「こんにちは!」新代表者紹介インタビュー



<第200回>
Toda Advanced Materials Inc.
戸田アドバンスドマテリアルズ
President 村重 和義

代表者インタビュー第200回目は、トロントから車で約3時間離れたオンタリオ州西部のサーニア(Sarnia)にあるToda Advanced Materialsの村重社長にお会いしてきました。

セントクレア川を隔ててアメリカミシガン州と隣接するサーニアは、Chemical Valleyと呼ばれ、大手企業を含む石油・化学系工業が集まっています。煙突が立ち並ぶ工場地帯と美しいセントクレア川の対比が独特な雰囲気ですが、新たなオンタリオ州の姿を見ることができました。

遠方に所在するため、村重社長と中野EVPに個人会員としてご入会頂いております。化学系素材メーカーとしては唯一の会員企業です。創業196年という長い歴史の中、確かな品質と技術力により時代の流れに沿って事業を変化させてきたグループの経緯、カナダの主な事業である電気自動車用バッテリー材料について、そしてアメリカ現地法人のバッテリー材料の工場を立ち上げた時のお話など、勤続年数43年目という村重社長より色々とお伺いしました。


(松田)御社の事業内容のご紹介をお願い致します。

(村重氏)初めに、当社の親会社である戸田工業株式会社の説明をさせて頂きます。戸田工業は無機化学品製造を生業とする素材メーカーです。創業は1823年(文政6年)、今年で196年という歴史は特筆できるかと思います。その後1933年に会社として設立し、今年で86周年を迎えました。

広島県に、本社と創造本部というグループ全社の開発を司る部門を持っています。磁石材料、電子部品材料、顔料、色材等、異なる素材に特化したグループ会社を数社もち、日本では北九州から福島県いわき市までの5拠点にて生産を行っています。

海外には、中国に6社、韓国に2社、台湾、タイ、アメリカ、カナダに1社ずつの計12社の生産拠点に加え、中国とドイツに1拠点ずつの営業拠点があり、計14拠点です。従業員数は、グローバルで約1200名です。

1823年の創業は、ベンガラという顔料の生産から始まりました。ベンガラは赤い粉末で、口紅等の化粧品、お皿の絵付け、格子戸の塗料など、幅広い用途に色材として使われていました。

1960年代には製造過程で発生する亜硫酸ガスが公害問題に発展しましたが、戸田工業は湿式合成法という製法を開発することに成功し、公害問題を克服しただけでなく、酸化鉄の粒子の大きさ、形状や特性のバリエーションに富み安定した品質の材料を生み出すことが出来るようになりました。

1970年代には、オーディオ・ビデオテープ用磁気記録材料を開発し、品質の高さと共に世界の70%のシェアを保ったこともあります。しかしデジタル化の進展に伴い事業基盤を変更する必要に迫られ、電池材料事業や、湿式合成から始まるナノテクノロジー技術分野など、新しい事業領域へ拡大しています。

(松田)御社の素材は、実際にはどのような製品に使用されていますか。

(村重氏)戸田工業グループで生産している素材は様々な領域にて使用されておりますので一例ですが、自動車や家電に設置されているモーター用磁石材(グレードにもよりますが1台の自動車には100個近いモーターが備えられています)、そして電磁対策を含むスマートフォン製品用部品、プリンタ用トナー材、コンピューターの磁気記録材、自動車・事務機器・建材用の顔料、また、電気自動車用電池材料などです。

その内、現在特に注力しているのが、自動車とエアコンのモーター用磁石材、スマートフォン製品用部品、そしてカナダでも生産している電池材料です。

(松田)誰もが毎日一度は手にするものに使用されているんですね。Toda Advanced Materialsについてもお話しください。

(村重氏)カナダの生産拠点であるToda Advanced Materialsは、オンタリオ州サーニア市を拠点とし、ニッケル、コバルト、マンガンの水酸化物製造と販売をしております。1999年にドイツのスタルク社が水酸化ニッケルの生産拠点としてカナダにて創業を開始したのが始まりで、2007年に戸田工業が100%子会社化しました。

従業員は31名です。現在の従業員は長年勤めてくれている人たちが多く、技術的専門知識を習得し化学工業の教育訓練を受け、経験・実績を共に有したプロフェッショナルが揃っています。

主な事業は、ニッケル、マンガン、コバルトを原料としたPrecursorという前駆体(電池素材)の生産です。この前駆体を日本の北九州の工場や、車で約3時間離れたアメリカの生産拠点であるBASF Toda America(BASFとの合弁会社)へ輸送し、工場にてリチウムを混合して焼成すると、正極材という電池材料となります。

その電池材料が、リチウムイオン電池としてバッテリーパックに使用され、主に電気自動車に搭載されます。また、風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギー発電システムで、電力を貯めるための蓄電池にも使われています。

性能の高さから、最近では車載用電池の多くはニッケル系電池が占めています。ニッケル系電池はバッテリー容量が高く、航続距離を長く取ることが可能です。戸田工業は将来電気自動車用の電池が伸びると考え、ニッケル生産をしていたスタルク社を買収した経緯があります。

(松田)御社の強みはどちらにあるとお考えでしょうか。

(村重氏)品質と実績です。日本の生産現場も見てきましたが、当社はベテランの従業員によるしっかりとした生産体制が整っており、生産する材料も大変高い品質を保っています。創立より11年間、我々の材料を使った電池では発火等のトラブルの報告が一度もないことからも、品質の高さが伺えるかと思います。当社の素材の品質を評価して頂き、よりバッテリー容量の必要なスポーツタイプの電気自動車にも多く使用されています。

また、長年の実績は、業界内を熟知したお客様にも評価して頂いております。最初の事業は、日産のリーフという電気自動車のスタート時の材料の一つとして採用して頂いたことでした。近年は、新材料開発の依頼なども届くようになり、それらに対応できるよう、日本からR&Dのメンバーを派遣してもらいました。

当社で開発ができる体制を整え、既に昨年より開発を進めていた新しいバッテリーが、使用用途は異なりますが今夏より世の中に出ています。次の開発の話も進んでいますので、今後更に強化したいと考えています。

(松田)御社が今後取り組んでいかれる課題はどのようなことでしょうか。

(村重氏)コスト低減が現在最大の課題です。自動車業界の価格競争は厳しく、お客様もコストを大変重視されます。我々の競合である韓国と中国は、かなり品質を高めて追いついてきている上に、低い価格設定をしています。

只、電気自動車はあらゆる業界で注目されており、今後需要が拡大することは確実と考えますので、お客様の要求に見合えるよう努力もしながら、同時に状況の変化も注視していく必要があると考えています。

(松田)村重社長のご経歴についてお伺いしたいと思いますが、ご出身はどちらですか。

(村重氏)出身は、山口県岩国市です。北九州の大学に通い、卒業後、戸田工業に入社しました。今年で入社より43年になります。私は機械系出身なので、入社後は研究開発部門に所属し、15年程工場設計や試運転等の生産技術に携わりました。

入社した頃はオーディオ・ビデオテープが売り出され始めた直後だったので、生産工場である小野田工場の関連工場の設備設計や建設に携わりました。一世を風靡した磁気テープの発展と共に大変忙しい時期を過ごし、国内外の製造会社ともお付き合いをさせて頂きました。その後、研究開発部門の責任者を6年間務めました。

2008年にはカナダに赴任、約3年半滞在しました。その後2年間韓国にてサムソンSDIの関連会社とのジョイントベンチャーの会社にて働き、2014年にアメリカ、カナダに戻ってきました。そして現在5年目、北米は通算9年となります。

(松田)前回のカナダ駐在時はどのようなお仕事をされましたか。

(村重氏)カナダの会社運営とアメリカ現地法人としてToda America(現BASF Toda America)にて北米に2次電池正極材の製造拠点を立ち上げるプロジェクトに参画しました。

アメリカのオバマ政権下で、日本や韓国に後れを取っている再生可能エネルギー産業を強化するために企業に補助金を出すプログラムがありましたが、そのプログラムの申請条件の一つがアメリカでの現地生産であることでした。その申請を行った結果、無事補助金の支給先として日系会社としては、当社のみが採用されました。

そして、工場建設地の選定から、第一期工事の完成までを手がけました。その後一旦韓国に行き、韓国から帰国して間もなく、第二期工事のためにアメリカに行くことになりました。そして第二期工事終了後、そのままカナダに残ることになりました。

(松田)これまでのご経験の中で、一番印象に残っているプロジェクトについてお話し頂けますでしょうか。

(村重氏)入社2年目で、硫酸鉄原料の純化技術を確立してそれを設計してプラントを完成させたことは、インパクトが強く記憶に残っています。これは会社が人使いが悪いという訳ではなく、磁気テープの開発と生産が始まったばかりの小さな会社だったため、人が足りず何でもやらせてくれたんです。

そしてその後、磁気テープの工場建設のメンバーに入れてもらい、その一時代を築く過程をずっと携わらせて頂いた、この2つの経験が私の礎を築いたと言っても過言ではありません。

もう一つはアメリカでの工場建設です。土地探しから始めましたので、ミシガン州の何もない更地に候補地を求めて、中には治安の悪いところもある中、色々なところに足を運びました。

無事にBattle Creekという場所に土地を見つけ工場建設を始めましたが、お客様が待って下さっていたので、3月に工事を始め突貫工事で年内には完成させ、翌年にはサンプルを出すという大変短い納期で無事に製品を納めることが出来ましたが、苦労をしたのを覚えています。

その補助金支給には製品購入のコミットデータが必要でしたので、お客様が我々の素材を必要として下さっていたことが選定の後押しとなったと思いますが、海外で工場を作る難しさを経験しました。

(松田)村重社長がお仕事を進める上で心がけていらっしゃることはどのようなことでしょうか。

(村重氏)仕事だけではなく生き方についてもですが、「知・徳・体・気」のバランスの取れた人間になりたいと思っています。Innovativeな発想をする為には、先ず自分自身が心身ともに健康である必要があるためです。

また、ラグビーの言葉ですが、「one for all, all for one」を大切にしています。カナダやアメリカの人は自分の職務範囲をきっちりと決めている人が多いですが、それが悪いということではなく、周りの人間と協力し合うことで1人では成し遂げれないことが可能であったり、個人プレーではなく連携プレーだからこそ乗り越えられる壁もあるということを、従業員にも伝えています。

あとはいつも明るく前向きにしていることですね。

(松田)プライベートなこともお伺いしたいと思いますが、好きなスポーツはありますか。

(村重氏)テニスとゴルフが好きなんですが、テニスは体力的な問題で今年に入ってからはあまりしていません。ゴルフは4月から10月まで、時間があれば仲間と楽しんでいます。この辺りの10カ所ほどのコースを周っていますが、料金が高くないので気軽に楽しめますね。

こちらのゴルフコースでは、中高校生や小さな子供達を連れて一緒に周っている家族を頻繁に見かけます。日本では見れない光景ですし、見ていてほのぼのしますので、本当に良いなと思います。

(松田)冬場はどのように過ごされていますか。

(村重氏)年に一回従業員全員で、ちょっとしたイベントをやるのですが、昨年はカーリングをして、今年の冬は斧投げをしました。日本ではなかなかできないアクティビティですし、初めてでしたがなかなか面白かったです。

また、アイスホッケーの観戦も楽しんでいます。Sarnia StingというOntario Hockey Leagueに所属するジュニアホッケーチームの本拠地がここサーニアにあります。スタジアムのボックス席で会社仲間とビールやピザなどをオーダーして楽しみながら応援しています。NHLにはレベルは及びませんが、将来のプロ選手の試合を近距離で観れる機会はなかなかありませんし、スピードと迫力もものすごいですよ。

あとは、料理を作りながらワインと共に楽しんだり、スポーツジムで身体を動かしたりといったところですね。
   
 斧投げ(Axe Throwing)  カーリング

(松田)カナダらしいアクティビティを沢山楽しまれていらっしゃいますね。最後になりますが、商工会会員へメッセージをお願いします。

(村重氏)オンタリオ州の西の端におりますので、商工会の活動にはなかなか参加できませんが、個人会員として入会させて頂き、色々と役立つ情報を頂いて感謝しております。機会がありましたら、是非会員の皆さんと交流をしたいと思っていますので、その際はどうぞよろしくお願いいたします。

(松田)インタビューは以上となります。本日はお時間を頂き誠に有難うございました。




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