「こんにちは!」新代表者紹介インタビュー

<第235回>
Mitsubishi Electric Sales Canada Inc.  三菱電機カナダ
President & CEO 難波 仁

今回は、2022年4月にカナダへ着任されたMitsubishi Electric Sales Canada Inc. の難波仁氏にインタビューをさせていただきました。お客様へ高い品質と技術力を備えた製品を提供している同社、来年以降はハイブリッド対応の製品導入を予定しています。幼少期の海外生活の経験が基盤となり、入社以降は海外事業へ携わりご活躍されている難波氏。前任地のポーランドや、アクティブな学生時代のお話をうかがいました。

-御社の事業内容のご紹介をお願いいたします。
三菱電機には9つの事業本部があり、それぞれ別の事業を行っております。家電、映像、昇降機、空調、電力、重電、半導体、それからファクトリーオートメーションと幅広く手掛けております。三菱電機カナダは、三菱電機の総合販社ではありますが、過去に事業を始めて撤退したり、合弁会社を設立して外へ出たりといったことを繰り返した結果、現在は空調換気機器のみの販売とアフターサービス、お客様サポートを行っております。

販売先は、大きく分けると商業施設用、住居用です。幸いにも人口も増えており、ビルも軒並み建っておりますので、特にコンドミニアムなどといった住宅用の需要が非常に大きく、製品がいくらでも欲しいといった状態で、倉庫も拡張致しました。直接販売している地域と、パートナーさんに委託している地域もございますが、パートナーさんの倉庫の拡張もしておりますことから、非常に良い状況が続いております。

-御社の強みについてお聞かせ下さい。
品質と技術力です。品質に関しましては、実際に使っていただくと実感されるかと思いますが、当社の製品はなかなか壊れません。当社独自の品質基準があり、ある一定基準の品質を満たしていないといくら営業が早くお客様にお届けしたいと言っても、出荷することができません。特に私は営業部門出身ですが、営業と品質部門というのは、まあ、よく戦い合っていますね(笑)。

そういった強い意志があるお陰で、社会からも認められております。また、技術力につきましては、開発や工場に、高い技術力があるのはもちろん、技術支援という意味では、海外販社現地エンジニアも育っておりますし、営業部門でも技術の分かる人間が沢山おり、お客様をサポートし、好評を得ております。

-今後特に力を入れていきたいことについてお聞かせ下さい。
全世界的にCO2削減、カーボンニュートラルと言われておりますが、カナダも一緒です。2030年、2050年に向けての目標という中で、我々の製品というのは省エネにも貢献し、かつ電気を使います。

カナダは天然資源に恵まれておりますので、天然ガスを使用したヒーティングが主流の地域が多いのですが、こういったところを国として切り替えていかなければいけません。カナダ全体で、政府がそういった動きをとらえているといったらそうではなく、各地域ごとに、強かったりといった部分があります。

一方で、ガスによるヒーティングはまだまだ安いので、ガスのヒーティングにハイブリッドを加え、状況に応じて切り替えるといった製品を来年以降投入して行く予定です。まずはそちらで様子を見て、最終的には全てヒートポンプの我々の製品を投入していければ嬉しいですね。そういった意味では世の中にも貢献している事業だと思っております。

現在は空調換気機器一本ですが、やはり他の事業も始めたいと思っております。まだ具体化はしていませんが、エレベーター、エスカレーター或いは冷蔵庫といった製品の販売がカナダではまだできておりません。私のいる時代に是非実現させたいですね。

-難波氏ご本人についてお伺いいたします。ご出身と今までのご経歴についてお聞かせください。
東京生まれ東京育ちです。大学を卒業するまではずっと東京におりました。海外の経験ということではちょっと早く、小学校3年の2学期から5年生の終わりまで、アメリカのカリフォルニア州サンタモニカに2年半おりました。

当時は日本人が少なく、全校に3人くらいしかおりませんでした。基本的には平日は現地校へ通い、土曜日だけ日本人学校へ通うといった生活で、子供ということもあり、ひと月くらいしたらいつの間にか英語が話せていましたね。

-年代でいうと70年代くらいですか?
そうですね。本当に日本人が少なかったので「黒い髪触らせて」というくらい珍しがられていました。

母の方針として「とにかく毎日違う友達を連れてきなさい」と命令のように言われており、何でそう思ったのかわかりませんが、素直な少年だったので母の書いた「家に遊びに来てください」というメモを見ながら、毎日違う友達に声をかけていました(笑)。そのおかげもあって英語が伸びたのかもしれませんね。さすがに途中から母に勘弁してくれと言われました(笑)。

小学校6年生になる前に日本へ戻りましたが、今思い出すと後悔していることがあります。帰国が迫る中、父が10歳の私に対して「このままアメリカに残りたいか?一緒に家族と帰りたいか?お姉ちゃんは帰りたいと言っているよ。お母さんも一緒に来ると言っているけど、お前はどうする?」と聞いてくれました。当時10歳でしたので「僕も一緒に帰る!」と答えてしまったんですよ。その時残るといったら人生変わったんだろうなと思いましたね。今頃ハワイで難波仁のサーフィンブランドを立ち上げたのかな~なんてたまに思ったりします(笑)。

-サーフィンはされるのですか?
大学時代にヨットをやっていたので、波が高い時は遊びでサーフィンをやっていました。多少できる程度です。

-その後、東京へ戻って来られたということですね。
そうですね。英語は帰国してからは自然と使わなくなり忘れてしまいましたが、学生の最後の時期に欧米旅行をしました。そこで英語を話していくうちに、いつの間にか思い出して、また話すことができるんだと実感しました。そんなこともあり、会社に入る前に色々な先輩方のお話を聞いて海外希望を出し、幸いにも海外事業を行う部門に配置されました。以降、携帯電話やファクトリーオートメーションだったりと、分野は違えど海外の仕事に携わっております。

入社5年目の当時ヨーロッパを担当しておりましたので、ドイツへ1年半の研修へ行きました。駐在ということでは、2014年から4年間、東欧のポーランドへ赴任しました。ヨーロッパを担当していた時に西はほとんど行きましたが、駐在時にポーランドへ行った際、初めて東と触れるようになりました。

ポーランド支店の役割としては、ファクトリーオートメーション分野の東欧全国と、西バルカンといわれる旧ユーゴスラビアの14カ国を見ておりましたので、非常に楽しかったですね。現地のパートナーの代理店を買収して、当社の販売会社にしたという形でしたので、ポーランドでも新しく支店を設立したり、或いは他の国でも支店を設立して人を採用し、人員を増やしていました。

私のいた時代にポーランドを超えてチェコ、スロバキア、ハンガリーの支店を設立し、多い時は4つの支店長を兼務しておりました。今は現地人が育って、当時採用した人間がトップに立っています。

また、ファクトリーオートメーションで始めた会社でしたが、一つの事業ではなく、せっかく三菱電機という会社であり、他の事業もやりたいとうことで、今のカナダでの事業である空調機器を現地で始めました。今となってはそちらも成長し、ほぼほぼ互角のビジネスユニットがあり、現地のポーランド人がトップに立っております。

更に私が帰る少し前にウクライナもみることになりました。当時はこのような状況になるとは思わず、その関係もあり、現在はロシアがみていたベラルーシなどを含む8カ国をポーランド支店がみることとなりました。とても忙しいようですが、成長をみていると嬉しく思います。新しいことを切り開くというのは、すごくいい経験ですので、カナダでも新しいことができればと思っております。

その後、東京で6年間、海外事業部でアジアと日本以外の国を見る部門で3年間、その後アジア部門の責任者を経て、今回カナダへ赴任となりました。

-カナダへ来られて半年程経ちますが、カナダの暮らしはいかがですか?
非常に過ごしやすいですね。移民が多いので、外国人という気が全然せず、自然に溶け込めます。社内外問わず、質問すると親切に応えてくれますので、とても気に入っております。ただ、物価が高いですね。日本より物価が高い国をあまり知りませんでしたが、こんなに違うのかなと初めはびっくりました。今はだいぶ慣れました。

-一方で、ポーランドの生活はいかがでしたか?
今は大分変わりましたが、私がいた頃はポーランド語ができないと非常に苦労する時代で、駐在期間中の4年の間に一生懸命勉強しました。

相手によってはポーランド語で話さないと1分で話さなければいけない話が10分以上かかる、といったこともありましたので、そういったところは楽しみながら苦労していましたね。また、当時40歳以上の人はあまり英語が喋れないという印象を受けました。そこはどんどん変わりつつありますので、今では大分違う国になっていると思います。

-今までで一番印象に残っているプロジェクトについてお聞かせ下さい。
先程も申しましたが、ポーランドで14カ国を担当し、新しい組織を作り、支店を作ってやっていくというのが一番やりがいがありました。新しい事業を始めて、最終的に成功を収めたのは私ではありませんが、成功に結び付いたのが印象深かったですね。できればカナダでも同じような経験ができればと思っております。

-お仕事を進める上で大切にされていることについて、お聞かせ下さい。
一つは「悪いことは早く上げる」ということです。私も昔から悪いことはなるべく早く報告するということをやっており、これはドイツにいる時に覚えました。日本ですと、まずい情報は最後の方に「実は…」ということがありますが、ドイツ人とお客さんに会って驚くのは、いきなり悪い情報からしゃべり始めるということです。初めは驚くのですが、知ってしまった以上は、それより悪くはなりません。

そういったことを見て「これはもしかしてドイツじゃなくてもいいんじゃないかな?」と思い、それ以降心がけております。社内でも「悪い情報を上げて下さい。そうすればマネージメントも早く手が打てますし、皆も認識できる。あなた自信も辛い思いを抱えなくていいでしょう」ということを伝えています。

もう一つは、仕事に対してあることをやり遂げると自分として強い意志を持ち、情熱をもって仕事に取り組むよう、常に言っております。熱意というのはお客さんにも伝わりますし、例えそれが様々な要因で実際にできなくても本人が納得すればいいので、そういった形で自分としての達成感を得てほしいと思っています。

水が低い方に流れるように仕事をするのではなく、どんな仕事でも目標に向かって自分の意思を持ち、情熱と熱意持って取り組んでほしいと皆さんに伝えています。これは日本でも海外でも一緒ですね。

-プラベートについてお伺いいたします。お好きなスポーツや趣味などはございますか。
身体を動かすのが大好きなので、小さい頃から運動をしていました。中学に遡れば、水泳、バスケットボール、バレーボール、大学ではヨットをやっていました。走ったり泳いだりというのはコンスタントにやってましたが、ここ3カ月くらいサボってしまい(笑)、さぼってるとそれなりに身体も厚みを帯びてきたので、まずいなと思っております(笑)。

ゴルフ

あとは、日本でほとんどあきらめかけていたゴルフを、こちらでもう一回頑張ってみようかなと思っています。日本でいくらやっても上達せず、海外出張やコンペのたびに無理矢理やってぼろぼろでした。カナダは練習よりも実践ですので、コースへ出れば出るほどちょっとづつ改善されるんだなと何となく分かった一方で、シーズンも10月いっぱいで終わり。来シーズンはゴルフを頑張りたいです。

もう一つは、ホッケーです。会社としてモントリオール・カナディアンズのスポンサーをしており、先日たまたま出張に合わせて試合を観戦することができました。ただ試合をみるだけだと思っていましたが全然違い、北米エンターテインメントというのはこういうものなんだなと、すごく興味を持ちました。お客さんや従業員にしてもホッケーをやっていた人って結構多いですよね。そういった意味でも日本では経験しないことですし、是非ホッケーを楽しみたいなと思っています。

-先程、ヨットのお話がありましたが。
大学時代にヨットクラブへ入っておりました。小さな二人乗りのディンギーというもので、ヨットそのものは、ファイヤーボールというヨーロッパで乗られている種類で、二人乗りでレースをします。「スキッパー」といわれる舵と取る役割と「クルー」というバランスを取る役割があり、私はスキッパーでした。毎週末湘南へ行き、夏はずっと合宿所にいましたので、漁師さんのように真っ黒に日焼けするというそんな時代を過ごしました(笑)。

CN tower
ご夫婦で初のCNタワー

-とてもアクティブですね。今後カナダ駐在中に挑戦したいことについてお聞かせ下さい。
せっかく大自然の中におりますので、来夏はカヤックなど今まで経験のないことに挑戦したいですね。最近カナダ人と話していてわかったのが、皆さんスケート靴を持っていて、冬は公共の場でスケートをされているそうなので、その仲間に交じってスケートも上手になれたら嬉しいですね。それからこの機会にカナダ中を旅行したいです。

-最後に、商工会会員の皆様へメッセージををお願いいたします。
もちろん挑戦したいゴルフでもご一緒したいですし、大自然ということで、例えば山登りなどといったイベントにお誘いいただければ喜んで参加させていただきたいと思います。日本企業として、色々な方と接したいですし、時には助け合いながらカナダで楽しい生活を送りたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

-本日はお忙しい中、ありがとうございました。これでインタビューを終わります。