オンタリオで活躍する日本人に聞く

金継ぎ師 
Shuichiさん

kintsugi

金継ぎ師として活躍されているShuichiさんにお話を伺ってきました。18年前にひょんなことから金継ぎに出会い、以降練習を重ね技術を身に着けてきたShuichiさん。日本の伝統工芸品を世界へ広めたいという思いで、5年前にカナダへ来て以来、金継ぎ師として活躍をされています。

ご職業の紹介をお願いします。

Kintsugicaという屋号で、割れてしまった器の金継ぎ受注を行ったり、教室を開いて金継ぎの技術や日本文化を教えたりしています。また、金継ぎと日本文化を皆さんに広く知っていただくために、様々なイベントや展示に参加するなどして積極的に情報発信を行っています。

金継ぎについて説明してください。

金継ぎは、日本の伝統的な修復技術です。化学接着剤などを使用せず、全て天然素材で修復するため、お直しされた器はお食事やお飲み物を入れて日常でまたお使い頂けるようになります。接着には漆という樹液を用いるのですが、漆は割れた破片をしっかりつなぎ合わせるのに十分な強度を持っています。

漆を用いた修復自体は縄文時代から行われており、元々割れ痕の色は漆の色である暗い茶色でした。茶道が発展した約500年前に、漆を金で装飾するようになり、現在よく知られている金継ぎのスタイルが始まったと言われています。

割れてしまった器の傷跡を受け入れ、美しいものとして昇華し、長く使っていく技術として、レジリエンスの哲学やサステナビリティのアイディアを重ねて説明されることが多いです。

金継ぎ師になろうと思ったきっかけは?

18年以上前の話ですが、近所に金継ぎの技術を持つアーティストの方がいらっしゃいました。すごくいい飲み仲間で。私も日本酒が大好きで、岡山の備前焼をコレクションしていたため、万一器が割れてしまった時の保険として、金継ぎの技術を教えてくれない?とお願いしたことがきっかけでした。

でも性にあっていたんでしょうね、もちろんそれ一本でやってきたわけではありませんが、辛抱強く練習を重ねていき、いろいろなお直しを受けるようになりました。日本では教えたことはありませんでしたが、5年前、ちょうどパンデミックが始まる少し前にカナダに来てから、金継ぎを人々に教え始めました。その時が私にとって初めての金継ぎの指導体験となりました。

カナダへ来たきっかけは?

実は、最初の目的は金継ぎではなく、英語を学ぶことでした。背景をお話すると長くなってしまうのですが、私は元々日本の伝統工芸を未来に繋げていきたいという思いがありました。現在、伝統工芸の継承が危ぶまれています。職人になる道を選ぶ若者が減少し、職人が高齢化したため、現在の職人の半数以上は60歳代以上となっているのです。

もし若い方が伝統工芸の技術に興味があっても、職人さんの作業の単価がずっと低くなってしまっているため、昔のように弟子として面倒を見ながら終日技術を伝えるということが難しくなっています。そのため、技術を習得したい人は会社勤めをしながら週末や夜間に修行するという形を取らざるを得ません。

また、師匠から独立を認められ、何とか開業資金を調達できて独立したとしても、現在の日本国内での市場は大変小さくなってしまっているため、伝統工芸一本で生活することは難しいのです。

そのため、海外で市場を開拓し、作品を紹介販売し、得た収益を次世代の職人の育成に役立てることを考えました。そのためには英語のスキルが必要になるので、カナダで語学を学ぼうと思ったのです。

実際にカナダに来てみて、伝統工芸を広める上で魅力的だと感じました。多文化の国なので、異なる文化圏の人々が好むものや、適切な販売戦略を探るためのテストマーケティングが可能です。さらに、それぞれの文化圏に紐づいた人脈も築けます。この人脈は、ビジネスの世界展開を行う上で大きな強みになると考えています。

また、日本らしい「本物の良いもの」がほとんど存在していません。日本らしいものはあれど、日本的な背景のない人が何となく作ったり提供したりしているものばかりで、日本の本物のモノ・サービスを知っていてそれに飢えている層が確実に存在しています。更に、日本と物理的にも言語的にも距離があるので、日本に何となく興味や憧れがある層に十分な情報が届いていないというのも魅力的でした。私が進めば、そこが道になるということです。

これらは、カナダでビジネスを始めるに十分な理由だと思いました。しかしながら、伝統工芸の紹介販売をカナダで始めようと決めた頃、パンデミックが始まりました。物流が途絶えて伝統工芸品の輸入が困難になり、対面でお品を見ていただくこともできません。

そこで金継ぎを始めたところ、初めての金継ぎ師だったようで、あっという間に依頼が増えました。カナダだけでなくアメリカやヨーロッパからも修復の依頼を受け、イベントや講演に呼んで頂けるようになって、お陰様で大変忙しくしています。嬉しいことではありますが、伝統工芸品全般の市場を展開する元々の野望のほうは、生徒さんがしっかり育って金継ぎ方面を任せられるまで、お預けとなっています。

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金継ぎ作品

金継ぎ師になるための資格はありますか?

実は、“金継ぎ師”という専業の職業はつい最近まで存在しませんでした。それまで金継ぎは、蒔絵師や漆塗りの職人、文化財修復の専門家などの漆のエキスパートが副業として行っていたものだったのです。彼らは特に金継ぎ業の宣伝をする訳でもなく、茶道の先生やお懐石のシェフと個人的にコネクションを持って依頼を受けていた訳ですね。

そのため、実際、金継ぎ師同士の繋がりはあまりありませんし、協会も存在していません。コロナ禍で金継ぎが注目されるようになり、多くの人々が金継ぎを始めて、ビジネスに敏感な方々による“協会”や民間の“資格”なども作られ始めましたが、これは金継ぎの長い歴史から見るととても新しく急に現れた流れだと言えます。

このような事情から、金継ぎ師としての特別な資格は存在しませんが、これは大きな問題と言えます。私自身、経験を積み、蒔絵の技術も持っていますが、様々な金継ぎを行っている方の情報や作品を見ると、漆の扱いに詳しくない人も多く、技量と品質にかなりのばらつきがあることが分かります。

今までで一番印象に残っていることについてお聞かせ下さい。

日本では、安い器が壊れてしまった時、「金継ぎをする価値がない」と言われることがほとんどです。それは、その器が毎日使っているお気に入りの器だったり、お祖母様の代から受け継がれてきた器だったりしても同じです。その価値というのがプライスバリューのことを指すからです。

しかし、カナダの方はお直し依頼に安い量産品の器も持ち込まれます。金継ぎ自体そんなにお安く済む修理ではないのですが、「毎日使って愛着が湧いたこの器がいい、捨てることや買い替えることは考えられない」と言うのです。金継ぎするかどうかは、センチメンタルバリューで決めるということなのですね。

この考え方には、はっとさせられました。何を隠そう私自身もずっとプライスバリューという概念に囚われていて、元々の器の値段とお直しの値段を測りにかけるところがあったからなんです。

確かに、量産品でも金継ぎを施すと、割れ痕によって唯一のアートになります。更に、毎日使っていたのに割れて悲しかった思い、それでも捨てずに直したいという思い、ちょっと高い金継ぎのお見積額にGOサインを出した思い、そしてこれからも使い続けられるという思いが積み重なり、他の同じ製造ロットの器が捨てられた後でも、ずっとこの世に残る特別な器になるのです。

センチメンタルバリューを大切にするということは、カナダで学んだとても大切なことでした。

現在、生徒さんは何人くらいいますか?

漆について学び、漆を使って金継ぎを体験した方は250人以上いらっしゃいます。

金継ぎはシンプルに見えて、器に使われている土や釉薬、器の形や損傷によって扱い方が異なります。そのため、他の伝統技術のように何年もかけて学んでゆくものになるのですが、実際継続的に学び続けている生徒さんは10〜20名ほどになります。

Kintsugicaのクラスでは、表面的な技術のみを教えることはしていません。金継ぎという技術のバックグラウンドに関する理解がなければ、私たちの文化を切り売りすることに容易く繋がってしまうからです。そのため、背景となる文化や歴史、日本人の物事の捉え方や考え方などを言葉で尽くして説明しています。

また、教室内ではできるだけ日本の雰囲気を味わっていただけるよう心がけています。日本の香りやお茶、様々な伝統工芸品を日常的に使って頂き、日本的な美と品質への解像度を高めて貰っています。

生徒さんはカナディアンの方が多いですか?

カナダ人の方が参加されることが多いですね。最近、特にジャパニーズカナディアンの方が増えているのはとても嬉しいです。自分たちの文化やルーツを金継ぎを通じて再発見できると言って頂けると、日本の哲学や歴史などもしっかり伝えてきた努力が報われていると感じられる瞬間です。

Union Station
Union Stationでのイベント

やりがいを感じるのはどのような時ですか?

生徒さんたちが日本の文化にどんどん染まっていく様子を見るのは本当に嬉しいです。着物を買ったり、日本語を学んだり、備前焼を日本から取り寄せたりする姿を見ると、私の元々の目標が達成されていることを感じますし、やりがいを感じます。

海外で伝統工芸を普及させるにあたって、私は基本的に二つのアプローチを考えてきました。一つは、日本らしくて便利で分かりやすい商品を提供すること。もう一つは、教育を通じて文化を伝えることです。

日本の文化は奥深くぱっと理解できるものではないため、特に後者のアプローチがなければ本物のファンは生まれませんし、学んだ人たちが本当のインフルエンサーになることもありません。教育に即効性はありませんし、苦労も多いですが、その努力が徐々に実を結んでいるのを見るのは本当に嬉しいです。

実は私、すごいピッキーで、良いものは良い、悪いものは悪いと率直に言ってしまうのですが、それを見た生徒さんや依頼者さんたちは、「Shuichiは何でも知っているから日本の良いものを知りたければShuichiに聞け」と広めているようなのです。そのため、日本文化のハブのようになっていて、多くの方から日本の伝統工芸や文化に関する問い合わせも来るようになりました。

今後の夢について

近い将来でいいますと、Kintsugicaを引き継げる人材を育てたいと思っています。金継ぎ業は後継者に任せて、伝統工芸全般を紹介して販売する元々の目標にシフトしたいからです。そうは言ってもまだ数年はかかってしまうと思うので、まずはKintsugicaを運営しながら、予約制で工芸品を展示する小さなショールームを設けられたらいいなと考えています。

日系コミュニティの皆さんへのメッセージ

コロナ禍に金継ぎ業を始めて大変苦労しましたが、色んな方に紹介して下さったり、「トロントに金継ぎ師がいるらしい」と話題にして下さった方々のお陰で様々なご縁が繋がってきました。直接的に関わりがある場合もない場合も、日系の方々が気にかけて下さったお陰でここまで進展してこられたので、感謝を伝えたいです。ありがとうございます!

また、金継ぎを広め、伝統工芸を将来に繋げるという私の活動に賛同して下さる方がいらっしゃれば、ご連絡頂けますと幸いです。私はカナダにひとりで来ており、誰にも頼まれていない活動ではあるのですが、私達の文化を守るためにアクションを起こすことは大変重要だと考えています。

最後にもうひとつ。2024年のNuit Blancheにノミネートされまして、恐らく世界初となるであろう金継ぎのインスタレーション展示を10月5日に行います。インスタグラムで様々な告知を行ってゆきますので、フォロー頂けると嬉しいです。

今後ともどうぞ宜しくお願い致します!

お問い合わせ: introjapanca@gmail.com

Website:https://introjapan.ca/

Instagram: https://www.instagram.com/kintsugica/