トロント街角めぐり ネイバーフッドホッピング 再訪  

フリーランスライター 三藤あゆみ

トロント街角巡り連載を始めてはや7年。「ネイバーフッド」と呼ばれるエスニックタウンやローカルコミュニティの商店街の風景は、その間にも絶えず変化してきています。第二次世界大戦後に移住してきた世代の多くが商店街でのビジネスをリタイヤし、アジアや中東、カリブ諸国からの移民が増え、トロント市の人口は270万人を超えました。モザイク都市トロントの街角がそれぞれどんな風に変わってきているのか…再訪、再発見をレポートします。


 

第35回 発砲無差別殺傷事件後のグリークタウンは…

フリーランスライター 三藤あゆみ

ダンフォース通りにあるギリシア人街は、2年ほど前にもこのコーナーで再訪し紹介していますが、この夏、拳銃を使った無差別殺傷事件が起き、平和なコミュニティやトロント市民に衝撃を与えました。私も長年ダンフォース界隈で暮らし仕事をしているというのもあり、今回は特別編として、事件後のグリークタウンの様子をお届けしたいと思います。

地下鉄Broadview駅からPape駅あたりにかけてDanforth Ave沿いに広がるグリークタウンは世界で一番大きなギリシア人街です。近年は商店街の再開発が成功しつつあり、色とりどりの花いっぱいのパティオ席が続く素敵な街並みでありながら、小さい子どものいる家族連れも食事がゆっくり楽しめるようなのんびりと温かい雰囲気を残しています。

そんな平和なグリークタウンで、7月22日の夜、黒い帽子を被った男がいきなり発砲し、歩道を歩きながらレストランやカフェにいる客を狙って撃ち始めました。15人が犠牲となりそのうち2人が死亡。男は発砲しながら400メートルほどダンフォースを歩いて行った後、警察と銃撃戦になりましたが逃走し最終的に自身の拳銃を使って自殺しました。

事件の起きた時、私は現場から100メートルほど離れたところで屋内からダンフォース通りの様子を見ていました。実際外で何が起きているのかは分からなかったのですが、人々が叫ぶ声が聞こえ、40台あまりの警察の車がサイレンを鳴らして次々到着し瞬く間に道路が封鎖されました。

ライフルや拳銃を手にした警官たちが緊迫した様子で四方へ散らばっていくので、ただ事ではないというのは一目瞭然、正面と裏口がしっかり戸締りされているのをあわてて確認しに行き、電気を消してカーテンの隙間から通りの様子を眺めていました。

翌日から事件現場とその一帯の通りは2日間ほど立ち入り禁止となりました。夜一人で歩いても安全なイメージが定着していたエリアなので、住民やグリークタウン常連たちのショックはかなりのものでした。

しかし、コミュニティはパニック状態になることはありませんでした。まずは亡くなられた二人の女性、ジュリアナちゃん(10歳)とリースさん(18歳)の家族や、命はとりとめたものの障害を抱えていきていかなければならないであろう被害者を少しでもサポートしようと、募金を開始するなどすぐに行動に出ました。

2日間の道路封鎖が解除されると同時に、メディアの取材以外にもたくさんの人々がグリークタウンに戻ってきました。

ダンフォース沿いの事件現場に亡くなった方への献花台が置かれ、Alexander the Great Parkett(アレキサンダー大王広場)の噴水も献花台となり、花、ぬいぐるみ、メッセージやキャンドルなどを供えに来る人が後を絶ちませんでした。

現場に居合わせた人や近所の住人で心理的ショックを受けた人にはプロのカウンセラーに相談できる場がコミュニティによって用意され、カジュアルにも気持ちや思ったことを話し合える場がすぐ設けられました。

たまたま改装工事中だったレストランの前に設置されていた大きな目隠し板に皆が勝手に追悼の言葉やお互いを励ます言葉を書き込み始め、メッセージボードと化しました。そのレストランも書き込みや落書きを止めたりせず、そのまま空間を提供しました。

被害者の痛みを忘れることはないけれど、「暴力やテロ事件で秩序を失ったり、過剰反応をしてしまったら、それに屈することになってしまう。強くあろう」「日常生活を取り戻して街へ出ていこう」という住民やビジネスオーナーたちの態度と行動が強く現れました。

「Danforth Strong」とスローガンが書かれたバナーや垂れ幕が街角や店の入り口に張り巡らされ、住民はそれをプリントしたTシャツを作って身に着け、ストリートアートもあちらこちらに描かれ、ネイバーフッドと呼ばれるコミュニティの強い連帯感を改めて感じさせられました。

事件から3日目の夕方に行われたダンフォースを歩行者天国にし、Alexander the Great広場で行われたビジル(日本でいうお通夜のような、亡くなられたばかりの人に祈りをささげるセレモニー)に、道を埋め尽くすほど人が集まりました。



事件当時、商店街は約2週間後にグリークタウンの盛大な「食」のお祭りTaste of the Danforthを控えていたのですが、中止になってしまうかもしれないという不安な状態に置かれました。時間をかけて準備し、3日間で150万人の人出という経済効果のあるイベントです。開催できたとしても、事件の影響で人が集まらないかもしれないという不安や怒りの声も当初は聞こえてきました。

しかし、フェスティバルは結局予定通り開催され、例年に劣らない盛り上がりとなりました。オープニングにトルドー首相が参加し、人がたくさん集まっている様子が報道されたのもかなり影響力があったと思います。

フェスティバルの週末、現場近くにありグリークタウンのランドマークでもあるミュージックホールで、事件に巻き込まれた人や家族をサポートするための「Danforth Strong」基金に協力するチャリティコンサートが行われました。

ビリー・タレントなどトロントの有名ミュージシャンが企画出演し、チケットは完売。事件で足に銃弾を受けた女の子も松葉杖姿でコンサートに参加し注目を浴びました。まだ事件から間もないのに、ダンフォースに出向いて行って笑顔を見せる彼女にも勇気と強い意志を感じさせられます。

お客さんが銃撃の犠牲となったレストランや店、Christina’s Restaurant、Demetre’s、7numbers、Skin Deep Tattoo Studioなどは、従業員が力を合わせて迅速に緊急事態に対応したり、負傷者やお客さんを守ったりしたことがニュースになりました。これらの店は味やサービスの評判も良くてもともと人気があったのですが、通常の営業に戻った今、前と同じように繁盛しています。

こういう時にありがちな、犯人と同じ文化的バックグラウンドを持つ国の人たちへの中傷や心ない落書きなどもほぼ見かけることはありません。逆に「憎しみを憎しみで解決することはできない、皆に愛を!」「勇気を持って毎日後悔しないように生きよう、何が起こるか分からないから」といったポスターや落書きがダンフォースのあちらこちらに見られます。

追悼のメッセージボードや献花台は、グリークタウンのどこかへ永久設置する予定だそうですが、現在はLogan Ave. をダンフォースから北へ入ったところにあるLogan Green Fieldと呼ばれる芝生のスペースに置かれています。

夏の夜、開放的な造りのカフェバーやアイスクリーム屋さんのベンチでくつろぐ人々でグリークタウンは再び賑やかです。



戻る   「トロント街角めぐり」記事一覧へ