広報委員のひとりごと 佐々木美和

2026年8月31日

▶ 実家に着くと、まず耳に届くのは割れんばかりの蝉時雨だ。子どもの頃から変わらない、濃密で、ある種の焦燥を誘う重奏。それを聴きながら、私は古いアップライトピアノに向かい、ショパンの「別れの曲」を弾いた。これは、半世紀近くを経てようやく果たした、自分自身へのささやかなリベンジだ。

昭和の農村に生まれ育った私は、世界の広さも知らず、ただ漠然と「ここではないどこか」に行きたいと思っていた。ブラウン管テレビの中に映る異国の街角、背後に流れるショパンの旋律。それは決して手の届かない、はるか彼方の蜃気楼のように思えた。ピアノの練習も嫌いだった。

それから長い年月が流れ、私はトロントで働くようになった。脳トレのためにと自発的にピアノを再開し、年に一度、この時期に三重の実家に帰省する。

帰るたびに、故郷の風景は少しずつ姿を変えていった。鬱蒼とした神社の森は切り拓かれ、砂糖菓子のような建て売り住宅が並ぶ。陽光は段違いに凶暴になった。愛犬は虹の橋を渡り、最寄り駅は無人になった。

かつて憧れた「遠い世界」は、もう遠くない。私は地球の裏側にある異国で暮らし、働き、今、故郷に戻ってショパンを弾いている。

それでも、蝉時雨だけは変わらない。あの頃と同じ密度で、同じ夏の匂いを振りまきながら降り注ぐ。変わりゆく故郷と、変わらない音。今年もまた、その音とともに夏を迎えられる幸せを思う。(佐々木美和)