トロント街角めぐり ネイバーフッドホッピング  

フリーランスライター 三藤あゆみ

トロント市内に点在するエスニックタウンやローカル色の濃い商店街を“ネイバーフッド”と呼びます。世界各国の料理が味わえ、輸入雑貨や食材があふれるエスニックタウンのほかに、アートコミュニティ、ファッションディストリクト、学生街、ゲイタウン、ビーチーズ地区など、商店街のビジネスオーナーたちのこだわりや住人のライフスタイルが反映されるネイバーフッドが30ヵ所近くあります。マルチカルチャーな都市ならでの醍醐味、週末を使ってそんな街角巡り、ネイバーフッドホッピングに出かけてみませんか。


第12回 ユダヤ人街 リトルモスコー(モスクワ)


イスラエル、アメリカ、フランスに続いて、カナダは世界で4番目にユダヤ系住民が多い国というのをご存知ですか?トロントには18万人前後が暮らしているそうです。
現在はトロント郊外のソーンヒルに一番大きなユダヤ人コミュニティがありますが、トロントのユダヤ人ネイバーフッドといえば、やはり昔も今もBathurst Street沿いです。第二次世界大戦中と終戦後は、ダウンタウンの現ケンジントンマーケットから地下鉄クリスティ駅あたりまでがコミュニティの中心でしたが、後にAnnex地区へ、そしてSt. Clair Ave. からEglinton Ave.、もっと最近ではLawrence Ave.あたりへとBathurst沿いを北へ北へと移動しています。

「ユダヤ人」といっても様々な国出身のユダヤ人がいるのは読者のみなさんもご存知だと思います。「日本人」や「メキシコ人」などと違って定義も難しく、いまだに国や地方によって何をもって「Jewish」とするのか統一されていません。イスラエルでは、「ユダヤ人の母から産まれた人、もしくはユダヤ教信者で他の宗教を一切信じない人」がユダヤ人とされ、イスラエルに移住(帰還)することができるそうです。

Bathurst St. とLawrence Ave.一帯のユダヤ人ネイバーフッドは、ロシア系が圧倒的に多いので「リトルモスコー(モスクワ)」とも呼ばれています。このエリアには、ユダヤ人コミュニティにとって欠かせないユダヤ教会堂シナゴクが複数あり、礼拝や結婚、教育の場、そして文化行事を行う大切な施設となっています。黒服と黒帽子をかぶり長く髭を伸ばしたオーソドックスの男性や、ジーンズ姿であってもツィツィットと呼ばれる伝統の手編みの房をシャツの裾に提げている人などもよく見かけます。



そして、ユダヤ人街といえば、デリカテッセンとコーシェル食品(英語の発音はコーシャー)の店です。パスタラミやコンードビーフサンドイッチ、ベーグルといえばモントリオール名物のようになっていますが、トロントでもユダヤ系ロシア人、ポーランド人、ハンガリー人などが経営するデリカテッセンに行けば、同じような味とボリュームのものが食べられるのです。


リトルモスコーの飲食店は、ピザ屋、パン屋、コーヒーショップ(チェーン店カフェのセカンドカップも)、日本食レストランや一部中華料理店まで「コーシェル」と呼ばれるユダヤ教の法律で許可される食品と決められた調理・準備方法を守っているところがほとんどです。トロントにも「正真正銘のコーシェル食品」という証書を出す機関が存在し厳しくチェックしているそうです。リトルモスコーの店の入口や販売されている食品パッケージを見ると、コーシェル印がついているのが分かります。



コーシェルは詳細が決められており、たとえばエビやカニなどの甲殻類・貝類・タコ・イカなどを食するのは禁止で、それが触れた調理器具や皿なども使ってはいけないことになっています。コーシェルの寿司となるとサーモンやマグロなどの魚や野菜などが中心となり、タコやイカなどを切ったナイフは使えず、厳しくは同じ台所で調理もできません。また、肉類は「四足の獣で蹄がしっかりと分かれており、反芻をするもののみ」食べることができるそうです。豚やウサギは禁じられているので、バサースト沿いのCOR印がついたデリカテッセンで売っているBLTサンドイッチというのは、ベーコンの代わりにビーフ、レタス、トマトになっています(まあ、それもBLTですが・・・)。

近年、コーシェル食品のスーパーやデリーは、ユダヤ系以外でも食にこだわるトロントニアンに人気があります。コーシェルでは、飲食物に昆虫が混入していないようにするのが大変重要で下準備や調理中にもたいへん気を配ります。また、屠殺されなかった動物(病気や怪我、寿命で死んだ)の肉は禁止。屠殺したものでも血を食べることは厳しく禁じられているのでコーシェルの肉はたいへんきれいに血抜きされています。なのでコーシェルの牛挽肉で作るハンバーグは臭みがなくとてもおいしいです。


リトルモスコーのデリカテッセンは、外見があまりぱっとしないので知らないとなかなか立ち寄る気にならないのですが、中はたいへん充実した店があります。有名なところでは、The Kosher Gourmet (3003 Bathurst St. )ここは小さな店内にテイクアウト用のさまざまなお惣菜、肉料理、ディップや加工肉、チーズなどが並び、キッチンで寿司も作っています。巻きものをまるごとカツのように揚げたトロントならではの不思議な寿司もあります。Daiter's (3535 Bathurst )では焼きたてベーグルやフレッシュなホイップクリームチーズ、多数のヨーロピアンチーズやアペタイザーが手に入ります。中東のピタブレッドと肉やファラフェルのサンドイッチや、ベーグルの美味しいWhat A Bagel (3515 Bathurst)や、たいへん地味な外観の店舗のわりに美味しく安いと地元民に大好評のベーグル屋Gryfe's Bagel Bakery(3421 Bathurst St)などがあります。


リトルモスコーでは、ユダヤ教の安息日である土曜は休業の店が多いので週末に訪ねる際にはご注意ください。このあたりは、ビルによってはエレベータも土曜は動かさないところがあるそうです。飲食店を訪ね、質問したり注文する際には、「ハム類」はポークなのでコーシェルの店には一切ないことをお忘れなく!コーシェルのチャイニーズレストランには、酢豚やチャーシューはないのです。


トロントのユダヤ人移民史に軽く触れておきます。英国から移民がたくさん流れ込みはじめた1846年には、トロントに住むユダヤ人はわずか12人という記録が残っているそうです。ユダヤ系人口が増加したのは20世紀に入ってからで、1930年代、ケンジントンマーケットがジューイッシュマーケットとして栄えた頃は、現在のチャイナタウンからDovercourtあたりまでの地区の住民の八割がユダヤ人だったとか。そこを中心に4万5000人のユダヤ系が移住してきていました。当時はポーランド出身のユダヤ人がほとんどで、多くはテキスタイル産業に従事していました。いま、ダウンタウンにファッションディストリクトがあるのもその当時の名残です。第二次世界大戦後は、テキスタイルなどで成功し裕福になった人がフォレストヒル地区に引越し、高級住宅地が形成されていきます。当時、ユダヤ系はトロントの「マイノリティ」の中で一番多数をしめていたそうです。

トロントでは、毎年8月の終わりごろから9月上旬にかけて、アシュケナージ・フェスティバルというジューイッシュカルチャー(ユダヤ文化)のお祭りが市内各地で行われます(アシュケナージは、旧東欧やドイツ語圏、ロシアなどに住んだユダヤ人とその子孫)。ジューイッシュ映画祭、ブックフェスティバル、パレードが行われ、ケンジントンマーケットやハーバーフロントで、展示や講演会などが見られます。また、フェスティバル以外の時期も、Bata Shoe Museumや美術館AGOなどに行くとトロントのユダヤ系カルチャーやアーティストの作品に触れることができます。



戻る   「トロント街角めぐり」記事一覧へ