リレー随筆


三つの教訓
Omron Automotive Electronics 兼 MUSUBU-JYP 深田 崇之


僕はThird Culture Kids (TCK)です。TCKとは、両親または国籍とは違う文化で育った者たちを総じて指します。母はシンガポール人、父は日本人という家庭に生まれた僕は、2歳までギリシャ、6歳まで日本、高校卒業までドバイで育ち、その後カナダの大学を卒業して今にいたります。

人生の半分をシンガポールでも、日本でもなくドバイで育ったぼくは間違いなくこの部類に入ります。環境がめまぐるしく変わっていく日々でしたが、得られる物も多かった日々でした。この随筆ではこれまでに得た教訓を共有したいです。

常識(コモンセンス)は一つではない?

常識とは文化ごとに違うものです。そして更に人の育った環境によっても変わってきます。実際インターナショナルスクールに行った時、「えー、これ知らないの? 常識だよー」と何度も言われました。大半は他愛の無いことでしたが、このからかいから気づいたのは僕がそれまで知っていた常識と、インターナショナルスクールにいた生徒達の常識は違っているということでした。

当たり前なのですが、違って当然なんです。育った環境、親の文化、見てきたもの、それぞれが違うので、常識が違うのは当然なのです。そして、だからこそ、コミュニケーションの際に相手の持っている常識を理解しようとするのは大切です、というのも相手が何に価値を置いているのか、どのような事柄がつぼなのかが理解できるので、会話が潤滑にすすみます。

自動車業界で設計エンジニアをしているのですが、この数年で十数社とプロジェクトを立ち上げたのですが、この概念はその際にとても役に立ちました。各社とも持ってる文化が違ったので、プロジェクトを始める際に相手が何に重点を置いているのか、どのような価値観を持っているか理解したおかげでプロジェクト立ち上げの際にコミュニケーションに関してはスムーズに事を運ぶことが出来ました。


聞き手が話し手

これは前記の延長線にあるものです。いくら話し手の知識が優れていようと、正しい事を言っていおうと、聞き手が理解できなければ効果はないのです。

極端な例、Aさんがどんなに日本の名言を日本語で伝えても、Bさんが日本語を知らなければBさんはその素晴らしさを解ることはないのです。これはコミュニケーションだけじゃなくて、芸術や仕事にも通用することで、見ている者、聞いている者、味わっている者、使っている者達がそれに価値を見出せなければ、いくらその物が作った物にとって素晴らしかろうとも、価値がつかないのです。

この観念が面白い事に社会のどこでも通用するのです。エンジニアとしても、ピアニストとしても結局、他の人が貴方の仕事に価値を見出せなければその労力は報われません。どんな素晴らしい製品をエンジニアしようと、素晴らしい演奏をしようと、それを求める人がいるからこそ価値があるわけですが、だからこそ逆に、聞き手または貰い手が何を求めているのか何が欲しいのかをよく理解してから仕事をすると、その労力は必ずといっていいほど報われます。


何事もバランス

エンジニアをしていると先ず学ぶのがこのバランスであり、優秀なエンジニアとは、一番賢い者ではなく最良のバランスをとれる者とも言われます。製品をエンジニアする際に大事なのは、コスト、性能、作りやすさ、その他をバランスさせることであります。

例えば性能を上げ過ぎると、コストが上がり買い手がつかない、とはいえ、コストを下げ過ぎると、作りやすさや性能が下がり、マーケットの要求に見合わなくなります。

これは現実的な一例ですが、バランスをとるのは精神面、人付き合いと、何にでも当てはまりますし、この観念のおかげで大学時代の苦難なども乗り越える事が出来ました。とてもアバウトな観念なのですが、簡単に言いますと、何事もやりすぎはよくないし、やらないのもよくないという事です。


TCKとして成長する際、世間に揉まれましたし、一つの環境に適応しても、すぐに新しい環境に適応しなければならなかったので、自己の確立がとても難しかったことを覚えています。精神面での安定は得ることが難しく「自分とは?日本人とは?アラブ人とは?シンガポール人とは?ハーフとは?世間とは?常識とは?」と様々な質問が渦巻いていた時期もありました。

その不安定があったため、両親への反発、意見の対立が起き、その都度極限まで追い詰められた記憶はあります。その中で、この3つは自分の存在を肯定し、他者と話す際のコミュニケーション力をあげ、心に安定を与えてくれた教訓でした。

それに加え、仕事面でも視野を広げて、物事を主観的にも客観的にも見れるようにしてくれたので、これらに出会えたことは幸福だと思っています。人様に指図する程の学と経験はありませぬが、この随筆から皆様が何か得られたら光栄です。






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