今回はMitsui & Co. (Canada) Ltd. 社長日高達治氏へお話をお伺いいたしました。カナダで60年以上の長い歴史を有し、幅広い事業をされているカナダ三井物産株式会社さん(以下 “カナダ物産”)。日本とカナダの経済発展への貢献として新しい事業のお話を始め、南米チリでの貿易協定発効の交渉に携わった貴重なお話に加え、南米生活についてユーモアを交えながらお話頂きました。日高氏は2021年4月にカナダへ着任され、2021年度商工会理事を務めて頂いております。(聞き手:酒井智子)
-御社の事業内容の紹介をお願いいたします。
当社は総合商社三井物産のカナダ現地法人として1956年に設立され、カナダで60年以上の長い歴史を有しています。グループ会社の取引を含めますと、輸出事業では菜種、小麦、大豆等の食料の日本向け輸出、輸入事業では、自動車・建設用鉄鋼の輸入が中心となっています。
出資を伴う事業としては、トヨタさんとの合弁会社であるトヨタカナダを50年にわたり続けています。当社はトヨタさんとの合弁事業をグローバルで展開していますが、その中でもトヨタカナダは最大級の自動車代理店事業となっています。
現在の拠点としては、トロントの本店、バンクーバー支店の2拠点、社員は50名弱の体制になっています。過去には社員数3桁、4拠点体制で複数の事業会社を保有している時代もありましたが、時代の流れで不採算の事業や拠点の統廃合、それに伴う人員削減を行い、一旦スリムで筋肉質な体制とし、今後再び会社を成長軌道に乗せていくというタイミングで私が赴任致しました。
歴史的に輸出入の物流が中心でしたが、今後は雇用や投資でよりカナダ経済に貢献できる事業経営に軸足を移していきたいと思っています。また、事業とは別に、カナダ三井物産基金を設立し、カナダのコミュニティへの寄付を通した社会貢献活動にも力を入れています。
-御社の強みはどういった部分だと思われますか。
「総合商社」を標榜しており、全ての産業領域に対応できる経験や知見があることが第一の強みです。カナダ物産の組織は、基本的に本店や当社を管轄する米国三井物産が有するエネルギー、金属資源、鉄鋼、プロジェクト、モビリティ、化学品、食料、ウェルネス、リテール、ITC等の幅広い事業分野を網羅する部署があります。
商社業界では、これらを「商品軸」と呼び、総合商社の業界では「商品軸」を中心にグローバルで事業を推進していくことが一般的です。一方、当社の特徴として、商品軸に対する横軸として「地域本部」があり、当社の場合では、カナダ物産含む北中南米地域を統括する米国三井物産が「米州地域本部」となり、地場や現場の独自の案件を発掘・投資し、経営できる権限を「地域本部」として有しており、商品軸と地域軸夫々の強みを最適化且つ補完しつつ事業を開拓・推進する「グローバルマトリクス体制」というのが、当社の二つ目の強みです。
カナダで60年以上の歴史があることから、経済界での広いコネクションやネットワーク、信用力があるのも事業推進をしていく上で非常にありがたいと感じています。一部の方はご存知かと思いますが「日本カナダ商工会議所協議会」という両国の商工会義所の連携パートナーシップの下で二国間の投資、貿易、技術、人材交流を促進する会議体があり、日本側の会長を当社の会長が務めているという関係から、経済界の重鎮の方々とのコネクションがあるのも強みになっています。
-幅広い分野で事業をされている御社ですが、新事業など取り組んでおられますか。
カナダは天然資源や食料資源に恵まれ、専門性の高い優秀な人材がAI等の最先端の技術革新を進めています。また、国として政治経済的にも安定し、親日国ということもあり、商社にとって非常に商材豊富な市場であることは間違いなく、それを商社の事業として一定の規模感のあるビジネスにする為にどのように仕掛けていくかというのが腕の見せ所だと思っています。
これからの世界が、脱炭素に向けたカーボンニュートラルを達成していく為のエネルギー政策や、資源確保、インフラ対応で日本とカナダの経済へ貢献することが商社に課された「社会的な役割」だと思っていますので、これらの領域を確実に事業として取り込んでいきたいです。
特に次世代エネルギーとして注目を浴びる「水素」ですが、製造、輸送、貯蔵、販売、輸出、需要創出と色々な段階があり、まさに総合力を発揮する商社の出番ではないでしょうか。ただ我々はどこか一つの部分へ決め打ちして大型の投資をするというよりも、夫々は小規模となりますが、各々の段階にバランスよく事業投資を行い、製造から需要までの地産地消型の「水素バリューチェーン」をまずはカナダ国内で作り上げていきたいと考えています。
その他として、電気自動車のEVに使われるバッテリーの部材関係、レアアース、鉄鋼製品ではグリーンスティール、水素の需要側となるモビリティ事業等も新しい事業領域として力を入れていく予定です。
–今後の展望についてお聞かせ下さい。
私自身、恐らく今回のカナダ駐在が、サラリーマンとして最後の仕上げになりますので、日加経済に貢献する持続的な新しい事業を起こし、会社への恩返し・ご奉公に繋げたいです。
カナダ赴任前に、2005年当時のカナダ物産社長とお会いして、「大きな視野と高い志を持ち、国を想い、仕事に貢献する」というスローガンを掲げていたことをお聞ききし、大変気に入ってしまいました。少々青臭いですが、この実現に向けて頑張りたいというのが、私の現在のモチベーションであり目標です。
-ここから、日高社長ご自身についてお伺いします。ご出身と今までのご経歴についてお聞かせ下さい。
生まれは1964年、大阪府池田市出身です。父親の仕事の関係で、その後名古屋、大阪と転校しました。小学校高学年から中高にかけて、兵庫県三田(さんだ)市というところで過ごしました。山と田んぼに囲まれたド田舎で、夏場には昼はセミ、夕方からカエル、夜はフクロウの声を聞いて育ちました。
今振り返ると田舎のお陰もあり、結果的に文武両道の健全な中高生活が送れたのではないかと思います。ちなみに関西生まれ関西育ちですので関西弁も自分ではネイティブだと思っていて、でも今まで関西出身と気付かれたことがなく、逆に相手の微妙なアクセントを見逃さず、出身を隠している人に対して「ご出身は関西ですね?」と見破るのが、いやらしい趣味です(笑)。
田舎から脱出したいと思い大学進学のために上京し、1987年に三井物産へ入社しました。大学時代は空手に没頭しており「ゼミ無し、コネなし、成績は不出来」という状況で、本来であれば入社は不可能だったはずですが、私が就職活動した年は前年の就職採用が早過ぎた反動で、珍しく就職協定が守られ8月20日からの一発勝負になりました。
ということで、当時私の売りは体力と誠意でしたので、会社の受付に一番に乗り込んで誠意を見せようと朝4時から会社に並びました。上には上がいて、夜中の12時から並んでいた猛者の方がいて、結局2番目だったのですが、誠意だけは伝わったようでなんとか面接を乗り切り無事合格、一方1番目の人は不合格だったみたいです。私が一番早く並んだから入社できたのではないかということは1987年入社の同期内では30年以上経って今でもいじられるネタになっています。
入社後、配属されたのが自動車部で、新人の頃は欧米向けの車の部品の輸出が担当でした。4年目で初めての海外赴任として、南米チリのトヨタの代理店で三井物産が100%出資しているToyota Chile社へ出向し、以降同社へは2度赴任、その後ペルーにあるトヨタ車の販売店で同じく三井物産が100%出資するMitsui Automotriz S.A.社に出向し、カナダ赴任前に南米勤務が合計3回、19年に及びました。
私の三井物産でのキャリアは一言でいいますと「商社マン」ではなく「南米で車を売るおっさん」、仕事振りは、体力と内臓の強さで勝負をする昭和の商社マンのスタイルそのものです(笑)。
-南米に合計19年間いらっしゃったということですが、そちらでの生活はいかがでしたか?
まず、最初のチリへは入社4年目でToyota Chile社の販売部長として赴任し、当初はスペイン語もチリの文化も自動車の仕事も分からない状況でしたので、チリ赴任1年目が会社人生の中で、一番大変だった時期かもしれません。この時は6年間、2回目は社長として8年おりましたので、チリには合計14年、間違いなくチリは私にとっての第二の故郷です。
チリの自動車市場は南米ではブラジル、アルゼンチンに次いで3番目に大きな市場で、一方で自動車の製造をしていないことから、世界各国と貿易協定を締結する南米最大の自由貿易協定国で、関税が低く輸入が自由な市場の為に競争が非常に厳しく、業界関係者の中では南米のテストマーケットとか毎日がモーターショーと言われる厳しい市場で、日本、アメリカ、韓国、中国のメーカー間で大競争が繰り広げられていました。
毎月販売順位とシェアが替わる乱戦市場の中、強い販売網やブランドイメージを作るのに奮闘していたことが懐かしいです。南北4300キロの細長い国で、北は砂漠、南は氷河、西は海岸線、その先にはモアイ像で有名なイースター島、東はアンデス山脈に囲まれ自然に恵まれた美しい国でした。「ウニ、カニ、カキ」の3大シーフードが日本からの出張者に好評でした。
よく我々が現地で使っていた小ネタがあるので、ちょっと紹介させて下さい。
チリを説明する時に「3Wの国」という表現をしていました。1番目のWは皆さんご存知の、安くて美味しいコストパフォーマンスの高い「Wine」です。2番目のWは地中海性気候の穏やかな「Weather」です。日本と同じく四季があり、夏のカラッとした爽やかな気候でワインを飲む2Wは最高でした。
3番目のWは、チリは南米の中でも綺麗な女性が多いということで「Woman」のWです。これで3Wが完成するのですが、3番目のWは人によって選択肢があり、私の場合は「Work」なんです。奥さんである「Wife」の人もいますので、間違えない様に説明しないといけないのですが、いずれにしても第二の故郷チリでの14年は公私共に充実していました。
–明確でとてもユーモアがありますね!
3回目の赴任国のペルーでは、直接お客様へ車を販売するトヨタの販売店の社長として出向しました。お客様の生の声が聞けるという意味では毎日が緊張感のあるエキサイティングな現場でした。
販売店の場合は同じトヨタの同業他社との競争になり、同じ商品を同じ価格と販売条件で競合しますので、いかに会社を差別化していくか、また価格面以外でのお客様への付加価値を訴求していくかが重要となってきます。立地条件やファシリティの良さ、販売後の木目細かいアフターサービスと日本式の「Omotenashi」を前面に出し、トヨタ販売店の中で常にNo1のポジションを維持していました。
ペルーは、国民性が非常に柔順且つ穏やかで、南米ではブラジルに次いで日系人が多いこともあり、親日国で生活し易い国でした。マチュピチュやナスカなどの有名な観光地もありますし、山の幸、海の幸、アマゾンの幸と食材に恵まれた美食国で、ペルーでは自然とグルメを堪能しました。
-一番印象に残っているプロジェクトについて、お聞かせ下さい。
やはりチリ時代でしょうか。三井物産がトヨタさんから100%販売を任されている世界で唯一の市場で販売を頑張らなければいけないというプレッシャー下、高品質・高性能でも価格が割高のトヨタ車の販売が、急激に販売を伸ばす韓国車に押され気味の時期がありました。
その時に丁度日本とチリの間で自由貿易協定の交渉が始まり、輸入税6%がゼロになるメリットを一番享受するのが日本からの最大の輸入企業だったToyota Chileでした。日本とチリとの貿易協定ではなく、日本とToyota Chileとの貿易協定と揶揄もされましたが、千載一遇のチャンスでしたので、民間企業として政府の交渉を最大限サポートしました。
当時、チリの大統領はミッチェル・バチェレ(現在は国連人権高等弁務官)という女性の方で、何度か直接お会いしてお話しする機会もあり、顔も覚えて頂きましたが、ただ最後まで「日高」という名前は覚えて頂けず、「セニョール(英語のMr.の意味)トヨタ」と呼ばれていました。
最終的に自由貿易協定の交渉が成立しチリの大統領宮殿で行われた署名式に招待されたのは、日本大使と日系の民間企業では私だけでしたので、頑張りが評価されたのだと感無量でした。
その後、販売を安定させ、南米で最初のレクサス導入国になれたのも、貿易協定発効による価格競争力を取り戻せたからでした。チリにおけるトヨタ車販売増だけではなく、日本の自動車メーカー全般へ貢献できたことが一番の思い出です。
-お仕事をする上で大事にされていることについてお聞かせ下さい。
自分の人生を振り返ると、ここぞという場面で強運に恵まれていると感じる時が多々あります。目に見えない大きな力で自分を支えてくれる誰かがいる様な、それを私は巷で言う「お天道様」だと勝手に信じています。「お天道様が見ている」という表現をしますが、まさにそれを実感しています。
最近はインテグリティ(誠実、真摯、高潔)という言葉が良く使われますが、私にとってのインテグリティはまさに「お天道様が見ているから」ということを行動の基本にしています。いざという時にお天道様が運を与えてくれるのは、日々の行動や頑張りの積み重ねなんだろうと想像します。
「笑顔を絶やさない」「喜怒哀楽の怒の感情を持たない」「人に感謝すること」「一日一善」「自分に回ってきた運を他人にも回す努力」等々をなるべく心掛ける様にしています。日々のビジネス活動においても、社員やパートナー、取引先の方々に対してこの様に接することで、まずは自分自身を信用してもらうことが大切だと考えています。
-プライベートライフについてお伺いいたします。お好きなスポーツや趣味は何ですか。
ゴルフとジムで身体を鍛えることが趣味です。スポーツは小さい頃は野球少年でしたが学生時代は空手にのめり込んでいました。
ゴルフに本格的にはまったのは、ペルー時代でしたので、実は50歳を超えてから。マンションの前がゴルフ場でナイター設備がありましたので、終業後夜の10時、11時くらいまで打ちっ放しで練習をしていました。練習場の打球の数では、当時の日本の駐在員の中では一番多かったと思います。おかげでドライバーが金属疲労で2回程折れてしまいました(笑)。
2021年4月のカナダに着任以降、本格的にゴルフ場に行けるようになったのは6月か7月くらいでしょうか。1日に2ラウンドはしますので週末は3から4ラウンドしました。ゴルフパラダイスのトロントの夏を本当に堪能できました。ゴルフが趣味のカナダ人も多いので初対面の方でも仲良くなれるいい機会になりました。冬の半年間でまた下手になってしまうことが気掛かりです。
食べるのも好きですが、100%肉食なのでトロントのステーキ屋さんを巡るのも楽しいです。私のトロント生活は「Gym」「Golf」プラス無理やり感がありますが「Gyuniku(牛肉)」の3G生活をエンジョイしています(笑)。
-2021年度商工会ゴルフコンペでは、見事優勝されましたね。今から来年のゴルフの時期が待ち遠しいですね。カナダ駐在中に今後挑戦したいことについて、お聞かせください。
ありがとうございます。商工会ゴルフコンペは、ご一緒した組が若い方々でしたので良いメンバーに恵まれたお陰でした。まだ8ヶ月間の駐在期間ですが、カナダという国は懐が深い魅力的な国という印象を持ちました。カナダ人も本当に寛容で大らかで、ユーモアがあり、お付き合いしていて大変楽しいです。次生まれてくる時は、カナダ人に生まれるのもいいなと思っています。
私にとって初めての北米での駐在ですので、カナダの政治経済、歴史、文化、自然、グルメ、スポーツ全てに付いて勉強したいです。あと自然や動物が好きですので、南米とはスケールの違う雄大で壮大なカナダの自然にも触れてみたいと思います。
-最後になりますが、商工会会員の皆様へメッセージをお願いいたします。
日本とカナダのビジネス面での関係強化に貢献したいというのが現在の私の最大のモチベーションになっています。これは商工会の趣旨にも合致していると思いますので、こちらに移住された方や駐在経験の長い方、事業経験豊富な方々とお知り合いになって、カナダに付いて、もしくは日加関係について色々と教えて頂ければと思います。お気軽にお声を掛けて頂くのを楽しみにしています。
-本日はお忙しい中、ありがとうございます。これでインタビューを終わります。