トロント街角めぐり ネイバーフッドホッピング  

フリーランスライター 三藤あゆみ

トロント市内に点在するエスニックタウンやローカル色の濃い商店街を“ネイバーフッド”と呼びます。世界各国の料理が味わえ、輸入雑貨や食材があふれるエスニックタウンのほかに、アートコミュニティ、ファッションディストリクト、学生街、ゲイタウン、ビーチーズ地区など、商店街のビジネスオーナーたちのこだわりや住人のライフスタイルが反映されるネイバーフッドが30ヵ所近くあります。マルチカルチャーな都市ならでの醍醐味、週末を使ってそんな街角巡り、ネイバーフッドホッピングに出かけてみませんか。

第5回 ケンジントンマーケット
移民史とともに変化するマルチカルチャーなマーケット地区

ケンジントンマーケットは、トロントで一番古くからあるエスニックネイバーフッドです。現在もマルチカルチャーな一角で、ケンジントンのAugusta  Avenueの街並みは、トロントダウンタウンを紹介するときに最もよく登場する風景のひとつとなっています。

マーケットの通りには、スパイス専門店、ベイカリー、卵屋、チーズ専門店、魚屋、オーガニック食品、豆・雑穀・ドライフルーツの量り売り、中南米系の食料品店、そして、ビンテージファッションや古着屋、雑貨屋、サッカー応援グッズ店をはじめとしたエキゾチックな店が並びます。かつては露店もかなり多かったケンジントンですが、数年前にオープンしたBlue Banana マーケット(250 Augusta Avenue)のおかげで、寒い冬でも建物の中でゆっくり買い物ができるようになりました。Blue Bananaには、おもしろい小物や、ギフトになりそうなセンスのよい雑貨、アクセサリー、インテリア装飾品などが充実しており、人気のショッピングスポットとなっています。

店のディスプレイや看板がカラフルで賑やかなら、ここに集まる人々もまた同様。髪や肌の色、ファッション、年齢層も様々です。掘っ立て小屋のような建物のカフェの外に置かれたベンチやテーブルに、ちょっと暇そうなアジア人のおじいさん、観光客らしきカップル、地元のパンクキッズ、子連れのお母さん、カレッジの先生などが特にお互い顔見知りでもなさそうな人々が、気も使わず、特にお喋りをするわけでもなく同席している光景はケンジントンならではです。

チャイナタウンやトロント大学キャンパスなどに隣接するマーケット地区の住宅は、移住者ばかりでなく、カナダ人学生、アーティストやライター、大学関係者も多く暮らしています。そのためか、ケンジントンには“アナーキスト”や“トロツキー主義者”などの溜まり場となっているコーヒー屋や本屋などもあり、様々なアクティビストやカウンターカルチャー系、ボヘミアンたちのホームとなっています。

ケンジントンマーケットの食の名物は、メキシカンフードです。数年前は、ガテマラやエルサルバドル他の南米系のテイクアウトや屋台のような店も目につきましたが、最近、特にAugusta Ave. あたりは、7割以上がメキシコ系だそうです。小さなレストラン以外に、南米系の食料品店の奥のほうに入っていくと、テイクアウトまたは立ち食い形式スナックカウンターがあり、本場のタコスなどが味わえます。

サボテンとチーズを焼いたものを載せたタコス、豚肉を使ったコチニータというマヤ料理、辛いピーマンにケソ(チーズ)を詰めて揚げたレレノスなどは、少しクセがありますがやみつきになりそうです。ところで、メキシコ料理以外で今も健在の南米系レストランでは、ミートパイのようなチリ料理(エンパナダスという)を出すJumbo Empanadas245 Augusta Ave.)があり、さまざまなレストランガイドに取り上げられています。近年は、カフェやオーガニック食品店、ベジタリアン向けの店もずいぶん増えました。

ケンジントンの老舗のひとつに、いまどき珍しい”タマゴ屋”があります。鶏肉と卵の専門店Augusta Poultry & Egg Market (251 Augusta Ave 日曜定休)は、終戦後、道端で生きたままの鶏や、生みたてのタマゴを売りに来ていたのが始まりだそうです。農場直送の新鮮な卵が手に入るので、食にこだわる地元民やシェフなどが訪れます。ピーウィー(Pee Wee)サイズと呼ばれる一番小さい鶏卵からはじまって様々なサイズの卵が売られています。また、成長ホルモンなどを使わないオーガニック卵、黄身が二つある卵(Double-yolk eggs)、七面鳥の卵、新鮮なうずらの卵なども手に入ります。

ケンジントン地区に移民コミュニティが形成される以前、19世紀はじめにケンジントン一帯の土地を所有していたのは、英国出身の軍人、ジョージ・テイラー・デニソン(George Taylor Denison)将軍でした。デニソン氏はアッパーカナダで最も豊かな地主のひとりでもありました。親から相続したものや自から購入した土地に加え、4回の結婚によって所有地を広げていったそうです(現在のトロントでは4回の結婚によって男性の「所有地が増える」という現象はあまり想像がつきませんね)。19世紀の終わり頃には、現在のマーケット一帯がスコットランドやアイルランド人のコミュニティとなり、その頃から露天や蚤の市が開かれていた記録があります。

やがて東欧出身のユダヤ人が土地や店舗を手に入れ、コミュニティの中心となり「ジューイッシュマーケット」と呼ばれるようになります。ケンジントンの南側やスパダイナ通りにファッションブティックやファブリック専門店、仕立て屋さんが多いのは、昔このあたりでユダヤ系の商人が毛皮コート店や服飾工場のビジネスを開いたのがはじまりです。服飾工場では、イタリア系、ポルトガル系、中国系などの移民女性の多くを縫い子として雇い、ずいぶん繁盛していたようです。

後に、イタリア人やポルトガル人が増え、続いてカリブの島々や香港からの移民が集中します。80年代以降は、ソマリア、エチオピア、スーダン、ベトナム、イラン、メキシコなどからの移住者がマーケット周辺に増えました。

ケンジントンマーケットのフェスティバル

5月から10月にかけての毎月最終日曜日、ケンジントンマーケットが歩行者天国となります。音楽やダンスパフォーマンス、様々な食べものの屋台が出て盛上ります。また、12月には、毎年冬至の夜に「光のフェスティバル」が行われます。子どもたちを集めてペーパーランタンを作りマーケット内を行進したり、アーティストや異なる信仰グループが集まり、それぞれの冬至の儀式を行います。近くの公園では火や照明を使ったパフォーマンスが行われます。

戻る   「トロント街角めぐり」記事一覧へ