今回はSeikagaku North America Corporation渡部潤氏へお話を伺って参りました。70年以上にわたり糖質科学を中心とした研究開発に特化、私達の健康に貢献されている生化学工業さん。2022年1月にSeikagaku North America Corporationが設立され、同社の北米における新薬開発拠点として、腰椎椎間板ヘルニア治療薬のアメリカ上市を始めとする新薬開発をされています。長年に渡り、医薬品の研究開発に携わっていらっしゃる渡部氏から自身の夢でもある新薬の上市への熱意をお聞かせいただきました。同社は2022年11月に商工会へ入会されました。(聞き手:酒井智子)
-事業内容のご紹介をお願いいたします。
生化学工業は東京に本社を構え、1947年設立後、これまで75年以上に渡り医薬品や医療機器などの研究開発と製造を行っています。当社は糖質科学の分野、特に皆さんもご存じのヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸といったグリコサミノグリカン(GAG)※ に強みを持ち、そのノウハウや関連技術を用いてアンメットメディカルニーズに応える革新的な新薬の創出を行っています。また、当社は経営理念の一つに「学問尊重」を掲げており、その企業風土から、新薬を生み出し社会に貢献するという強い使命感を持って取り組んでいます。
事業内容としては、医薬品ビジネスが約75%を占め、残りの約25%はエンドトキシン測定試薬等を製造販売するLAL事業が占めています。売り上げ比率は日本国内が約4割、国外が6割となっています。医薬品ビジネスにおける主力商品はヒアルロン酸製剤です。ヒアルロン酸の特性として弾力性や保水力が挙げられ、膝の変形性関節症や関節の痛みを抱える方に対して効果を発揮します。
当社の北米子会社であるSeikagaku North Americaは2022年1月に設立しました。当社の新薬上市のターゲットが北米市場にシフトしていく中、現地に根差してニーズを把握し、より早く確実に新薬開発を行うべくこの拠点が設立されました。現在は、北米市場において当社の主力品となることが期待されている腰椎椎間板ヘルニア治療剤(SI-6603)をアメリカで上市するという大きなミッションに取組んでいます。
※グリコサミノグリカン(Glycosaminoglycan:GAG) 複合糖質の主要成分の1つ。
-御社の強みについてお聞かせ下さい。
当社で は、独自の技術や知見を最大限に活かせるGAGや、GAGに関連する酵素を対象として、患者の 方々が真に必要とする製品の創製に注力しています。特に、コンドロイチン硫酸の工業化を世界に先駆けて成功するなど、GAGにおいてはパイオニアとしての長い歴史があり、最先端の知見と技術力を有しています。当社は研究開発に特化した企業であり、売上高の約20~30%を研究開発に投資するビジネスモデルを持っています。
–今後の展望についてお聞かせ下さい。
当社は中期経営計画の重点施策の一つとして、SI-6603の製品価値最大化を掲げています。Seikagaku North AmericaとしてはSI-6603の製造販売承認をアメリカで取得することが最大の使命になります。その先には、SI-6603に続く新薬候補の北米開発を成功させることを目指します。今後のグローバル展開を進める上でSeikagaku North Americaの果たす役割は大きく、その真価が問われているところです。
-このSI-6603は日本では既に上市されているのですか?
SI-6603は日本では2018年に「ヘルニコア」という製品名で発売されました。通常、ヘルニアが発生すると飛び出したヘルニアが神経を圧迫することで足の痺れや痛みが引き起こされます。ヘルニコアは、椎間板内への1回の注射により、椎間板から飛び出したヘルニアによる神経圧迫を軽減することで痛みの症状を改善させる特徴を持っています。
ヘルニア治療では、痛み止めの服用や手術が選択されることがありますが、ヘルニコアは1回の注射で治療が可能であり、患者さんの負担を軽減することができます。このような特徴から、ヘルニコアはヘルニア治療において新たな治療法として日本で用いられています。
日本の患者さんに使われているヘルニコアをアメリカの医療現場でも使って頂けるよう、今の我々の活動があります。アメリカでの製造販売承認を得るためには、本剤がアメリカのヘルニア患者にも効果があり、かつ、安全に使えることを証明しないといけません。そのためアメリカでも臨床試験を行い、2023年には有意な改善効果を示す試験結果を得ることができました。これらの結果を踏まえ、アメリカでの承認取得を目指して進めています。
–渡部さんご自身についてですが、ご出身から今までのご経歴についてお聞かせ下さい。
幼少期から高校卒業までを北海道で過ごしました。小学生の時に父の仕事の関係でマニトバ州ウィニペグに2年間住んでいましたので、カナダに住むのは今回で2回目となります。薬学系の大学院を修了後、製薬会社へ入社以来、研究開発として医薬品の開発に携わっております。
-カナダへ来られたのも何かの縁でしょうね。海外駐在はカナダが初めてですか。
前職在任時に2012年からの2年間、イギリスのロンドンに駐在していました。ロンドンの現地法人で新薬開発に携わりました。日本とは異なる欧米流の働き方や商習慣の中で多くのことを学びました。
-今回の駐在は前回の駐在とどのように違いますか。
今回は約10年ぶりの海外駐在で立場も見方も全然違います。前回は、一般社員の立場で現地に駐在し、すでに成熟したイギリス人の組織と環境でイギリス人と協働しながらグローバルな働き方を身に付けることが目的の大きな部分を占めていました。それに対し、今回はオフィスのGeneral Managerの立場と北米のプロジェクトを引っ張る役割を担って駐在しています。
前回、赴任してしばらくは言葉も仕事のやり方もわからない日本人ということでイギリス人上司や同僚になかなか認めてもらえませんでした。こんなことなら来なければよかったと思うこともありましたが、試行錯誤を重ねながら実績を積み上げて周りの信頼を獲得し、自分のポジションを見出していきました。そこでの経験は、個人として自分のキャリアや仕事上の役割を主体的に貪欲に追求する姿勢を身に付けるきっかけとなりました。
今回は、オフィスも組織も一から組立てました。その際に、10年前のロンドンでの仕事や環境、感覚を思い出し参考にできたのは大きかったです。
-今までで印象に残っているプロジェクトについてお聞かせください。
まさに今取り組んでいるSI-6603のプロジェクトですね。試行錯誤の連続ですが、信頼してチームのまとめ役を任せて頂き、色々な経験をさせてもらっています。
この薬は新規性が高く、アメリカの医療現場からも望まれており、社内外問わずチームのメンバーがプロジェクトに情熱を注いでいることが源泉となり、仕事が 勢いよく前に向かっているのを実感しております。この先、この薬が製品としてアメリカの患者さんに貢献できるという会社としての夢が叶うと信じています。
私自身、自分が日本人として、日本オリジンの新薬をアメリカや 欧米、世界に広げていくことが夢であり、今まさに自分の夢に向かっていけることが、自分のやりがいにつながっています。新薬を世に出すということは本当に大変なことで、研究の段階から新薬として世に出る確率は3万分の1と言われています。そういった意味でも今大変貴重で重要な瞬間に携わらせて頂いています。
-お仕事を進める上で大切にされていることについてお聞かせ下さい。
リーダーとして、エンゲージメントを大切にするよう心掛けています。そのためにはみんながお互い理解し合って、インクルーシブな組織を作っていきたいと思っています。アメリカやカナダ、そして日本を繋いで、大きなチームを作りながら仕事をしていますので、言葉の壁とそれ以上に文化・習慣の壁を越えた意思疎通と協業を一番重視しています。
チーム内でのコンフリクトは、特に日本と北米間で日常茶飯事に発生します。考え方のベースの違いによるものが一番多く、そのたびに間に介在して解決を図り、今後の対策を講じていきます。その中で個人的にはそれにとどまらず解決の過程で見出されるギャップを深く分析して、違いに至った文化的要因を考察することをよく行っています。
それぞれの個性の要素もありますが、カナダ人の個人主義と日本人の集団主義の違いに源流があって、アウトプットの言動に違いが生じていることが多いことに気づきます。これだけの根本的な違いを変えることは出来ないので、それぞれが相手を理解する気持ちがビジネスを上手くやっていく上で重要なのだと思います。
-プライベートについてですが、お好きなスポーツや趣味についてお聞かせ下さい。
スポーツ観戦は全般的に好きで、特に野球を観るのが好きですね。大学時代には2週間かけてアメリカを東から西までバスで横断し各地のメジャーリーグの試合を観て回りました。今は、トロントブルージェイズの試合を家族で時折観に行っています。ただ、あまり趣味らしい趣味がありませんので、人生を豊かにするためにカナダにいる間に何か見つけたいと思っているところです。
昨年は子供に付き添って、スケートやスキーへ行きました。今年も子供とアウトドアに行きたいと思っています。日本ではなかなか公園で気軽にスケートできる環境はありませんので、このアドバンテージを活かせたらと思っています。
-今後、今後カナダ駐在中に挑戦したいことについてお聞かせ下さい。
トロントは文化的多様性に富んだ都市ですので、様々な文化に触れることが身近にできます。それを感じることで、自分の幅を広げていけたらと思っています。特に私は食べることが好きですので、色々な「食」文化に触れることが出来ればと思っています。
–商工会会員の皆様へのメッセージをお願いします。
常日頃から、日本人の皆さんに助けていただけるというのは、本当にありがたいと思っております。商工会があるからこそ、補習校やイベントを通して子供や家族の交流の幅も広がっていると実感しております。今後ともお世話になりますが、よろしくお願いします。
–本日はありがとうございます。これでインタビューを終わります。