オンタリオで活躍する日本人に聞く

J.CARE院長 土川 貴之さん

J.CARE

2014年にJ.CARE -Japan Sports Medicine & Wellness Clinic-を開業され、多くのアスリートの治療家として活躍されている土川貴之さん。中学時代から始めたテニスでの自身の怪我をきっかけに、治療家としての道を志しました。院長として活躍される傍ら、2016年からオリンピック含む国際大会でアスリートへの帯同活動を始め、活躍の場を世界へ広げております。

-ご職業についてお聞かせ下さい。
科学的考え方をもとに手を使って身体を治す治療体系・マニュアルメディスン (徒手医療)と鍼を使って、トップアスリートからスポーツ愛好家まで、ケガの予防やスポーツ障害の治療、リハビリ、パフォーマンスアップのための動きの改善の施術をおこなっています。こう言ってしまうとアスリートしか対象ではないのかと思われるかもしれませんが、そんなことはなくて、一般の方の急性期・慢性期の腰痛、股関節痛、首痛、腕・脚のしびれなどの治療も得意としており、そういった筋骨格系疾患でお困りの患者さんも多く来院されます。

日本の国家資格は、鍼師、灸師、あん摩マッサージ指圧師、そして接骨院を開業するための柔道整復師を取得しています。カナダではRegistered Acupuncturist(鍼師)とManual Osteopathを取得しています。

Manual Osteopathは日本ではあまり聞きなれない言葉かもしれませんが、マニュアルメディスンに含まれるアメリカの医師が考案した学問です。アメリカではOsteopathic Physician といい、医師であり手術もしますし薬の処方もします。カナダを含めアメリカ以外では医師ではなく徒手によるパートのみのManual Osteopath となります。

施術

東京の勤務時代にお世話になったマニュアルメディスンの恩師である整形外科医よりManual Osteopathy の要素は教わり既に修得し臨床でも使っていましたが、英語で勉強し直したくてカナダでコースを取りました。さらに知識を深めるため、ヨーロッパの大学の通信コースにてDoctor of Osteopathy の学位も取得しました。

もう一つのアメリカの学問・カイロプラクティックはより有名で聞いたことがある方も多いかと思いますが、それによく似ています。ただ、カナダのManual Osteopathはカイロプラクティックのようにボキボキと関節を鳴らさず、負担なくゆっくりと関節へアプローチするのが特徴です。専門的に言えば広範囲に渡っていろいろありますが、簡単に言えば、それ以外はカイロプラクティックとほぼ同じように捉えていただいてよいかもしれません。

Manual Osteopathyはもともと戦前に考案された学問ですからまだ説明がつかない部分もありますが、私はその中から現代医療において科学的考え方のもとメカニズムと効果を患者さんへ説明できるテクニックをピックアップし使っています。関節をモビリゼーションで調整しますし、軟部組織といって筋・筋膜、腱、靱帯、関節包などの固まった部分を緩めて痛みや可動域の改善を目指します。

マッサージに似た方法も含まれますが、厳密にいうと、オイルなどの滑剤を使って皮膚を直接施術しリラクゼーションを図るのが一般的なマッサージです。私はオイルは使わず衣服の上から、または手首や肘など衣服に覆われていない部位は皮膚へ直接コンタクトし、軟部組織や関節にアプローチします。リラクゼーションではなく痛みなどの症状を改善させることにフォーカスします。

特に、深刻な痛みや慢性痛の原因になりやすい「深層の筋・筋膜」を表層組織にストレスを与えず安全に緩めるオリジナルの技術を臨床の中で見つけ、それを基礎技術として治療しています。これまでに修得してきた世界中の多種の治療テクニックの良いところを採集して、時には2つまたは3つのテクニックを同時に組み合わせて、患者さんの身体にとって安全で、より効果的な根本解決を目指します。いろんな治療法を受けたことがある玄人患者さんも「これまで受けたことがない新しい感覚」とおっしゃいます。

2014年にJ.CARE -Japan Sports Medicine & Wellness Clinic-を今のロケーション(ヤング&シェパード)とは別の場所で開業しました。その後2016年に今のロケーションへ移ってきました。日本人スタッフは院内技術プログラムを終了し私の技術を修得しています。日本人女性のRMT(Registered Massage Therapist)も在籍していますので女性の方も安心して、また女性特有のお悩みにもきっとお答えできるはずです。フィジオセラピストはカナダ人なので、英語での施術になりますがお力になれると思います。

-こちらの職業を志したきっかけは何ですか?
私自身テニスを中学生から大学生までやっていました。テニスを通した中で身体中のほとんどの関節のケガは経験しているって言っていいくらいケガが絶えませでした。中学生の頃に初めてサーブでギックリ腰、そのあと肩のケガも経験しました。インターハイそしてインカレともに出場を決めた後、練習中に足首の靭帯損傷をしてしまい、大切な試合で思うような結果を残すことができませんでした。

今思えば選手としては技術どうこう以前に管理不足を含めて反省点の多い選手だったと思います。また肘の手術も経験しました。自分のケガを通して、高校時代に接骨院に通っていましたので、こういった職業があるんだなと頭の中にぼんやりとありました。

大学では、日本にはそして世界には星の数ほど才能溢れた選手がいる現実を知り、先の人生を考えるとテニス以外に打ち込める「何か」を見つけなければならない。でも「テニスでの経験を活かせる何か」というのがありましたね。その中で、テニスや自分のケガの経験を活かし、アスリートのケアや、痛みで困っている方の力になりたいと思い、今の職業を志しました。

-複数の資格をお持ちですが、最初に取得された資格はどちらですか。
鍼灸マッサージ師の資格です。資格の中でもどれを取得するべきかすごく悩みました。実は勉強内容としては理学療法士に最も興味を持っていました。しかし調べていくうちに理学療法士には開業権がなく病院内で働くことしかできないことを知り断念しました。自分で開業し、選手が来院してくれるというスタイルでやりたかったので、鍼灸マッサージ師を取得しました。鍼灸マッサージ師は技術職ですので、できるだけ早く技術を身につけることが重要だと思ったのも最初に取得した理由の一つです。

国家資格取得のため学校に通いながら、技術を身につけるためにいろんな職場で働きました。やがて学校では習わないマニュアルメディスンを学ばせていただける職場を見つけることができました。日本での勤務経験は約10年でしたが、その職場での約4年間の貴重な勤務経験があったからこそ、英語を使ったことがなかった私が腕一本でカナダに渡ろうと決心できました。

-日本とカナダで施術の経験がありますが、どういったところに違いを感じますか。
トロントは多人種の都市なので日本人と比べて体のサイズの違いが一番大きいですね。私のアプローチは症状にフォーカスするので、患者さんをただ寝かして上から順番に揉んで終わりというわけにはいきません。まず症状の原因はどこから来るのか徒手検査、動的触診、静的触診にて細かく評価します。それによって見つけた原因の部位へアプローチするために、患者さんの体位を変えて、腕や脚を持ち上げ操作しながら技を繰り出していくので、カナダへ来た当初は苦労しましたね。

カナダ人のなかには、治療台から横にはみ出でしまう方や、身長が2mを超える方もいます。長い脚というのは長いだけでなく、その分体積もあり重いので、自分の体に負担をかけず、且つ効果的な方法を見つけるために自分の身体の使い方をいろいろ工夫しました。多人種に対応できるように少しずつやり方を変えていきました。

-カナダへ来られたきっかけは?
日本で仕事をしていた時の患者さんの一人が、カナダ大使館の外交官でした。そのご家族皆さんや同僚の方を毎週施術させていただき、信頼関係を築いていく中で、その方が退職されてトロントへ戻ることになり、「一緒にトロントに来てくれないか」と冗談半分だったかと思いますが、声をかけて下さいました。当時私は28歳で、「30歳で東京で開業する」という目標があることをその方に伝えたところ「あなたの職業であれば永住権もとれるはずだ。トロントで開業したらいい」と言って下さいました。

そんな人生は想像もしていませんでしたので、その後すぐにリサーチの為にトロントへ飛んでいきました。実際にトロントで鍼をされている日本人数人にアポイントメントを取り、色々なお話を聞かせて頂きました。その中で日本の国家資格がトロントで適用できる(2008年当時)ということがわかり、その後トロントの街並みを一駅一駅見て歩きました。

-トロントの印象はいかがでしたか?
正直、東京に比べると刺激が少ない街という印象で、すぐにここで開業したいとは思えませんでしたね。当時私は英語を使って話したことがかったので、東京で失うもののほうが大きいというのもあり、すごく悩みました。日本にいるときのビジョンは何となく見えていましたが、海外でやっていくというビジョンは当時全く見えませんでした。決断に時間はかかりましたが、2年後の30歳のときに人生一回きりだという思いから、トロントへ来ることを決意しました。見えないものをどうしても見てみたいという気持ちが上回りましたね。

カナダへ来るにあたり、自分にも課題を持たせました。実はリサーチに来た際にお会いした日本人の方から、ワークパーミットを出していただけるというお話をいただきましたが、やるからには日本人にお世話にならずに、地元のカナダ人に必要とされるのであればカナダに残ろうという思いから、あえてワーキングホリデーでカナダへ来ました。幸いにも一年の間にカナダ人オーナーの職場でジョブオファーをいただくことができたのをきっかけに、カナダへ残ることを決めました。今思えば、これまで人生を左右するそれぞれの決断時にはキーパーソンとの出会いがありましたね。

-アスリートの多くの国際大会などへも帯同されているそうですが、印象的だったお仕事についてお聞かせ下さい。
2016年から平昌オリンピックや北京オリンピックも含めて世界各地へ国際大会の帯同活動をさせていただいていますが、やはり記憶に新しいコロナ中の北京オリンピックへの渡航は大変でしたね。当時トロントから北京までの直行便がなく世界中減便になっていました。そのため往路だけで4つのフライトを乗り継ぎしなければなりませんでした。

当初トロント-バンクーバー-成田-北京の予定でしたが、最初のトロント-バンクーバー便が6時間の大幅遅延となってしまい、その後のフライトを全てキャンセルしなくてはなりませんでした。結局トロント-バンクーバー-LA-成田-北京、合計44時間かけてようやく到着しました。二日弱かかりましたね。

-44時間!フライトだけでクタクタですね。
到着できるのか不安で仕方ありませんでしたね。中国へ入国するのにPCR検査を2回受ける必要があり、2回目のPCR 検査から数えて72時間以内に北京入りしなくてはいけないところ、11分遅刻となってしまいました。ただ、遅延理由が免除対象である「Maintenance Issue」でしたので、無事入国することができました。精神的に冷や汗だらけの44時間でしたね。

-やりがいを感じるのは、どのような時ですか。
東京での修業時代にお世話になった恩師や先輩方からご指導いただいた技術の基盤をもとに試行錯誤をしながら、多人種の方々や、アスリートへ向けて改良して作り上げた自分の技術をトロントの多くの患者さんが必要としてくださっています。これは本当にありがたいことです。

そしてJ.CAREの日本人スタッフは私の技術を学び修得してくれています。その彼らも多くの患者さんから支持を得て、活躍してくれていることが自分のことのように嬉しいです。
また、深刻な痛みがあり、他のいろいろな治療院に行っても治らなかった患者さんが、J.CAREで治療を受けてみるみる良くなって「ここへ来てよかった!」と言ってくださる時も、とてもやりがいを感じます。

さらにうれしいのは、簡単ではない症例からの復帰ですね。一つの例として、アスリートの疲労骨折です。このような症例は時間がかかりながらも主治医とも密に連絡を取り合って、詳細を確認しながらリハビリをおこなっていきます。選手の一番辛い時期を知っているので、共に乗り越えて競技へ完全復活した彼ら彼女らの笑顔を見られる時は、何にも変えることのできない瞬間ですね。

-現在スポーツはやられていますか?
パンデミック中はできていませんでしたが、カナダでもテニスをやっています。肘の手術後、約10年間はほとんどやっていませんでしたが、カナダに来てから再開しました。今年 (2022年) は5月からクラブ対抗リーグ戦が再開し、ようやくテニスを楽しめるようになりました。今は少しずつ身体を作っていますが、2年間やっていなかったので、全然思うように打てなくなっています(笑)。

-ブランクがあるとやはり難しいですか?
そうですね。正直なところ、身体の年齢的変化もあります(笑)。30代半ばくらいから第一歩の出だしの遅れを感じるようになりました。コート上で足がもつれて転んでギックリ腰をして、これまでとは違ったタイプのケガをするようになりましたね(笑)。こればっかりは受け入れるしかないですね(泣)。動けた頃の自分と比較してしまうと、怒りというよりは情けなさが出てしまうので、そこは抑えて、今できる自分のベストを尽くすようにと言い聞かせるようにしています。

-今後の目標についてお聞かせ下さい。
帯同活動は必要としてくださる選手のために今後も続けていければと思っています。また、自分自身テニスをやってきましたので、プロテニスプレーヤーにも活動の幅を広げていければ最も力を発揮できるのではと思っています。近年、カナダ人の若手テニスプレーヤーの活躍もめざましいので、すごく興味がありますね。

あとは目標とまではいきませんが。本当にありがたいことですが、私の技術を大会帯同に必要と依頼してくださったポジション、アスレチックトレーナーとは別枠でアスリート向けのマニュアルメディスンを用いた身体のケアの専門家はこれまでにない新しいポジションだと思うので、スポーツ現場でもマニュアルメディスンの有用性を認知されればと思っています。
スポーツ現場においてアスリートのフィジカルに対してマニュアルメディスンの介入によるより素早い疲労回復、パフォーマンスアップのための可動域の改善とバランス調整に特化した専門家として、チームの新たなポジションを開拓できないものかと思っています。

例えば、マニュアルメディスンを使いこなせる若い世代のセラピストたちを育成し、ナショナルチームの公式職種、スポーツ徒手医療法士(仮名)として新たなポジションが加わるようになれば、スポーツ界により貢献できるのではと思っています。そうするには様々な課題があると思うのでこれは目標ではなく、今思いついた夢ですね。

-最後に皆さんへメッセージをお願いいたします。
自宅での仕事が増え身体を動かす機会が減り、身体の不調を感じている方も沢山いらっしゃると思いますが、痛みのない範囲で意識的に身体を動かしてあげて下さい。近年、動かないことによる筋肉由来の深刻な痛みで来院される患者さんはとても多いです。身体を動かして筋肉を使うことで、痛みが軽減することは少なくありません。スポーツにご縁がない方も気候の良いトロントのこの季節、外へ出て「継続できるスポーツ」を見つけられると良いですね。
皆様の心身ともにより健康的なアクティブライフを願っています。

J.CARE -Japan Sports Medicine & Wellness Clinic-
A-115 Sheppard Avenue West, North York, ON M2N 1M7
(416) 222-8041
info@jcare-medic.com
http://www.jcare-medic.com/ja/