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私の「カナディアン号」乗車記・前編(徒然なるフォトログ編)
佐々木 美和 (Japan Desk, Reuters)

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なかなか暮れない8月の陽が、それでもゆっくりと西に傾き始めた。列車はいつの間にか湖水地方を抜け、黄金色の穀倉地帯に差し掛かっていた。収穫を終えた麦畑だろうか。藁を束ねた巨大な俵型のストローベイルがいくつも転がっている。果てしなく続く、なだらかな北の大地。遠くに赤い屋根のサイロが見える。線路と並行して走る一本道を、旧式のピックアップが悠然と列車を追い抜いて行った。

夕食の準備が整ったと告げる乗務員の声がする。読みかけの本を閉じ、食堂車へと向かう。白いテーブルクロスに射す車窓越しの夕陽が茜色を濃くし、やがて夕闇の薄紫が周囲を包んでいく。北国の、短い夏の長い一日。時計を見ない休日の終わりを、光線の変化で知るのも悪くない。

…と、小説風に自己陶酔した文章で書き出してみましたが、続かないので素に戻します。これはこの夏、私が息子(15)とともに乗ったカナダ大陸横断鉄道「カナディアン号」の体験記です。

トロントと西海岸のバンクーバーをつなぐこの列車は、走行距離約4500キロ、片道4泊5日を要するという、まさにカナダ国土の広大さを体感できる寝台列車。新幹線の延伸で夜行列車がほぼ絶滅してしまった日本にはない、壮大な列車旅が味わえます。カナダに来たからには一度は乗ってみたいと思っていました。

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そんな折、常々お世話になっている同業K通信ワシントン支局(当時)のO記者からお話を聞く機会が。O氏は本業以外にも鉄道愛好家として精力的に記事を執筆されています。当然カナディアン号にもご乗車経験をお持ちで、その体験記は4編に及ぶ大作。私はO氏ほど詳細かつ鉄道愛に満ちた文章を書く自信がないので、詳細はぜひともこちらから第57回~をご参照ください。

https://nordot.app/-/tags/%E9%89%84%E9%81%93%E3%81%AA%E3%81%AB%E3%82%B3%E3%83%AC?unit=39166791649591297 …と下駄を預けたところで、ここでは徒然なるままに日暮らしPCに向かいて、心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなくフォトログ風に書き連ねたいと思います。

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発車直後の2人用個室の車窓。発車のベルもアナウンスもなく、「定刻になったから当然でしょ」とばかり黙って動き出すさまは、旅情をかきたてるというよりむしろ拍子抜け。隣のGOトレインが動いているのかと錯覚するほど、あっけない旅の始まり。

食堂車。4人掛けのテーブルが10卓ほどあり、ランチとディナーは1時間半ずつ3回転。

食堂車での3食のほか、ラウンジカーにはマフィンやフルーツ、飲み物が常備されており、自由に取ることができます。かわいいカナッペやカクテルのサービスも。

食事は驚くほどのクオリティーの高さ。トロント市内の高級レストランと比べても全く遜色ありません。正直、あまり期待していなかっただけに嬉しいサプライズでした。ランチもディナーも、前菜のサラダ/スープ、メインが4種、デザートは2種から選べて目移りすること必至。多すぎず少なすぎず、ほどよく満腹になるボリュームで、特にステーキは絶品!

ラウンジカーにはジグソーパズルやスクラブルなど懐かしい各種ボードゲームが。

ラウンジカーでのイベントを知らせる掲示板。毎日、乗務員さんが手書きしてくれます。ワインやビールのテイスティングのほか、各種レクチャーやビンゴゲーム、映画上映会など盛りだくさん。

乗客がディナーに出かけている間に、乗務員さんが個室を回り寝室仕様にトランスフォーム。椅子を片付け、入り口側の壁から下段ベッド、天井から上段ベッドを引き出します。作業時間はものの2~3分。二段ベッドに変形後。ちょっと狭いこの感じも、秘密基地感があってたまらない。心地よい揺れに身を任せて熟睡できること間違いなし。

shower

シャワールームと脱衣室。シャワールームは72センチ四方程度で、大柄な人には少し窮屈かも。そのためかいつでも空いており、使いたい時に使えなかったことはありません。お湯の出も、清潔度もまずまず。日本で乗った寝台特急「北斗星」「カシオペア」は給湯時間3分の制限がありましたが、ここではなんと無制限。

車窓からの景色。湖水の風景が特に美しく、どこを撮ってもまるで一幅の絵画のよう。

この夏、大規模な山火事に見舞われたジャスパーはあいにくの雨。国立公園内は立ち入り禁止、ジャスパー駅にも停車せず。線路沿いの樹々も焼け焦げており、火の手が間近に迫っていたことがわかります。カナディアン号も一時は運行停止になりました。

残念ながら車窓からカナディアンロッキーの雄姿を拝むことはできなかったけれど、運行が再開されただけでもよしとせねば。この雨も鎮火に寄与したはずですから。

4日目の夕食は車窓にカムループス湖を望みながら。オンタリオ州のトロントを発ち、マニトバ州、サスカチュワン州、アルバータ州を経て、ついにブリティッシュコロンビア州入り。

5日目の朝、バンクーバー・パシフィックセントラル駅に到着。周囲を貨物列車に囲まれ、止まったけれどもアナウンスはなく、出発時と同様にさほどドラマチックではありません。しばらくして聴力検査のようなボリュームの車内アナウンスで降車できる旨を知らされました。それでも長旅の終わりは非常に名残惜しく、まだ着かなくていいのにという気分にさえなります。 鉄道旅って、独特のロマンがありますよね。しかし一部に予想外だったことや、書ききれなかったことも多々あり、次号「後編」に続きます。何日も費やすのんびりした鉄旅だからこその留意点をお伝えします。