕事は何ですか?
ROMにボランティアでいた時に見つけた抹茶茶碗があります。当時は日本の17世紀に活躍した京都の陶工・野々村仁清の写し(コピー)だと思われていたのですが、何年か後に実は本物だということが分かったということがありました。私はその経験を基に研究をして、博論を書きました。それが印象深い出来事でしたね。

Nonomura Ninsei
Nonomura Ninsei 野々村仁清
Rounded square tea bowl with flowing glaze
Courtesy of ROM (Royal Ontario Museum), Toronto, Canada. ©ROM
Kyoto, Stoneware, late 17th century
944.16.24 Given in memory of my grandfather, the late Sir William

その抹茶茶碗は19世紀の終わりにモントリオールにいたコレクターが、本物だとして日本の美術商から買ったもので、その方が亡くなった後、相続人に相続されて寄贈されて…という中、コピーか?本物か?と見方が変わってきました。それがすごく私の中で面白いなと思いました。モノ自体は変わらないのに、人間の見る目がどんどん変わっていく。

なぜ変わるかというと、社会的コンディション、個人的コンディションといった様々なコンディションが影響します。同じモノが偽物になったり本物になったりするのはどうしてなのかな?ということを今でも研究をしています。日本で作られた物が海外へ物理的に移動したことにより、それが起こっていますので、そのプロセスがとても興味深いです。

例えば日本人が思う「日本の美術」と外国人が思う「日本の美術」というものは少し違うんじゃないかなと思っています。違いにどんな意味があるのかはわかりませんが、「違う」という事実があり、カナダの美術館で働いている日本人の私が、カナダにある日本美術を日本美術として一般に見せるということをやっているわけです。

時々、何を目指してやっているのかな?と自分の中で混乱する時もあります。何を見せるべきなのか?何が日本美術なのか?何が求められているのか?それを追求することが面白いところでもあり、この仕事の特殊な点なのかなと思いますね。

-そのような時はどのように切替えるのですか?
とにかくモノを見ます。モノに人の考えが投影されていますので、そこを何とか解きほぐしていく、抽象的ですがそういう風にしますね。

-キュレーターのお仕事の醍醐味は何ですか?
美術品を毎日でも見たり触ったりできるということにつきますね。それが楽しくてしょうがないです(笑)。モノから考えをスタートしていきますので、それを私は面白いと思っています。

-今まで、どのような研究をどれくらいされてきましたか?
日本美術史ということでしたらシドニーで始めた頃からですので、20年くらいですね。研究といっても大学教授や専門家の方の研究とちょっと違うかもしれません。例えば博論で書いた仁清の抹茶茶碗を集めていたWilliam Van Horne卿というカナダ太平洋鉄道の社長さんだった方のコレクションについての研究が博士課程の研究テーマでした。

Van Horneさんは日本陶磁器を1200点くらい集めており、そのうち現在ROMとモントリオール美術館に200点づつほどあります。自身で何冊もノートを作っていて、誰からいいくらで買ったなどの細かい情報が、小さなイラスト共に記されています。水彩画も描かれていましたし、そういったさまざまな資料が手紙などとともにオンタリオ美術館のアーカイブにあるので、そういうものも調べました。こちらに関しては10年以上かけて研究していて、これからも続けていきたいので、いわゆるライフワークですね。

-今後の目標についてお聞かせ下さい。
始めたばかりですが日本美術に関する新しい展覧会のアイデアの企画を出しています。まだ本当に初期の段階なので海の物とも山の物ともつかないのですが、やれるとしたら3年後くらいになります。それを是非実現できたらと思いますね。また、コレクションを充実させていくことが一つの仕事ですので、コレクションの充実に積極的に取り組んでいきたいです。コレクション数をただ増やすというよりも、内容を充実させていくことができたらと思っています。

あとは高円宮ギャラリーの再開です。ただ、こちらは私個人でできることではなく、現在ROM全体でギャラリーをリニューアルしようというプロジェクトが始まっていて、その一部としての日本ギャラリーとなるので時間もかかりますし、お金を集めるのも大変です。私がこの職にいる間に本当に実現できるのかは分かりませんが、それを念頭に置きながらもコレクションの充実もさせていかなければいけません。それが最終的なゴールです。

-まずは3年後が楽しみですね。本日はお忙しい中お時間をいただきありがとうございます。

鯰絵のオンライン展覧会:
Aftershocks: Japanese Earthquake Prints | Royal Ontario Museum (ROM.on.ca) (ページ左上の “Discover Now”ボタンで展覧会のページに移ります)
展覧会を日本語で簡単に紹介したビデオ:Namazu-e Catfish Prints: An Introduction (In Japanese with English caption) | Royal Ontario Museum (ROM.on.ca)