「こんにちは!」新代表者紹介インタビュー

<第209回>

Yamaha Canada Music Ltd.

ヤマハカナダミュージック

President 大野 二郎


今 月号ではヤマハカナダミュージックの大野社長にお話を伺いました。私達の心をより豊かにする音楽。インタビュー中にある「音楽は人間必需品」という言葉の 通り、大野社長の音楽やお仕事に対する情熱が感じられる内容となりました。また、幼少期から海外生活をされ、その中での貴重なお話もお聞かせ下さいまし た。また、幼少期から海外生活をされ、その中での貴重なお話もお聞かせ下さいました。大野社長には2020年度商工会理事を務めて頂いております。


酒井)御社の事業内容の紹介をお願いします。

大野氏)弊社は楽器、業務用音響機器、コンシューマーオーディオの輸入・販売、また、ヤマハ音楽教室の運営をしております。ヤマハは1887年に創業し、130年以上の歴史を持つ企業ですが、カナダでの現地法人設立は1969年と弊社の海外現地法人の中では比較的進出が早く、昨年50周年を迎えることができました。

 従業員数は約100名程です。トロントの事務所・倉庫に70名程、その他、バンクーバー倉庫のスタッフやカナダ主要都市の営業スタッフ、またマーカムの音楽教室のスタッフがおります。

酒井)昨年50周年を迎えられたという事ですが、式典などの開催はされましたか。

大野氏)関係企業の方々やお取引のあるディーラーさん、また音楽業界という事で著名なミュージシャンをお呼びしてパーティーを開催しました。その後、ヤマハの楽器を使っていただいているTower of Powerというジャズバンドのコンサートへ皆さんを招待しました。

というのも、丁度弊社がスポンサーとして協賛しているToronto Jazz Festivalが開催されておりまして、彼らが出演しておりましたので、そこへ皆さんを招待し、彼らの演奏を楽しんで頂きました。伊藤総領事にもお越し頂いて、お祝いをしました。

酒井)ヤマハ音楽教室についてお聞かせ下さい。

大野氏)トロントの音楽教室は直営としてヤマハが自ら運営しておりますが、2018年にノースヨークから今後人口が増えるであろうといわれているマーカムへ移転しました。現在の生徒数は600名程ですね。メインはいわゆる世界各地同じカリキュラムでレッスンしているヤマハ音楽教室、それ以外として、個人でのピアノやギター、ドラムのコースをいくつか展開しております。

 酒井)御社の強みについてお聞かせ下さい。

大野氏)まず総合楽器メーカーという事ですね。楽器のメーカーさんはそれぞれ「専業メーカー」と呼ばれておりますが、世界規模で「総合楽器メーカー」というのは弊社のみと言えるのではないでしょうか。

専 業メーカーというのは、例えばピアノでしたらピアノのメーカーはいくつかありますが、ピアノしか製造しておりません。我々はオーケストラで演奏するほとん どの楽器を揃えることができるという強みがあります。特に学校やオーケストラなどで楽器を揃えたいという依頼がありましたら、全て提供することができま す。

次に、楽器にはアコースティックとデジタルとがあります。ピアノ、管楽器、バイオリンはいわゆるアコースティックの楽器、キーボードやシンセサイザーなどはデジタルの楽器に分類されます。

アコースティックは感性、デジタルは技術が大切なのですが、弊社は両方を製造・販売しているとともに、電子ピアノやエレクトリックドラムといったデジタルとアコースティックを融合させた、つまり感性と技術を融合させた商品を製造しているということもまた、弊社の強みです。

楽器以外でも「音」に関する事業として業務用の音響機器やホームオーディオ、会議システムなども製造・販売しているユニークな企業で唯一無二の存在でもあります。

酒井)今後特に力を入れていきたい事業についてお聞かせ下さい。

大野氏)弊社現社長もいっておりますが、音楽というのは生活必需品ではありませんが、「人間必需品」であるということ、音楽がない人生はありえない 、ヤマハはそういった意味での社会貢献ができる会社です。

今回のパンデミックにおいて、皆さんしみじみ分かったと思うのですが、音楽は必要不可欠なんですよ。音楽やコンサートのない人生はつまんない、外出自粛で何かやろうかな?何ができるかな?そうだ、音楽でもやろうか!

そこで、「音楽でも」やろうかではなく「音楽を」やろうみたいなところをどのように社会に訴えていくかということが、今後必要になってくるのではないかと考えております。

特に音楽教室に力をいれていきたいですし、音楽は楽しいということを追求していくことが非常に大事になってきますので、普及活動を通じて、皆さんの心と生活を豊かにすることが社会貢献に繋がっていくと思っております。

酒井)音楽は人間必需品、素敵な言葉ですね。とても共感できます。今現在オンラインでの音楽教室の運営などはされていますか。

大野氏)オンタリオ州政府が学校をクローズしたのと同時にマーカム教室も閉めましたが、再開してほしいという声を非常に多く頂きました。当初は現場じゃないと音楽の楽しさは十分伝わらないという懸念がありました。

というのも、やはり音というのは生の音をきちんと聞く事が耳にもいいですし、実際指導するとなった時にどのような表情をしているのか、という事も非常に大事になってきます。

し かしながらオンラインでやってみたところ、実際にレッスンができるということ、また子ども達が非常に喜んでくれているということで、教え方なども工夫しな がらカリキュラムに沿った運営をしております。教室再開となった時にソーシャルディスタンスを保ちながら今まで通りのレッスンができるのか、というところ が今後の課題ですね。

酒井)ここで大野社長ご自身についてお伺いさせていただきます。ご出身と今までのご経歴についてお聞かせ下さい。

大野氏)ご出身はと聞かれるとなかなか難しいんですよ。というのも、ちょっとこれを見て下さい。


事業紹介PowerPointより大野社長ご自身の紹介資料

生まれは東京です。3歳から7歳まで父親の仕事の関係でマレーシアにおりました。いったん日本へ戻った後、9歳から12歳までイラクの首都バグダッドにおりました。中学から大学までは神奈川県の大和市におりました。

1992年にヤマハへ入社し、初めの1年間は仙台支店で研修を受けました。この後7年間、九州の福岡で音楽教室を含めた国内の楽器の営業をしておりました。

海外で仕事をしたいとうことがヤマハに入社した動機の一つでもありましたので、海外勤務の希望を出していました。その甲斐もあり、2000年から2009年までの9年間、中国の上海に駐在しておりました。その時は、当然ヨーロッパに行くものだと思っていましたが()

中国での最初の1年間は、語学留学というかたちで上海の大学へ行き、中国語を勉強しました。丁度その頃、WTOに中国が加盟したり北京オリンピックや上海万博など、中国が一番伸びていた時期でした

その後、日本に戻り浜松の本社で2年間、エマージングマーケットのロシアとインドを日本にいながら担当しておりました。それがきっかけで2012年から2017年までの5年間、ロシアのモスクワへ赴任しました。その後はまた、浜松の本社へ戻り、2年間ピアノ事業を担った後、20193月よりトロントへ赴任しております。

酒井)幼い頃から世界各国を周っていたんですね。貴重なご経験をされていますね。

大野氏)そうなんですよ。なので出身を聞かれると世界が出身地です。といつも答えています()。人生の半分近くを海外で送っているので、海外にいる方が居心地がいいですね。

酒井)中国赴任時に大学で中国語を学んだとおっしゃっていましたが、どうでしたか。

大野氏)当時32歳だったのですが、30過ぎてから新しい語学に挑戦するのは難しいというのはありましたね。外国人向けの中国語クラスに在籍しており、日本の他の企業の方も留学されていましたが、皆さん20代で若いんですよ。

やはり若い人の方が吸収は早かったですね()。ただ、1年間はみっちり語学の勉強で仕事はしなくていいとのことだったので、色々な国の方々との交流も持てて、楽しかったですよ。

1年で仕事が完璧にできるくらいのレベルになったかと言われると、そこは日常生活で使う言葉と業務で使う言葉はまた違いますが、実は今でも時々中国語が英語の邪魔をする事があるんですよ。

例えば Yes」というところを中国語で 「対(Dui)”」と返してしまったり()。その後のロシア赴任時も、日常生活レベルのレッスンも受けていたので、ロシア語で 「Дa(Da)”」と返答してしまったり、色々な言葉が混じる時があります。特に、中華系カナダ人と話する時に中国語が出てきますね。

酒井)今までで一番印象に残っているお仕事についてお聞かせ下さい。

大 野氏)やはり初めての海外赴任でもある中国での仕事ですね。先ほども申しましたが、中国経済が丁度伸びている時でしたので、弊社も中国に大きな工場があり ました。私は営業でしたが現地で初めてヤマハ製のピアノが開発・製造・販売され、それに関わったということがダイナミックで面白かったですね。

工場が建つ前の農地を見せられ「ここに工場を建ててピアノを売るんだ!」と言われた時は、本当かなと思いましたが()、今やその工場は弊社の中で生産台数でも一番大きな工場になっているんですよ。

酒井)お仕事を進めるうえで大切にしていることについてお聞かせ下さい。

大 野氏)誠実さを教えられて生まれ育ちましたので、誠実さを失わないようにというのをモットーにしております。人と接する時や仕事へ取組む時など、誠実さを 心掛けるようにしております。幸いにしてお客様の見る弊社のイメージでもある「裏切らない、信頼性のある」という部分でマッチしているかなと感じていま す。

酒井)プライベートについて少し質問をさせて頂きます。お好きなスポーツはありますか。

大 野氏)スポーツは何でも好きですね。中学校・高校の時はずっとバレーボールをしておりました。大学でも同好会ですが続けていました。幼い頃は野球をずっと やっていましたので、観るのもプレイするのも好きです。社会人になってからはゴルフやテニス、スキーなども始めました。

 実はモスクワにいる時に40の手習いでアイスホッケーをやり始めてから、今でも熱中しております。5年間やってましたが、スケートもろくに出来なかったのが今では前だけではなく、後ろにも滑れるようになりました。

色 々なプレッシャーの中で、ストレス発散として始めたのがきっかけでした。よく「氷上の格闘技」ともいわれてますが、そこまで激しいコンタクトはしないルー ルの中でプレーしていたにも関わらず、それでもぶつかり合いとかはありましたね。それが逆に気持ち良かったです。モスクワから帰国しても、一緒にプレーし ていたヤマハ発動機の仲間と、浜松で継続してプレーをしていました。

昨年トロントに赴任しましたが、昨年の冬は1年 目という事で忙しく、チームも見つけておらず、そうこうしているうちにパンデミックになってしまったので、カナダでは残念ながらまだプレーできていないん ですよ。早く再開を願うばかりです。今ではホッケーのスティックはソーシャル・ディスタンスを測る為の物差しになっています()。 もちろんNHLのメープルリーフスは観戦しましたよ。

酒井)冬が楽しみですね。

大野氏)そうですね。冬になると音楽のイベントも多くなるので、寒くなるとコンサートへ行くというのをモスクワにいる時からやっていました。冬はやることが沢山あります。


酒井)カナダにいる間に挑戦したいことはありますか。

大 野氏)仕事面では、我々ヤマハがカナダにある意味をお示しするために販売会社としてきっちり成果を出していきたいです。特に単に物を売るというだけではな く、物を売る「しかけ作り」をどのように展開していくかということが自分にとっての常に挑戦すべきテーマと思っております。

また様々なイベントにも積極的に参加し、過去50年間の土台の上に今後50年間でも、音楽のあるところには必ずヤマハがあるという存在感を発揮し、カナダでのヤマハブランドをさらに輝かせたいですね。

プライベートにおいては、これだけ大自然がある国なので、月並みですがカナディアンロッキーに行くなど、カナダを存分に楽しみたいと思っています。この冬はリドー運河にスケートをしにいきました。距離が7.8kmだったのでどうってことないだろうと思ったのですが片道7.8kmなんですよね。往復だと15kmもあるので結構しんどかったです()。休み休み滑っていたので2時間くらいかかり、いい運動になりました。

酒井)最後になりますが、商工会会員の皆様へメッセ―ジをお願いします。

大 野氏)昨年一年間は商工会活動に殆ほとんど参加することができませんでしたが、今年は理事として関わりをもつことができました。日系企業が減っているトロ ントの状況ではありますが、色々な異業種の方々と交流ができると感じておりますので、是非とも商工会活性化のために私も微力ながら理事として任務を全う致 しますので、皆様も積極的な参加をお願いしたいと思っております。

酒井)ありがとうございます。これでインタビューを終わります。

 

 




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