トロント街角めぐり ネイバーフッドホッピング  

フリーランスライター 三藤あゆみ

トロント市内に点在するエスニックタウンやローカル色の濃い商店街を“ネイバーフッド”と呼びます。世界各国の料理が味わえ、輸入雑貨や食材があふれるエスニックタウンのほかに、アートコミュニティ、ファッションディストリクト、学生街、ゲイタウン、ビーチーズ地区など、商店街のビジネスオーナーたちのこだわりや住人のライフスタイルが反映されるネイバーフッドが30ヵ所近くあります。マルチカルチャーな都市ならでの醍醐味、週末を使ってそんな街角巡り、ネイバーフッドホッピングに出かけてみませんか。


第9回 トロントの下町情緒と美術館のある
Grange Park グランジパーク

この夏から秋にかけてアート・ギャラリー・オブ・オンタリオ(AGO)では「ピカソ展」、「フリーダ(カーロ)とディエゴ展」と、名作を生み、劇的な人生を送った興味深いアーティストの展示が続きます。そこで今回は、AGOを中心に広がる、トロントダウンタウンのグランジパーク(Grange Park)地区にスポットライトを当ててみました。

グランジパークと呼ばれる地区は、AGOの裏手にある公園グランジパーク一帯と、AGOの北3ブロックほどの界隈です。AGOやチャイナタウンを訪ねる人は多くいても、ダンダスのストリートカー通りから外れて小さな脇道にはいることなど、このあたりに住んでいるか働いているかでもしない限りめったにないと思います。でも。角をひとつ曲がっただけで、ダウンタウンの高層ビル街やUniversity Ave.の病院街とはまったく違った街並みが広がります。

かつて民家だったビクトリア調の建物や、ダウンタウンの労働者向けに建てられた長屋のようなテラスハウスを改装したところにレストランやカフェバーなどが入る小さな通りBaldwin St.は、日本でよくいう「古き良き下町情緒が残る街角」のトロント版です。南北に走るMcCaul St.からBaldwin St.に入ったあたりの建物の多くは、1900年代にユダヤ系の商人が暮らしていたセミディタッチの家。個人経営のレストランやカフェ、ギフトショップなどの店20数軒が並びます。

近年になって、角にあった煙草専門店や豆腐屋、地元の人々に愛されていた家族経営のベイカリーが閉店したため、生活感あふれるレトロな雰囲気が少し失われた感もありますが、老舗レストランの多くは健在。イタリアン、ベトナム、フレンチ、タイ、インド、中華料理などインターナショナルな顔ぶれです。平日のBaldwin St.はランチタイムになると、大学や病院、近所で働く人々で賑わいますが、ランチが終わってしまうと夕方まで閉店する店が多いため、昼下がりになると通りはすっかり静まり返ります。地元の人や常連ばかりを当てにしているのか、ただ単にのんびりしていて観光客を集めることに興味がないからなのか・・・。しかし、一日中オープンしているカフェバーなどのパティオに座って、この昼下がりの静けさを楽しむのもまた不思議な心地よさがあります。

グランジパーク地区にある有名で美味しいと定評のあるレストランは、老舗イタリアンのJohn's Italian Cafe (27 Baldwin St. http://www.johnsitaliancaffe.com/about.shtml) です。生ハムやカンベンゾーラチーズなどちょっと贅沢な素材を使ったトッピングのピザの数々、シーフード料理、ニョッキなどがお勧めです。

もう一軒は、大きな教会のまん前にあってちょっと皮肉なネーミングのパブ Sin and Redemption(136 McCaul St http://www.sinandredemption.com/)。その名も「罪と償い」です。この店、昔は向かいの教会に通ってくる人々のためにお祈りグッズやキャンドル、宗教画やマリア様の胸像などを販売するお店だったところが、いつの間にかアルコールを売る“罪深い”場所に。オンタリオでは、開拓時代、英系移住者やメノナイトの間で飲酒は神に背く罪と考えられていたので、その名残でトロントでも1980年代になるまで住民や教会の反対によってビアストアやリカーストアなどが営業できない地区があったぐらいです。なので、トロントにしては大胆なユーモアというわけです。ビールの種類が豊富で、アペタイザーや食事もおいしいパブです。

そしてランチなら、Mangiacake Ristorante (160 McCaul St. http://www.mangiacake.ca/index.html)。小さな店ですが、トロントで指折りのイタリアンパニーニーを食べさせてくれます。さて、この店の名もカナダ独特のユーモアが。Mangiacake(マンジャケイク)というのは、カナダに移住してきたイタリア系がよく使うスラング。直訳すると「Cake eater ケーキ食い」という意味ですが、アングロサクソン系の白人のことを指します。

北米を代表する食パン、ワンダーブレッドのような、ベーキングパウダーたっぷりの柔らかくて甘味のあるトースト用のパンを「あれは本物のパンではない」とバカにするイタリア人移民にとって、これにピーナツバターとジャムを塗ったものを主食のように食べたり、ドーナツを朝ごはんにしたりする食生活はちょっと考えられない。それで北米人をからかってそう呼ぶのだそうです。とにかく、そのマンジャケイクの国のイタリアンパニーニ屋の店。そしてオーナーの名を見ると、これがまたインド系・・・。なんとトロントらしいこと。

でも、とにかくおいしいパニーニを出すので評判。小さな店なので、混んでいたらテイクアウトをしてAGOの外や、美術館の裏にあるアートカレッジの庭、またはグランジパークなどでピクニックするのもいいと思います。

ところで、グランジパーク住民たちの間で話される言語は、英語の次が広東語、その他の中国語、ベトナム語、フランス語、韓国語、タガログ語、パンジャビ語、ヘブライ語、ペルシャ語が多いそうです。トロント大学やオンタリオアートカレッジに通う学生や留学生もたくさん下宿している、国際色豊かなネイバーフッドです。

最後に、グランジパークの中心とも言えるAGOと裏手のグランジ公園についてひとこと。美術館は特別展示以外に、所蔵のコレクションもかなり充実しています。カナダのグループ・オブ・セブンやイヌイットアートの作品はもちろん、2世紀頃から今に至るまでのさまざまな芸術作品が揃っています。ヨーロッパのものでは、ルーベンス、ミロ、ロダン、モネ、ゴッホ、カンディンスキー、ゴーギャン、ミケランジェロらによる絵画やスケッチなど。ヘンリームーアの彫刻コレクションも有名です。また、グランジ公園にあるザ・グランジと呼ばれる建物は、19世紀トロントの名門、ブルトン家の旧邸宅で、カナダ国定史跡として保護されています。まだ訪ねたことのない方はぜひ一度。




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