リレー随筆


天下の回り物
WSP Canada
高橋 美枝


学生の頃は海外に住むなんて思ってもいませんでした。それどころか海外に出たこともありませんでした。初めての海外は成田空港で働いていたときの会社の親善旅行で行った韓国。それで火がついたのか、同じ年に海外在住の大学時代の友人を訪ねてイギリスまで行きました。その後、出張を含めて20カ国以上も旅行しました。

友人がイギリスとオーストラリアに在住していた影響もあってか、海外があまり遠く感じられなくなっていたのだと思います。長い人生の中で数年くらい海外で暮らすのもいいのではないかと思い始めて、思い切って8年勤めた会社を辞めてカナダへ語学留学することにしました。

まず初めにESLに通った。文法はできるのですが、あまりの会話力の無くて学校を3ヶ月休みシニアセンターでボランティアをしました。その後、ビジネス英語クラスを取り、自動車部品の会社で無給のインターンシップをしました。そこでは会社所属の弁護士の下で各種契約書類や訴訟や盗難案件の書類を読んだり裏つけ資料の作成のサポートをしました。ここで北米の会社の様子や基本的な職場用語を学ぶことができました。

語学学校に通ったあと、もう少しカナダにいたいと思い、仕事を探しました。日本の会社は新卒を採用し、その人たちを教育してその会社に必要な人材にしますが、こちらの会社は即戦力を採用するため、この経験主義が私にとってはいい方向に働いて現地の会社に採用されました。英語力は低かったのですが、職務経験が英語力の無さというマイナス要因よりも重視されたようです。

空港での設計、施工、運用の知識を持った人はそういないし、国際空港の知識は全世界共通なのです。主な仕事はセキュリティシステム、通信インフラ、航空照明施設の設計とプロジェクトマネージメント。カナダ内外の70以上の空港を担当しました。

カナダのエンジニアの資格も取り、あっという間にカナダの会社で勤続10年経ちました。その中で会社が買収されたり、同僚がどっさりやめて競合会社を設立するという、大変ながらも日本ではあまり見られないような経験もできて面白いと思っています。

学生ビザで渡加し、運良く仕事が見つかり就労ビザに切り替え、その後永住権も取得、また渡加4年で一軒家まで購入しとても順調にみえますが、それができたのはこちらで出会った方々のサポートのおかげで、それ無しではとっくに日本に戻っていたと思います。

金は天下の回り物というが、私の中では助け合いも天下の回り物だと思っています。お世話になった方々に直接お返しできなくても、自分が助けられる人を自分のできる範囲でお手伝いすることが自分の役割だと思っています。





この号の目次へ戻る   「リレー随筆」記事一覧ページへ