「こんにちは!」新代表者紹介インタビュー



<第184回>
Marubeni Canada Ltd./丸紅カナダ会社
石井 能成 President & CEO

今年6月着任された丸紅カナダの石井社長、今春20年ぶりにバンクーバーからトロントへ本社機能を再度移転され、今後どのような事業展開を考えていらっしゃるのかお伺いしてきました。また海外赴任経験も長く、最初の赴任地サウジアラビアでの印象深いご経験をお話頂きました。



(平林)御社の事業内容についてご紹介お願い致します。

(石井氏)現在、バンクーバーとトロントの二拠店体制でカナダ全土をカバーしております。1998年まで本店がトロントにございましたが、約20年ぶりにバンクーバーからまたトロントに本店機能を移しました。

事業内容ですが、本社の営業部が独自に事業会社を起こしながら海外展開をする形に昨今海外店の有り様が変化しており、我々丸紅カナダの機能としましては、各事業体と横の地域の連携を取りながら新しいビジネスを開拓していくことが主なミッションとなります。

(平林)本社機能をトロントへ移転されたとのことですが、今回の移転にはどのような理由があったのでしょうか。

(石井氏)ご存知のとおりカナダ西部地区は資源系のビジネスを中心した地域、一方でオンタリオを中心とした東部地区は機械関係、先端産業のビジネスを中心とした地域と理解しています。

今までは資源系に軸足を置いていたところもありますが、新しいビジネスを開拓していくためには、社内でも先端事業、例えばIoTやAI、自動車関連産業を含めて新しい情報を的確、迅速に把握し、本社へ発信していくためには、東部地区へ本店を移転した方が良いであろうという判断からトロントへの移転を決めました。

(平林)今回の移転に伴い、期待されている事業は何か具体的にありますか。

(石井氏)先端事業の部分ですとトロント大学やウォータールー大学は、そうした分野の知の集積地でもありますし、そこからベンチャー企業が立ち上がるなど新しい潮流をここ東部地区にいることによって実感できます。また、そこから新しいビジネスを作るきっかけが生まれるのではないかと思っております。

(平林)商社では色々な事業を幅広く取り扱うと思いますが、カナダで行っている内容はどういったものがありますか。

(石井氏)カナダの中では4つの事業体を持っています。1つ目は輸送機械系のビジネスとして、商業用小型トラックのリース、レンタル事業。2つ目はパルプ製品の製造と販売事業、3つ目は鉱山や食品関係で使われるベルトコンベアーの販売とサービス事業、4つ目はアルミの精錬工場への投資事業が現在行っている主な事業です。

聞いたところによるとウーバーやシルクドソレイユはカナダ発祥とのこと。今まであったタクシーやサーカスといった伝統的な産業に違う角度から付加価値をつけ、新しいビジネスを創り出して(パラダイムシフト)いますね。

ダイバーシティが進んでいるカナダでは、カナダ初の世界に通用するビジネスを発信する可能性がもっとあるのではないかと期待しています。

(平林)御社の売りや強みはどのような点にあると思いますか。

(石井氏)月並みな言い方をすると、人だと思います。特に弊社の場合、若いうちから色々な経験をさせます。

他商社に比べて人数をかなり絞った時期がありまして、若手にも色々な仕事、権限を任せていかなければ会社が回らないといった裏事情もありますが、その状況を若者も良く見ていて、弊社に入社すると色々と任せてもらえるという期待感もあるということもあり、チャレンジ精神をもった集団だと思っています。

数年前の新聞の広告では、「丸紅は、20代で、あなたを世界に放り出す。試練か、好機か、あなた次第だ。」というのがありました。もちろん優しくサポートはしますが、這い上がってこいという思いとそういったチャレンジ精神をもった人に入社して欲しいという思いが込められていたのだと思います。

(平林)今後力を入れていきたい点はございますが。

(石井氏)丸紅カナダとしてというよりは全社的な話になりますが、まず我々は色々な事業を行っていますが、それぞれが有機的に結合している一つの会社です。

新しいビジネスや先端のノウハウがどんどん世に出てきているこの時代は、今までとは全く違ったプレーヤー急に現れて、想定外の競争状態を作り出すこともあります。

そういう中で、丸紅が今一番重視しているのは、各セクションが築いてきた有形、無形の資産をもっとお互いに公開、融通し合って新しい化学反応を起こしていきましょうというのが一つの合言葉になっています。

我々丸紅カナダの役割としては、まさにこの化学反応を促す触媒となれるように、カナダ発の先端の情報を本社へ絶え間なく投入してゆくことにあると思っています。

(平林)では、このあたりで石井社長のご経歴についてお願します。

(石井氏)1986年に入社しまして、4年間本社で勤務した後、1989年から1993年までサウジアラビアに駐在しました。覚えている方もいらっしゃるかもしれませんが、湾岸危機、湾岸戦争がありまして、湾岸戦争勃発時には、家の近くに空爆も何度かありました。

この間、2度ほど日本に緊急避難する状況になり、本来は3年の駐在のところ1年伸ばして、計4年の滞在としました。その当時サウジアラビアに着弾したスカッドミサイルの破片を盾にしたものがここにあります。

これは米軍の高官が居住する敷地内を年に一回開放するバザールがあり、戦争が終わった翌年にそこで購入したものです。裏には譲渡してくれた方(米軍の高官)のサインがあるのですが、未だにどなたの署名なのかわかりません(笑)。

1993年に帰国しまして7年間日本で勤務し、2001年7月にシカゴに赴任となりました。その2か月後に9.11(世界同時多発テロ)がニューヨークで起こりました。

その影響もあり、その年は世界的にも難しい年で2002年にシカゴのオフィスを閉めまして、ニューヨークへ異動となり、さらにその後、2004年から2008年までロサンゼルス勤務と、計7年アメリカで過ごしました。

2008年4月から2016年までは日本で部長職などを経験しまして、2016年4月にイギリスに赴任しました。

イギリスでは郊外に丸紅が買収した企業がありまして、1年間その会社の会長を務めていたのですが、2017年4月、丸紅カナダの社長の辞令を受け、当時本社のあったバンク―バーに赴任、今年の4月にトロントに本店を移転させまして、6月にトロントに赴任してまいりました。

(平林)何度か日本勤務も経験されてますが、その際はどのような業務をされていましたか。

(石井氏)私の専門は輸送機関係で動き回る機械、特に農業、建設機械関係を主にやらせて頂いてました。海外に出ると輸送以外の色々な業務もしておりますが、日本に帰る時はいつも輸送機関係の部署に戻りましてキャリアを積んで、また海外へ赴任するという繰り返しです。海外赴任はこれで4カ国7拠点目となります。

(平林)商社に入社された経緯をお聞かせください。

(石井氏)大学卒業するまでずっと田舎の北海道で過ごしておりましたので、海外で活躍したいという願望がありました。

大学時代からキャリアに対するイメージが妙に固まっていて、60か70才くらいのお爺さんになった時にロッキングチェアに揺られながら、庭か公園を眺めて、ロックグラスで酒を飲みつつ俺の人生色々なことがあったなと回想している、まだ社会人になってもいない学生時代に何故か既に自分がリタイヤした後のイメージがあったわけです。

そのイメージを埋めるのに一番合っている仕事は何かと考えた時、それは総合商社だろうと思い、門をたたいたら受け入れて頂けたという感じです。

(平林)ではご自身が思い描いたとおり今のところ進んでいらっしゃる感じですね。

(石井氏)海外で色々な経験を積ませて頂いたことには恩義を感じてますし、チャレンジをさせてもらえたことも有難いと思っています。今のところ想定以上に色々な経験をさせてもらっていると思っています。

(平林)いままでの勤務経験で印象に残る出来事などありましたか。

(石井氏)お話したとおり初駐在がサウジアラビアで、今まで出張したことも担当になったこともない国が、初の海外勤務先となりました。新婚生活もサウジアラビアでした。

赴任の前にはヨーロッパやアフリカなど色々な国も担当しており、東・南アフリカほぼ全土、中東の一部を1ヵ月かけてまわる初出張を終えて帰ってきたその2ヵ月後に、いきなり呼び出されて海外駐在の打診を受けました。

当然、出張で行ってきた国の中から赴任というイメージでいたのですが、いきなり全く関係ないサウジアラビアへの打診で驚きました。最初に駐在したのも、私生活の始まりもサウジアラビア。また、当地で戦争を経験したということもあり、大抵のことには驚かなくなりました。

(平林)海外経験が長いですが、お仕事をしていく中で何か違いなど感じましたか。

(石井氏)僕なりの持論がありまして、どんな国に行っても結局人は一緒だということでしょうか。特にサウジアラビアに行って思ったのは、ビジネスの上では激しく交渉したり、お互い戦ったりすることもありますが、プライベートで家族の話をすれば、彼らもやはり子供がかわいいし、みんな家族思いです。

私生活の困ったこと等を相談すれば、みんな真剣に相談に乗ってくれますし、人間としての生き方は基本的にどこにいても変わらないのだなと感じました。


あとは商社の仕事というのは、お金や物が動いてなんぼのものですから、皆さんがイメージするサウジアラビアやアフリカのイメージ、例えば砂漠や動物が周りにいるといった場所ではなく、街があって、ビルがあり物流がある場所が活動拠点となりますので、大概のところであれば生きていけるなとサウジアラビア、アフリカ出張など経験して思いました。

勿論大変なこともたくさんありますが、人との関わりという点でいうと、実際話してみると皆変わらないのだと実感します。

(平林)お仕事進めるうえで大切にされていることはありますか。

(石井氏)「自分の考えている常識、自分が正しいと思うことは、安易に捨ててはいけない」ということでしょうか。まわりの価値感や判断、尺度は時代と共に変わりますが、かならず自分の信念に戻ってくると信じてますので、言うタイミングさえ間違わなければ物事は自分の考える正しい方向に向かうものだと入社以来思っています。

(平林)休日の過ごし方や趣味などございますか。

(石井氏)ゴルフとスキーですね。出身が北海道ですのでスキーは子供の頃から、ゴルフは社会人になってから始めました。

バンクーバーはスキーには最高の場所でしたが、トロントは平地なのが残念ですね。バンクーバーに居た頃は近郊に3つスキー場がありナイターにも行きましたし、ウィスラーもクルマで2時間程ですので日帰りで行ったりしてました。

ゴルフは冬期間もオープンしていたのでほぼ毎週ラウンドしてました。トロントでも早くラウンド仲間を見つけたいところです。

(平林)最後に商工会会員へのメッセージをお願いいたします。

(石井氏)1998年から20年ぶりにトロントに本店を移させて頂いて、丸紅カナダの社長として、これから一緒に活動させて頂くことになります。新参者ですので、色々とご指導賜りたいと思っています。トロント発の新しいことを一緒にやっていけたらいいと思っておりますので、今後宜しくお願い致します。

(平林)インタビューは以上となります。本日はどうもありがとうございました。








戻る   過去の新代表者紹介インタビュ一覧はこちら