オンタリオで活躍する日本人に聞く


オンタリオで活躍する日本人に聞く


Stratford Festival(ストラットフォード・フェスティバル)
Direct Marketing Assistant 大塚 幸さん


今回は、シェイクスピア劇とミュージカルで有名なStratford Festival(ストラットフォード・フェスティバル)でDirect Marketing Assistant(ダイレクト・マーケティング・アシスタント)としてこの夏、活躍している大塚幸さんをインタビューしてきました。自分のやりたいことを見据え、それに向かって準備、戦略を立て、それを実行して実現させた方です。その取り組みは、多くの若者に参考になると思います。


(伊東 “伊”)
まずは、カナダに来たきっかけを教えていただけますか。

(大塚 “大”)
日本では、消費財業界の企業でマーケティングの仕事を11年していました。目に見える商品をお客様に届けるという仕事は楽しかったですが、私は大学では演劇学を専攻しており、ブロードウェイやロンドンでの観劇も含め、ミュージカルやバレエなど毎年40~50ステージを観ていたので、「いつかシアター業界で仕事がしたい」という気持ちが、いつも心のどこかにありました。

つまり、好きなことを扱うマーケティングの仕事にキャリアチェンジをしたいと思っていたのです。しかし日本では、自分が好きなミュージカルやダンスに携われる仕事は限られていると感じたので、海外でチャンスを得ようとしたのがカナダに来たきっかけです。


舞台芸術や美術などを事業として運営する手法である「アート・マネジメント」を体系的に学べる英語圏の国ということで、イギリス、アメリカ、カナダについて調べたところ、カナダでは2年間のカレッジコース卒業後に3年間の就労ビザが得られることを知り、カナダに決めました。

実は、初めてトロントに来たのは2013年です。これまで世界各地で65回以上も観ている、一番好きなミュージカルLes Misérables(レ・ミゼラブル)のトロント公演があったので、観劇のみを目的に、旅行として訪れたのが最初でした。当時は、こちらに住んで今の仕事をしているなんて、想像もしていなかったですね。

 
2006年、Les Misérablesがロングラン上演されている、ロンドンのQueen’s Theatre 2013年、Les Misérablesが上演されていた、トロントのPrincess of Wales Theatre 2016年、Les Misérablesが上演されていた、ニューヨークのImperial Theatre 


(伊)
こちらに来てからはまずカレッジに入ったのですか。

(大)
カレッジに入学するフルタイムの留学生として、約2年前の2017年6月にトロントに来ました。現時点でも正式には、まだカレッジに所属する学生という立場です。本当は最初からアート・マネジメントを勉強したかったのですが、2年間のコースがオンタリオ州にはなかったのです。

そこで1年目は、自身のマーケティングのバックグラウンドを強化し、将来のキャリアと関連づけられる、イベント・マーケティングをSeneca College(セネカ・カレッジ)で学びました。これは、イベントやフェスティバルなど、目に見えない製品や体験のマーケティングを扱うコースでした。そして2年目の今、Humber College(ハンバー・カレッジ)でアート・マネジメントを学んでおり、今は第3セメスターの期中です。

(伊)
こちらのStratford Festivalにお世話になるきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

(大)
まず私はStratford Festivalのショーがとても好きで、2017年にカナダに引っ越して来てからの1年半で、観客として計25回もトロントから観に来ていたのです。なぜかというと、役者もプ
ロダクションも非常にレベルが高く、ニューヨークのブロードウェイやロンドンのウエストエンドにも引けを取らない、素晴らしいパフォーマンスが観られるからです。

私は過去15年間、アメリカやイギリスのみならず、デンマークやスペイン、シンガポール、ロシアなど、世界各地の劇場で様々なジャンルの舞台を観劇してきましたが、Stratford Festivalは間違いなく、世界一流だと言えます。

     
Stratford Festivalを初めて訪れた、2017年6月 2009年、The Phantom of the Operaがロングラン上演されている、ロンドンのHer Majesty’s Theatre 2013年、The Phantom of the Operaの新演出版観劇のために訪れた、バーミンガムのBirmingham Hippodrome 


一番の志望理由は、Stratford Festivalは非常に巧いマーケティングを実践していたことでした。シアター業界で働くためにカナダに来たので、トロント近郊のシアターやフェスティバルには積極的に足を運んでいましたし、カナダの様々なシアターカンパニーの、ウェブサイトやソーシャルメディアを通じたマーケティング・コミュニケーションについては、日々リサーチをしていました。

その中でもStratford Festivalは、ファンとして、思わずチケットを買いたくなる、つい観に行きたくなるような効果的なマーケティングをしていると感じており、働くなら絶対にここがいいと思っていたのです。

もう一つ、Stratford Festivalは北米最大級を誇り、他のシアターに比べて圧倒的に組織規模が大きいので、いわゆる大企業で11年間働いてきた自分にはカルチャーが合うだろうなとも感じていました。

ちなみに、Stratford Festivalで働き始めるまでは、トロントの最大規模のシアターの一つ、Canadian Stage(カナディアン・ステージ)で、マーケティング・インターンとして働いており、ソーシャルメディアを使ったマーケティングや、各プロダクションのマーケティングプラン作成のサポートをしていました。

(伊)
でも、働きたいと思ってもなかなかそういうチャンスはないですよね。

(大)
今のポジションに応募した時は、全く自信がありませんでした。過去、マーケティングチームの別のポジションに応募したことがありましたが、面接にも呼ばれなかったからです。今のスーパーバイザーによると、評価された点は、日本でのキャリアと、シアター業界の経験だったようです。

実はカナダに来て以来、今もこのStratford Festivalの仕事と並行して、トロントにあるDusk Dances(ダスク・ダンス)というダンスカンパニーで働いており、そこでのキャリアは1年半になります。業界で働く人なら誰もが名前を知っている、Canadian Stageでのインターン経験も大きかったと思います。

どの仕事にも言えることですが、業務に関する学歴や経験があったとしても、業界知識がなければ、即戦力になるのは難しいです。私の場合、10年以上のマーケティング経験と、カナダのシアター業界での実務経験どちらも持っていたことが、他の候補者と差をつけることのできる大きな強みだったのです。

もちろん、そこにたどり着くまでの道は、決して平坦なものではありませんでした。キャリアもコネクションも全くないゼロの状態でカナダに来たので、来た当初は「レジュメに書けるレベルのシアター業界での仕事を、一日でも早く始めなければ」と焦っていましたね。

トロントでは、6月から9月にかけて、シアターやダンス関連のフェスティバルがたくさん開催されます。そこで、渡航前からボランティアに応募し、2017年6月にカナダに来た直後から、Canadian Stageを含めた3つのフェスティバルでアッシャー(劇場で、お客様の案内等をする仕事)ボランティアをしました。今も働いているDusk Dancesは、そのうちの1つです。

カレッジの授業が始まって少し落ち着いた2017年10月、Dusk Dancesのフェスティバル・ダイレクターに、アッシャーボランティアとして関わっていたこと、これまでの経歴と自分が今後カナダで考えているキャリア、そしてそのためにカレッジで勉強していることを伝え、アート・マネジメントやマーケティング関連で何か手伝えることはないかとダメもとで連絡したところ、何と、アシスタントとして拾ってもらえました。

最初はボランティアとして、ミーティングの議事録作成、ファンドレイジング・イベントやオーディションのサポート業務から始め、3ヵ月ほど経った頃、大きなプロジェクトとして、フェスティバルで配布するプログラムの広告販売を任されました。そこで前年比160%の売上を達成して信頼を得ることができ、その後はボランティアではなく、有給の仕事をもらえるようになったのです。

   
広告販売を担当した、Dusk Dancesのプログラム インターンとして働いていた、トロントにあるCanadian Stage 


Dusk Dancesでは、プロジェクトベースでの仕事を続けて1年以上になります。この仕事によって、トロントのダンス業界の知識やコネクションが獲得できましたし、何よりDusk Dancesでの経験があったからこそ、Canadian Stageでのインターンシップ、そして今のStratford Festivalでのキャリアを得られたと思っています。

小さなダンスカンパニーであるDusk Dancesでの、たった3日間のアッシャーボランティアが、2年後、今のフルタイムの仕事につながりました。当時、ダンス業界は未経験で、しかもカナダに来たばかりの外国人の私を信頼し、プロジェクトを任せてくれたDusk Dancesのフェスティバル・ダイレクターには、今も感謝しかありません。カナダに来る前から、キャリアとコネクションを築くことを戦略的に考え、熱意を持って、積極的に行動した結果だと思います。

(伊)
そういうところは、これからの若い人たちにとても参考になると思いますね。

(大)
カナダに来た直後はカレッジの授業も始まっていなかったので、色々なシアターに、レジュメとカバーレターを添えて、「経験を積みたいので、ボランティアとして何かやらせてほしい」と何通もメールを出しましたが、全く反応がありませんでした。

しかし、カレッジに通い始めてから状況が変わりましたね。それまでは「カナダの学歴のない、カナダの就労経験もない、ただ舞台を観ることが好きな外国人」ですから、今思えば、私のレジュメが彼らの目に全く止まらなかったのは当然だと思います。

セネカ・カレッジでイベント・マーケティングを勉強している点をカバーレターでアピールできるようになってからは、仕事の面接にも呼ばれるようになったので、やはりカナダの学歴がないとダメだと実感しました。Dusk Dancesのフェスティバル・ダイレクターがアシスタントとして受け入れてくれたのも、「カレッジで勉強中である」という事実が後押ししてくれたのだと思います。

   
Seneca Collegeのクラスメートと、担当教授 


(伊)
まさに王道ですね。日本でのマーケティングの経験、カナダのカレッジでの学歴、そしてアグレッシブにアプローチをした結果、今のチャンスをつかんだということですね。

(大)
教科書通りの方法ですが、結果的に、やはり王道をとったのが良かったのだと思います。

 
BAND-AID® STAR WARS™スター・ウォーズ™の日本発売プロジェクトを担当 


それから私の場合、日本ではJohnson & Johnson(ジョンソン・エンド・ジョンソン)という世界的に名の通ったグローバル企業で、BAND-AID®(バンドエイド®)という世界ブランドのマーケティングを担当していたこともプラスに働いたと考えています。つまり、どんな規模の会社で、どんな仕事をしていたかが、カナダの人にも想像しやすい経歴だったということです。

いずれ海外でも働きたいという思いがあったので、Johnson & Johnsonを転職先として選んだ理由の一つが、グローバルで通用するキャリアとスキルを得られるということでした。事実、Johnson & Johnsonでのブランド・マーケティングの経験は、マーケッターとしての私の大きな部分を占めています。

(伊)
なかなか戦略的にやってきたんですね。今、ここでやっていることはなんですか。

(大)
私のジョブタイトルはDirect Marketing Assistantで、Eメール・マーケティングの仕事をしています。私たちは、過去にチケットを購入したり、問い合わせをしたりした顧客のデータベースを持っています。そのうち、Stratford Festivalに関する情報について、Eメールでの案内を希望する人たちに向けたマーケティングですね。私の上司であるDirect Marketing Manager(ダイレクト・マーケティング・マネージャー)は、ダイレクトメール、つまり郵送物でのマーケティングも担当しています。

Eメールで送る内容は、例えば各ショーの舞台写真やトレイラー、各紙によるレビューはもちろんのこと、The Forumと呼ばれる、パネルディスカッションや特別コンサートなどのイベント情報から、お得なチケットやフラッシュセールの案内まで、多岐に渡ります。

毎週行われるチームミーティングと、日々の上司とのディスカションをもとに、発信すべき情報とタイミングを決め、ターゲットとなる顧客グループを選定し、彼らに語りかけるべきメッセージ戦略を立て、Eメールのタイトルと本文を作成し、デザインチームと協働してEメールを完成させ、ダイレクターに最終承認をもらった上で送信します。

いつ、どの時間帯に送信するかも、戦略的に決めます。これら一連のタスクは、上司やチームメンバーのインプットをもらいながらではありますが、自身の担当プロジェクトとして、最初から最後まで、責任を持って一人で行います。

重要なのは、顧客はEメールを受け取った後、どういう行動をとるのか、どういうプロセスを経てチケットを購入し、劇場に来るのかを常に考えることですね。マーケティングにおいては、顧客や消費者の行動とインサイトを理解することが一番大事だと私は思っています。

消費財との大きな違いは、価格が圧倒的に高いので購買までのハードルが高いこと、製品への評価がより主観的になること、そしてショーそのものだけではなく、「劇場に行く」という行為に関わる全てが製品の一部になることですね。

日本で経験したマーケティングはいわゆるマスマーケティングで、テレビCMやインターネット広告を中心に、一般消費者と広くコミュニケーションを図って製品やブランドの認知を高め、購買につなげるものでした。

一方、今担当しているダイレクトマーケティングは、程度の差はあれども、既に我々に興味を持ってくださっている方々がメインターゲットなので、顧客との距離がより近いですし、コミュニケーションを通して関係性を深め、彼らにブランドをより好きになってもらうことも目的の一つです。私にとってはこれまでと違うスタイルのマーケティングなので、難しいですが、学ぶことや発見も多く、とても面白いです。

(伊)
Eメール・マーケティングは、反応や成果がすぐにわかって厳しくないですか。

(大)
そうですね。どれだけの人がEメールを開いたか、Eメールのどの部分に興味を持ったかなどが全て数値として見えます。ですが、見えるからこそ、自分が立てた戦略についてレビューをし、次のアクションにつなげることができるので、面白いですね。

(伊)
今のお仕事は8月末までということですが、その後はどうされる予定ですか。

(大)
ここStratford Festivalでのキャリアは、大きな強みになるはずですし、引き続き、シアター業界のマーケティングに携わる仕事をしたいと思っています。8月末のカレッジ修了後、3年間の就労ビザを取得する予定です。その3年間のうち、フルタイムで1年間の就労経験を得られれば永住権に申請できるようになるので、まずは永住権取得を目指して行動します。

 
Stratford Festivalが運行する、トロントからシアター直通のStratford Direct Bus

最後になりますが、Stratford Festivalは世界一流のシェイクスピア演劇とミュージカルが観られるシアターであるにもかかわらず、トロント近郊に住んでいても、知らない、まだ一度も来たことがないという方が多いと思います。トロントからストラットフォードまでは車で約2時間の距離で、ショーのある日は毎日バスを運行していますので(往復$29です)、是非、ショーを観に来てください!

小さな町ですが、特に夏はとても美しく、トロントからの小旅行にぴったりです。公演期間は毎年、4月から11月までです。

(伊)
このキャリアを生かして、次のステップが見つかるといいですね。本日はありがとうございました。

   
Festival Theatre, Stratford Festival   シアター周辺のガーデン(左はシェイクスピア像)
   
 マーケテイング部門のある建物(1900年代初頭築)  Stratford市庁舎




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