古くは「オリエント急行殺人事件」から『劇場版SPY×FAMILYコード:ホワイト』に至るまで、長距離列車には事件がつきものとされています。なぜならそれは、密室だから。
そう、トロントからバンクーバーまで約4500キロ、飛行機でも5時間かかるこの距離を大陸横断鉄道「カナディアン号」に乗るということは、車内に4泊5日ほぼ缶詰めになることを意味します。
何といっても備えておくべきは、WI-FIがない&電話が通じないこと。体感では全行程の6割以上が電波なしです。息子のオンラインサマースクールが数日残っていましたが、正直、その程度ならどうにかなると高をくくっていました。
しかし、あにはからんや。トロントを出て2時間もすると携帯の電波が弱くなり始め、ついには「通信サービスがありません」との表示が!大きな声では言えませんが、チャットGPTやグーグルがなければ宿題もおぼつかない我が息子。そもそも課題提出もオンラインのため、電波なしは致命的です。
それでも駅周辺は電話が通じるようになるので、圏外の間は次につながったときの段取りを考え、民家が見えると携帯に飛びつく、ということを繰り返しました。一周回ってネットが便利なのだか不便なのだか。
ただ意外なことに、マニトバ州やサスカチュワン州では、周囲が見渡す限りの草原でも携帯が利用可能でした。おそらく州全体が田舎のため(失礼)、沿線に人口が(比較的)集まっているのではないでしょうか。そして言うまでもなく、4日目に通過するカナディアンロッキーの山中はほとんど圏外。デジタルデトックスには最適です。汽車が山道をゆくときはデバイスを置き、みづいろの窓によりかかりてひとりうれしきことを思いましょう。
乗務員さんによると、齢70を数える車両のリニューアル計画が一応あり、「みなさんが10年後ぐらいに再びカナディアン号に乗ることがあれば、新型車両になっているかもしれませんね」とのこと。もしかしたらそれと同時にWIFIも導入されるかもしれませんが、まあそこはカナダ。このような観光用路線に10年で新型車両が投入されるとは思えないのが正直なところ。仕事は持って行かないのが正解です。
途中駅で買い物や観光はできないと心得るべし。
バンクーバーまでの道中にはマニトバ州ウィニペグ、サスカチュワン州サスカトゥーン、アルバータ州エドモントンなどの大都市があり、所によっては数時間停車しますが、VIA鉄道駅の周辺には基本的に何もありません。
どこがホームかも判然としない途中停車駅。田舎の無人駅に16両編成の新幹線が止まるイメージ。
唯一、2日目の夕方に停車するウィニペグでは駅周辺に商業施設があり、「WINNIPEG」のロゴ入りTシャツやマグカップなどのおみやげを購入することが可能です。駅から徒歩圏内にショッパーズや銀行などもありました。
ウィニペグでは3時間停車し、乗務員が交代します。
エドモントンは遠くにダウンタウンの灯は見えるものの、駅前にあるのは駐車場のみ。駅舎も待合室とトイレしかありません。
サスカトゥーンに至っては、駅舎は大きいものの中は閑散。無人駅かと見まがうほどでした。
つまり、4泊分の着替えや常備薬など車内持ち込み荷物は入念に準備する必要があります。靴下が足りなくなったりリップクリームを忘れたりしても、買えるところはありません。列車のアメニティーはバスタオル2枚とハンドタオル、石鹸、シャンプー、ボディーローションのみ。髪の長い人はヘアドライヤーとコンディショナーも必携です。ドライヤーは貸し出しがあるというブログを見かけた記憶もありますが、VIA鉄道に直接確認したところ「ない」との返答。コロナを経ていろいろ変わったのかもしれません。
デジタル世代ならずともWIFIなしの環境で4泊5日も過ごすことに心もとなさを覚える方もいらっしゃることでしょう。そんな車内で退屈しないかと問われればしかし、「しない」と即答できます。
車窓から見る景色も、ラウンジカーでのイベントも、食堂車で相席になった人とのスモールトークも、何もかもが新鮮。まさに「世界の車窓から」のあの感じです。遠く米アーカンソー州やドイツから乗りに来た人もいて、トロントに住んでいるなんていいね、と羨ましがられたことも(だからと言ってそう頻繁に乗れるものでもないけれど)。
世界の長距離列車を調べてみると、走行距離ナンバーワンはロシアのシベリア鉄道(9297キロ)。1位から10位までをロシアと中国が占め、11位にカナディアン号が付けています。つまり現在の世界情勢下で最も長距離かつ安全快適な鉄旅が楽しめるのは、間違いなくカナディアン号と言えるでしょう。
車中で読もうと何冊も持って行った本も、イッキ見しようと大量にダウンロードしていった韓ドラも、さほど進まなかったことを付記しておきます。 (了)
●前編掲載後にいくつか質問をお寄せいただきました。筆者からの回答は、今月号(2024年12月号)の『編集後記』をご覧ください。(とりりあむ編集部)