リレー随筆


「今」という幸せ
NIDEC MOBILITY CANADA CORPORATION
遠井 まゆみ


今年も 「世界幸福デー」に世界の国々の幸福度ランキングが発表された。上位に北欧諸国、オランダ、スイス、ニュージーランド、オーストラリアと常連国が並ぶ中、カナダも堂々と9位でトップテン入りを果たした。一方日本はと言うと、昨年より順位を4つ下げての58位。2012年の調査開始以来、過去最低の結果だったのだ。アジアでも台湾(25位)やシンガポール(34位)、韓国(54位)などを下回る結果となった。

幸福な国と言えば、まず浮かぶのが ブータン王国だ。そのブータンが提唱するGNH(Gross National Happiness)とは、国民の経済的な豊かさではなく、精神的な豊かさを重んじるというものだ。実は世界幸福デーの提唱国はブータン王国なのだが、当のブータンがランクインしていないのは、ランキングが 欧米寄りの価値観を基準に作成された為らしい。

物質的な豊かさから言えば、日本は物に溢れ手に入らない物など無い位だろう。どう考えてもブータンよりも物質的には豊かであることは確かだ。でも一般の日本人に聞いてみると、日々の生活に追われ、周囲に気を遣って、遅くまでの残業に疲れ切っている人も少なくない。幸せでないと言う訳ではないが、それを実感していない人も多いようだ。と言うより感じる時間や心の余裕が無いのかも知れない。

一方、ブータン人に「あなたは幸せですか?」と尋ねると、「はい」と答える人がほとんどだそうだ。家族と一緒に毎日3食たべられて、寝る所もあり、着る物もあるということに心から感謝し、幸せだと感じているのだ。

私達日本人の感覚ではそんなの生きていく為の最低限のことで、あって当たり前。もっとお金貯めて、車を買ったり旅行もしたいし、仕事で成功して認められて昇進したい。あれも欲しいしこれも欲しいと物質的な欲は終わりを知らない。

これは日本が戦後、急速に経済を立て直してきた過程で、あまりにも経済の発展や物質的な豊かさに注力してきた結果、本来人間として大切な極めてシンプルな「幸せ」に無感覚になってしまったという意見もある。経済が発展し物質的に豊かな世の中になったのに、心の中の幸福度は置いてきぼり。更なる物質的な欲望が出現し、それが実現できないと心は皮肉にもどんどん不幸になってしまうという悪循環。

話は変わるが、アメリカに私が実の姉のように慕う女性がいる。彼女は日本でもアメリカでもキャリアを積みまだまだこれからという時に、自身のアートビジネスを立ち上げる為にきっぱり仕事を辞め、さっさと都会の家を売って、自然に囲まれた他州に御主人とワンちゃん達と引っ越して行ってしまった。

何から何まで初めての連続で、夫婦で力を合わせて一つ一つ問題を解決しながら、着々とビジネスの準備を進め、ようやく晴れてビジネススタートのところまでこぎつけたのだが、その苦労は並大抵では無く、何度も挫けそうになりながらやっとここまで到達したのだ。私など到底真似のできる事ではないが、どんな苦難であっても夫婦が共に同じゴールに向かって助け合いながら前進し続けて来られたのは、ひとえに彼女達のパッションがあったからこそだった。

一つ問題が解決するとまた次の問題が起こり、気持ちがめげてしまわないだろうかと第三者の私の方が心配してしまう程だったが、本人達は大変ながらも好きな事ができるという喜びと情熱でキラキラしていた。その彼女が以前送ってくれた言葉がとても新鮮で、ちょっと大げさな言い方をすると、人生に対する見方も変わってしまったので、自分への再確認も兼ねて一部紹介したいと思う。

人は死を目前にすると今までの自分の人生を反芻し、様々な想いを馳せるそうなのだが、自分の人生で後悔している内容は不思議と共通点が多いのだそうだ。

1.他人がどう思うか気にしなければ良かった

2.幸せをもっと噛み締めて生きるべきだった

3.くよくよと悩まなければ良かった

4.家族ともっと時間を過ごせば良かった

5.あんな不安を抱えながら生きるべきではなかった

6.もっと思い切って冒険すれば良かった

7.他人の言う事よりも自分の直感を信じればよかった

8.もっと一分一秒を大切にすれば良かった

9.もっと自分の情熱に従うべきだった

10.もっと自分の本音を言うべきだった


多くの人が人生を振り返り後悔する事は、「もっと仕事をしておけば良かった」でも、「もっとお金を稼げれば良かった」でもなく、本当にシンプルで本質的な人間の幸せを持てなかった事への後悔なのだ。ほとんどがお金や地位など関係なく実現出来る事なのに、人生が終わろうとする瞬間に初めてそれに気付いてしまうらしい。

とかく私たちは周りの目ばかり気にして自分が本当に求めている物が見えなくなり、誰の為の人生だか分からなくなってしまう。また他人が持っている物ばかり欲しがるから心は満たされない。人間の一生は仮に生まれてから80歳で死ぬとしたらたったの29200日。他人にどう思われるかを気にしながら人の物差しで生きるほど時間に余裕は無い筈だ。

限られた時間の一分一秒を自分に正直に大切に生きて、「あー、いい人生だった。思い残す事なんか何にもない!」と思いたい。

人はやった事では無く、やらなかった事に対して後悔するものだ。本当は何をしたいのか、自分にとっての幸せとは何か。内なる自分に耳を傾け、その声を聞いてみよう。大事なのは、自分が何をしたいのか、どんな人生を生きたいのかなのだ。

もし現在幸せを感じることができていないならば、幸せの物差しを交換してブータンの人達のように「今」の幸せにフォーカスしてみよう。命がある。食べる物があり着る物もある。住む場所もあって、そこには愛する家族やペットがいてくれる。こうして見てみると私たちは既にたくさんの幸せを獲得しているのだ。

「人間の悩み事は『未来への不安』と『過去への後悔』のどちらかでしかない。だから『今』に集中するとその二つから解放される」。SNSで目にした言葉だ。五感をフルに使って美味しいものを食べたり、大切な人と過ごしたりする事の尊さはその瞬間にあって未来と過去から解放される事でもある。

朝、目が覚めて今日という日を迎えられた事に感謝し、大切な家族、可愛がっているペットが今日も元気でいてくれることの素晴らしさを実感するだけで感謝に満ちた気持ちになれる。それが今を意識的に生きると言う事だ。毎日何となく無意識に生きていると、ちょっとした事に苛立ったり、くよくよしたりしてしまうが、今この瞬間ちゃんと呼吸をして生きている事がどれだけ素晴らしい事かを意識すると、今まで当然と思って来た事がおのずとどれだけ幸せなのか分かってくる筈だ。

アメリカの姉は自分の直感を信じて、情熱に従い、人生の大冒険の真っ最中だ。そしていつも彼女が言うのは「今」にフォーカスして、今持っているものに感謝する事。そんな彼女はリタイア後も究極のゴールに向かって日々邁進している。彼女の勇気と行動力には大いにインスピレーションをいただいている。

幸福度ランキング第9位の国カナダ。周りの環境には恵まれている筈だ。己の思考の変換で人生は更に豊かになり、幸せ度もグーンと上昇してくれるに違いない。今からでも遅くない。これからはもっと「今」にフォーカスして幸福を感じながら生きて行けるよう、幸せの物差しを交換してみようと思っている。





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