あの人は今・・・ トロントOB便り



人間到る処に…
米国日本通運株式会社 東部地域担当副社長
中澤 裕

manhattan

まず、トロント商工会の皆さまには、きちんとしたご挨拶もできぬまま新任地に着任させて頂いた事をこの場をお借りしてお詫び申し上げたいと思います。

現在ニューヨークで弊社米国東部地域(ボストン、ニューヨー ク、フィラデルフィア、ワシントン、ノーフォーク、シャーロッテ、ラレー、サバンナ、アトランタ、マイアミ、プエルトリコ)を担当させて頂いております、 日通、中澤です。トロント在任中は皆さまには大変お世話になりました。

コロナ禍の下、トロントよりニューヨーク当地に着任させて頂 きました。直線距離では僅か500マイル程の移動にトロントを離れてからニューヨークに到着・職場に出勤までに、各所での自己隔離を含め、2か月半を要し ました。サラリーマンに転勤は付き物とは言え、さすがに着任までここまで時間が掛かるとは全く予想は出来ませんでした。

今回のニューヨークで、社会人となって7都市目の赴任地となります。

今更ながら自己紹介的に申し上げれば生を受けたのが東京の杉 並、8歳の時に亡父の出身地である長野に引越し(実家は善光寺の隣です)。高校卒業まで長野、東京で大学を終え現勤務先である日本通運株式会社に入社、初 任の勤務地が広島。その後デトロイト、東京、香港、名古屋、トロント、そして今回のニューヨーク、とトロントの3年を除き全ての任地で5~7年を過ごして まいりました。

「人間到る処に青山あり」との大望を抱いていたわけでもありませんが、それぞれの任地ではそれぞれの良さ・思い出があり全ての赴任地を大好きになって現在に至っております。

瀬戸内の温暖な気候、海山の幸に恵まれた広島(ランチでお好み焼きをよく食しました)。

犯罪都市と社内で揶揄されておりましたが典型的なアメリカ郊外生活を満喫したデトロイト。

現在の騒然とした状況からは想像できない美食とショッピングの街、東洋の真珠、香港。

閉鎖的に見えますが全てがコンパクトに纏まり、また独特な食を含む文化を持つ名古屋(通勤もたいへん楽でした)。

米国とは別の意味での移民文化に彩られ皆様のご厚情を賜りながら直近まで過ごしていた心優しいトロント。

ある意味、会社の費用で各地で生活人として過ごした経験は稀有な物とも思えますが、家族には大きな負担を掛けてしまった事は些か反省しております。

社会に出て以来、殆どが寮・社宅住まい。東京勤務時に一時自宅を購入しましたが直ぐに転勤内示、(サラリーマン、あるあるですね)。結局自分達は一年も住まないままトロント赴任前に売却(売却までの間、粛々と家賃を稼いでくれましたが)。

ありがたい事に直近のトロントまでは、家族全員での移動・赴 任となっておりました。さすがに今回の転勤では子供の教育の関係もあり、米国生まれの長女(昨年9月より12年生)と家内は長女卒業までカナダ残留、長男 は昨4月より日本帰国、高校での寮生活、私は遂に単身赴任でニューヨークとなり4人家族が3か所でバラバラの生活となります。

私の細腕でこの3か所生活をどこまで支えていけるか、兎にも角にもここ1~2年が勝負所と考えており、皆様にとっても「いつか来た道」または「これから通る道」でもありましょう。

とりとめの無い内容となってしましましたが、私にとって新た な「青山」となるニューヨークでのこれからの生活、おっとりとしたカナダ・トロントでは殆ど聞く事もなく鳴らす事もなかったクラクションの音を、通勤中だ けで2~3回は聞く(本人はまだ鳴らしておりません…)など、生活ペース自体を大きく変えていかなければと自覚しております。

とは言えこの世界的にも唯一無二の街で生活できる幸運を喜び、また新たな「青山」としたいと考えております。

皆様 今後共宜しくお願い致します。また、コロナ禍の下、より一層健康に御留意頂き、来紐育の際には是非ご連絡下さい。







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