6月復活日 人生でもっともつらい1年 (1/3)
商工会事務局 伊東義員

昨年8月、私は急性骨髄性白血病を発症し、緊急入院した。きっかけは、昨年3月にファミリードクターの定期血液検査を受けたことだった。もともと白血球数と好中球数は基準値よりやや低めだったが、その数値が急激に下がっていると指摘され、6月に専門医を紹介された。7月に精密検査として骨髄検査を受けたところ、急性骨髄性白血病の疑いがあると告げられ、急きょSunnybrook Hospitalを受診することになった。
再度骨髄検査を行い、数日後に急性骨髄性白血病であることが確定した。体調にこれといった異変はなく、普段どおり元気に過ごしていただけに、その知らせにただ戸惑うばかりだった。
主治医から病状と治療について説明を受け、同意書の提出などの手続きを経て、4週間の入院生活が始まった。最初に入った部屋は本来3人部屋と思われる部屋だったが、感染に細心の注意が必要だったため、一人で使うことになった。家族が24時間いつでも面会できると聞き、驚いた。入院当初は治療の厳しさをまだ十分に理解しておらず、事前の説明では何を持ち込んでもよいと聞いていたので、本やラップトップも持ち込んだが、実際にはそれらに手を伸ばす余裕はまったくなかった。
治療は、「3+7」と呼ばれる2種類の抗がん剤を併用する方法(3日間の抗がん剤注射と7日間24時間継続抗がん剤点滴注入)と、さまざまな検査から始まった。最初の4日間は大きな変化はなかったが、抗がん剤が効力を示し始め体内に正常な血液細胞が一時的になくなった入院5日目に体調が一変した。早朝の健診で異常値が確認され、それぞれの専門分野を担当する医師で構成されるグループが招集され、検討の結果、即時ICUに移された。主な症状は40度を超える高熱と激しい下痢。
ICUは完全隔離と思っており、しばらくは家族と面会できないとあきらめていたが、実際にはICUでも家族の面会が許され、ベッド脇まで来ることができた。各病床に24時間体制で専任看護師がついており、健診、食事、下の世話まですべての世話をしてくれる。
40度以上の高熱が続くと、脳が異常な状態になるのか、忘れていた子どものころの記憶が突然よみがえったり、まるで天国のような場所が見えたりして、自分でも生死の境をさまよっているように感じた。
とにかく熱を下げるため全身に冷却剤を当てられた姿は、まるで冷凍マグロのようで、今思えばそれを表現する余裕があったこと自体が不思議なくらいだ。高熱が治まった後も激しい下痢は続いた。24時間付き添ってくれた看護師さんたちには、どれほどお世話になったか分からない。何度も手を煩わせてしまったが、その支えがどれほど心強かったか、今でも忘れられない。
3日ほど生死の境をさまよった後、体重は激減し、筋肉も一気に落ちた。その後は、失った体力と筋力を取り戻すため、できるだけ歩くよう指導を受け、ICU内を歩く時間を持った。点滴スタンドを持ちながらの歩行はなかなかコツがいるが慣れた。ICUに移されて6日目には再び一般病棟に戻り、点滴治療と輸血による治療を受けた。今度は2人部屋で気を使いながらの闘病生活となり、この時期から抗がん剤の副作用で髪の毛が一気に抜け始めた。(続く)