リレー随筆


カナダで吹きガラス

Studio Honami
本阿弥 優


人生何が起こるか分からない。

自分がまさか吹きガラス職人になるなんて、オンタリオ州Fergusに日本から家族(妻、息子、娘)で引っ越して来るまでは夢にも思いませんでした。

Fergusはトロントから車で約一時間半の小さな町で街の中心に川が流れていて、人口もさほど多くなくこれぞカナダの田舎町と言うのがぴったりな町で妻の地元でもあります。

急遽引っ越しが決まり仕事のあてもなく日本からFergusに引っ越して来て直ぐに、この町にあるカナダで一番大きな吹きガラス工場で従業員を募集していたのを妻が見つけ、「あなたは手先が器用だからやってみれば?」と、この一声で私の吹きガラス人生がスタートしました。

 
 


吹きガラスのガラスは1200~1400度の高温の炉の中でハチミツの様に溶けた状態になっており、それを吹き竿の先で巻き取るとガラスは重力に従って地面に落ちようとします。
そのガラスを地面に落とさないようにガラスを巻き取った後から常に吹き竿をくるくると回しながらガラスを吹きます。

ガラスを竿の先で維持し、冷めると作業ができないので冷める前に道具を使って形を整えたり、吹いたり伸ばしたりと吹きガラスでは作業のスピードが求められます。

できるようになるには日々実戦あるのみで、失敗を重ね同じ事を何度も同じようにできるまで反復してまた失敗して、時には他の職人から怒鳴られたり(私の場合です)して一人前になっていきます。

やるからには絶対に上手くなって独立する。これはこの仕事を始める時に掲げた目標で、それを実現させる第一歩として2015年の秋に工場の仕事と並行して自分の作品を作るStudio Honami(ホンアミ)を立ち上げ、工場の仕事が休みの日にレンタルスタジオをレンタルして自分の作品を制作、販売しています。

最初はグラスや花瓶などを作って小さなマーケットに出店していましたが、二年目に何か日本的な物が作れないものかと考えグラスや花瓶の制作とは別に新しく風鈴の制作を始めました。
吹きガラスの制作手順で仕上げた作品をそのまま冷ますと割れてしまうので、除冷炉に入れて一晩かけてゆっくりと冷まし、試作品を手にとって見られるのは次の日です。試作品が失敗していれば再度試作をして次の日へといった流れで商品として扱える物ができるまでには時間がかかります。

納得した音色が出るまで数ヶ月かけて試作を繰り返してやっと良い音色の風鈴が作れるようになり、今ではインターネットを通じてアメリカからも注文を頂いています。

作っている本人が少し戸惑いますが、日本では夏の風物詩の風鈴が北米では風鈴に対しての季節感が特に無いみたいで、クリスマスプレゼントとして購入される方も多いです。なので一年中風鈴を作っています。

2017年からは風鈴の名前を本阿弥風鈴として、工房 天絵soraeの中村英夫さん制作の本阿弥風鈴のハンコを短冊に押すことで更に風鈴らしい見栄えになり、八月末にMississaugaで行われるJapan Festival CANADAのような大きなイベントにも今年で二回目の出店をすることもできました。

Japan Festival CANADA(今年の来場者数は8万人)は本阿弥風鈴の晴れ舞台で、自作の藤棚にたくさんの風鈴を吊るして、訪れる日本人のお客様や日本に興味のある方々に音色もそうですが目で楽しんで頂きたく小規模ながら風鈴市を開催しました。かなりの方が写真を撮っていたので少しは日本の文化である風鈴を楽しんでいただけたと思います。

今では寿司やカラオケだけではなく、ラーメン、絵文字、布団などもローマ字読みのまま英単語として定着していますが、風鈴は英語で「wind chime」と言います。何年先になるかわかりませんが、このカナダの田舎町発の日本人が作る風鈴がいつか「Furin」と言う新しい英単語で認識されるようになったら嬉しいです。


《Studio Honami》
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