リレー随筆


昔取った杵柄
Registered Massage Therapist 平野 裕子


大阪からトロントに渡って4年後の2014年、36歳の私は再び学生となりました。オンタリオ州で認められた医療職の一つ、RMT(Registered Massage Therapist)の資格を取得するためです。

私は日本にいた頃は作業療法士として5年ほど、成人の身体障害分野のリハビリテーションに従事していました。トロントに渡ってからも何かリハビリテーション関連の仕事に就きたいと考えて色々調べた結果、RMTを目指すことに決め、いくつかある養成校の中からSutherland-Chan Massage Schoolの門を叩きました。

 
 RMT養成校時代

入学はしたものの、私はそれまで一度もRMTのマッサージを受けたことはありませんでしたし、資格取得にあたってどれほどの学習量が必要となるのかすら、全く知りませんでした。自分はかつて日本で作業療法士になるために色々勉強したのだから、それほど大変なことはないだろう…と楽観的に考えて入学した私を待っていたのはイバラの道でした。

解剖学から始まり、生理学、神経医学、病理学といった基礎医学に加え、マッサージの実技や医療従事者として守るべき法令および倫理。試験また試験。30代も後半に差し掛かった私の脳の容量を遥かに凌駕する勉強内容。

これほど大変なものと知っていたら入学を躊躇したかも知れません。むしろ知らなくて正解でした。ともかく入ったからには諦めずに卒業を目指そう。それだけを考え、同期の中ではただ一人の日本人学生として、級友たちに助けられながら必死にくらいついていった約2年間でした。

そうして念願のRMTになれたのが2016年。いくつかの民間のクリニックでの勤務を経て、今はフィットネスジムの中に小さな部屋を借りて一人で仕事をしています。

かつての作業療法士時代の知識や経験が、今の仕事に活かされていると感じることが時々あります。私は当時、脳卒中などの後遺症を有する、中枢神経障害系の患者さんを主に担当していました。RMTになってから勤めたクリニックでも、そうした疾患を有する患者さんにマッサージをする機会がありました。

その際、片麻痺特有の筋や関節の固さ、精神症状、運動パターンなどについて馴染みがあったために、その分野の経験に乏しいセラピストよりは効果的で安全な施術が可能でした。マッサージの養成校でも中枢神経疾患についての教育はありますが、作業療法士や理学療法士ほど詳しくは学びません。

 
 オフィスの様子

また、マッサージは基本的に個室で一対一で行うものですから、患者さんの中には普段他人に言えないような悩み事を延々と語るような方もいれば、最初から最後まで押し黙ってただ日頃の疲労から解放されたがっているような方もいます。そういった一人ひとりの、言外に現れるニードのようなものを感じ取り、その人が求めているような態度でいることも、作業療法士時代に培ったスキルのひとつだなと感じることがあります。

私は作業療法士の仕事を愛していましたし、RMTになろうとしていた時は「やはりこれは私の本当にしたい仕事ではないかも知れない」と思ったこともありました。しかし実際始めてみれば自分に案外合っていることがわかりましたし、作業療法士時代よりも様々な面で知識が深まった自分を感じます。

何より、多種多様な人種や年齢の人々が、私のマッサージを受けたいがために私のオフィスへと通ってくれるという事実。それを思う時、私という人間がここトロントの人々に受け入れられたのだと感じ、しみじみとした充実感を覚えます。

作業療法士も、RMTも、人が回復・改善していく過程に寄り添い、その変化を喜ぶ仕事であることに変わりはありません。今後も体力が続き人々に必要とされる限りは、この仕事を続けていこうと、今はそのように考えています。

Hiroko Hiranoのウェブサイト:www.hirokohiranormt.com





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