オンタリオで活躍する日本人に聞く


merumosan


Brand New Wayカナダ統括ディレクター・新企会会長 
海野 芽瑠萌(Unno Merumo)さん

若 くして留学エージェントのカナダ統括ディレクターとなり、多くの若者を支援し広いネットワークを持たれている海野さんにお話しを伺いました。トロントで は、“メルモ”さんというお名前のほうが広く知れ渡っているかもしれません。また今年、カナダでビジネスをされている方を中心とするビジネス団体新企会の 会長にも就任され、ますますのご活躍が期待されています。

(伊東 以下(伊))本日は、多方面で大変お忙しい中インタビューにお越しいただきありがとうございます。早速ですが、カナダに来られた経緯を伺えますでしょうか。

(海野 以下 (海))よろしくお願いいたします。最初カナダに来たのは、大学生の時に3か月の語学留学で、BC州のVernonという町に来ました。 Kelownaという町から車で30分くらいの小さな町でした。そのころから英語を話したい、英語を使った仕事をしたいと思っていたので、大学卒業後に駅 前留学のNOVAに就職しました。

そこでは、英語を学びたいと来られる方に英会話のパッケージプログラムを勧める営業を担当し、その後のフォローアップなども行いました。この時にカナダ人 の方やワーキングホリデーで海外に行った方と知り合いになり、その話などを聞いて、自分もワーキングホリデーで海外に行きたいと思い始めました。

会社も危うくなってきていましたので、2008年のワーキングホリデーを目指して仕事をし、お金を貯める努力をし、25歳のときに、ワーキングホリデーでカナダに来ました。その時には、小さな町のVernonではなく仕事がありそうなトロントにしました。

(伊)ほぼ10年前ですね。トロントに来られて、どうされました?

(海)ちょうど韓国系の留学エージェントが日本人のスタッフを求めているという情報があり申し込んだところ、担当の方が日本のNOVAをご存じで、仕事の 内容も近いのでできるでしょうと、すぐに採用していただきました。ワーキングホリデー期間はほぼすべてそこでお世話になりました。自分もワーキングホリ デーの身分でしたが、同じワーキングホリデーの方の勉強や生活の相談にのっていました。

(伊)仕事としてはカウンセラーというものでしょうか。

(海)そうですね。

(伊)ワーキングホリデーの1年をそこで働いた後はどうされました?

(海)一度帰国しまして、日本の学習塾に勤め、小学生と中学生に英語と国語を教える講師をしました。その間、遠距離恋愛中であったカナダ人の男性と結婚することになり、カナダに戻ってきました。それが、2010年のことです。

(伊)結婚され、カナダに永住となった後はどのような活動をされました?

(海)トロントに戻ってきてすぐに、以前お世話になった留学エージェントの方が、語学学校でのカウンセラー兼マーケッターとしてのポジションを紹介してくださり、仕事を始めました。

仕事柄、語学学校として留学エージェントに営業に行く機会が多いのですが、その時に、今のBrand New Wayを一緒に立ち上げたパートナーが留学エージェントにおり、独立を考えていたようで、一緒にやってみないかと話をもらい、2011年11月にCo- Partnerとし会社登記をして、2012年から本格的にかかわるようになりました。

(伊)起業してみて、苦労したことはなんでしょう?

(海) それまでは、講師やカウンセラーという、いわば一人でやる仕事をしてきたのですが、企業になっていきなり部下ができたことで大変戸惑いました。マネジメン ト経験がまったくなかったので、知らないことばかりでした。部下からの突き上げもありましたし、同い年の部下もいましたので、彼らとの関係をどうとるかで 苦労しましたね。

(伊)そのときには、何人くらいの部下がいたのですか。

(海)実は、その時点でパートナーがすでにBC州ビクトリアとモントリオールにオフィスをオープンしていたんです。パートナー自身は、日本のオフィスをしっかり管理したいからと日本に行ってしまい、カナダは全部任されることになりました。

いきなりそんな状況になりましたので、トロントに5人、ビクトリア、モントリオールにそれぞれ1名、計7名が部下となり、毎日試行錯誤でした。それに加え て、自分の英語力も、カナダに暮らして3年くらいしか経っていないので、契約書などではまったく知らない英語が頻繁に出てきて、辞書を引き引き、毎日夜の 10時、11時まで仕事をしていました。

(伊)その後の拡大計画はどのように展開したのですか。

(海)ちょうどその時期、東京オリンピックが決まり、日本政府も英語教育に注目してきたタイミングだったので、留学生も一気に増えました。そこで2015年にビクトリアとモントリオールのオフィスを拡張移転し、トロントも2つ目のオフィスを開設しました。

(伊)今、生徒さんはどのくらいいるのですか。

(海)年間で1000件(人)程度扱わせていただいています。滞在期間がまちまちですので、平均では月に150人から200人程度の方のお世話をしていると思います。

(伊)ご自身がワーキングホリデーで来られた時期と比べて、今のワーキングホリデーの若者や留学生に違いはありますか。

(海)自分が来たころのワーキングホリデーの方は、とりあえずある程度のまとまったお金を持ってやってきて、後はなんとかなる、といった太っ腹というか無謀というか、そういう方が多かった気がします。

今来られる方は、インターネットなどで情報を下調べして来る方が多いようですね。大学を休学して留学する、という形式もかなり一般的になり、昔よりも気軽に来られるようになったように思います。

(伊)ワーキングホリデーや留学生の数は増えているんですか。

(海)カナダ、英国、オーストラリアなど英語圏へ出ていく人の数は増えていると思います。ただ、その質が変わってきていると感じますね。昔は、私のように、大学時代に3か月滞在したものでも、「留学」と言っていました。

今は3ヵ月程度の短期滞在では留学と言えず、就職にも活かせないですから、短期の体験や語学だけの滞在ではなく1年といった長期の人が増えています。また、すでに英語力がある方が、最初からカレッジや大学への正規入学を目指すケースも増えています。

(伊)今後のビジネスの展望はどうでしょう。

(海)わが社の目的が「留学をよりリーズナブルに、安全に提供する」 、「世界で活躍するグローバル人材の育成」、 「海外での日系コミュニティーの活性化」となっています。

日本の英語教育や人材育成については2020年を節目にひと段落つき、その後は質が変わっていくと思っています。安全な留学を提供するのはもちろんのこと ですが、今後は2番目のグローバル人材の育成と3番目の日系コミュニティーの活性化に力を入れていきたいと思っています。

(伊)具体的な構想はありますか。

(海) グローバル人材育成に関しては、こちらに来ている学生さんは日本に戻って就職活動に入ることになりますが、その就職支援でなにができるか考えています。今 年の5月にはサッポロ・スリーマンさんの工場見学会を実施させていただきました。その際に、駐在員の方と学生さんとの交流会や、海外で働くことについての お話をいただきました。

こちらにいる間に、働くこととはなにか、自分がやりたいことはなにか、などいわゆる自分探しのお手伝いができればいいなと思っています。具体的には、TOEICの準備や自己分析などの就職支援を日本人の方を対象に考えています。

また、日本での就職だけでなく、こちらに正規留学してこちらで就職したい人のためには、有効なアピールの仕方など日本とは全く違う就職活動の支援をしたいと思っています。

(伊)日系コミュニティーの活性化についてはいかがですか。

(海)お世話をしている方の中には、彼氏ができたんです、とか結婚したいんです、といった相談を受けることがあります。国際結婚に夢をもっている方も多くいますが、そこには厳しい現実もあることを伝えていかないといけないと思っています。

具体的には結婚後パートナーから、働いて欲しいと言われても、働けるだけの技能、能力、資格がなかったりするのが現実です。そうした支援もしたいと思っています。

(伊)具体的なものはありますか。

(海)“TSUBAKI”という名の団体で、RESPや住宅情報セミナーを開催したりして、元スタッフや生徒さんたちに情報提供をして来ました。
(伊)そうした活動はビジネスの一環ですか。

(海)いや、現在こうした活動は私自身のボランティアでビジネスにはなっていません。Not for Profitの活動は、ビジネスとはちょっとずれてきてしまうので、こうした活動の延長が、新企会の会長職にもつながるものです。

ビジネスという面では、起業支援なども考えています。当地のカレッジで幼児教育・保育士資格を取得している人や、看護師資格を取得した人たちを支援し、日本人・日系人向けにデイケアビジネスや介護ビジネスの起業支援などを考えています。

(伊)将来的には別会社にする構想ですか。

(海)そうですね。別会社のほうがやりやすいですね。経験のなかった私でもできた起業ですから、その経験を活かして、皆さんのお尻を叩く起業支援をしたいと思っています。

(伊)日系コミュニティーは小さいですし、日本人は起業となると腰が重いので難しい面もありますね。でも頑張ってほしいですね。最後に、新企会の会長を引き受けた決意を伺いましょう。

(海)会社を始めた2011年頃、当時新企会会長であった市村さんやその前会長のジェイムス松本さんなどにかわいがっていただいており、当時から新企会に も若い人の意見をもっと取り入れるべきだという議論があったようです。理事でもない私をいろいろな会議に呼んでくださり、参加させていただきました。

以降の会長さんともお付き合いがあり、当初の会員が高齢化するにあたり、40年続いた新企会を存続させるにはもっと若い人に入ってもらおうということで今 年お声かけいただきました。私自身も長くかかわってきており、新企会でなにかできることがあるかもしれないという思いがあり、今年の6月にお引き受けする ことにしました。

(伊)これまで理事の経験もないまま、理事就任即会長就任ということですね。会長として期待されていることはなんでしょう。

(海)理事の皆さんからは、好きなようにやってください、と言われています。私としては、40年続いた団体で、時々の会長や理事の意向でいろいろな活動を してきた歴史がありますが、もともとは起業したビジネスに限らず、日本人のビジネスパーソンの知識、経験を活かして、お互いに盛り立てていきましょうとい う会であると思っていますので、その原点に立ち戻った活動ができる会にしたいと思っています。

ただ今は、小さい日系コミュニティーの中にもいろいろな団体、グループができていますので、新企会が全てをやるのではなく、ビジネスをやっていく上での新企会ならではの活動ができたらと思っています。

(伊)任期はいつまでですか。

(海)2年間ですので2021年までです。

(伊)2年というのは意外と短いですが、具体的な構想はできてきましたか。

(海)結構急な話だったので、積み残しの問題などもあり、今整理をしている段階です。今後は、他の団体との連携をとるところから始めていきたいと思ってい ます。これまでの理事の方も残ってくださっており、また新しい方も入ってくださっているので、当面は草の根で活動を広げていきたいと思っています。

(伊)歴史ある新企会に新しい風を吹き込んでいただき、トロントに根付いた活動をしていただきたいと思います。また、商工会とも連携を取りながら、日系コ ミュニティーの活性化を進めていきたいですね。以上でインタビューとさせていただきます。ありがとうございました。




戻る