リレー随筆


お互いに助け合える社会を目指したい
Japanese Social Services Registered Social Worker
高野 千恵


ソーシャルワーカーとして、日本から移住されてきた方々を主に様々なサポートを日々提供していますが、時折サポートを断る方々に出会います。シンプルに「提案されたサービスが自分に合うと思わない」ということも勿論あると思いますが、そうでないとき、そこには様々な気持ちが隠されているものです。

もちろん、いつまでも自立している自分でありたいという気持ちもあるでしょうし、助けを受けることにより自身の中で感じる自立能力の喪失感を避けたい方もいるでしょう。

一方で、「自分の問題は自分で解決すべきで、人に助けを求めるべきではない」という所謂「自己責任」の考え方を強く持つ方もおられますし、本当は助けを求めたいが周囲から「自分で自分のことが解決できない人」というレッテルを貼られることを避けたいという気持ちの方も多くおられます。

実際に、日本人がよく集うオンライン掲示板などでは、誰かが投稿した相談に対して「自分で解決できないなら日本に帰るべき」とか、「離婚を迷っている」と言う投稿に「そもそもなんでそんな相手と結婚したの?」のような、逆に相談する側を攻めるような強い返答をよく目にします。

また、ここトロントの日系社会でも、サポートを必要としている人=努力していない人という考えをお持ちの方に遭遇することが多々あります。狭い日系社会で、困っている方がさらに相談しにくい状況になっているのではと感じます。

この「自分の問題は自分の招いたことで、助けを求めるのは人に迷惑をかけることである」という考え方ですが、勿論、「人に迷惑をかけないように」と育てられたという人は多いと思いますし、それは大切なことなのですが、この考え方が良くも悪くも根強くあるために サポートに繋がらず、状況が変わらないか更に困難な状態になることもあります。

助けを求めるのは、迷惑をかけることではありません。むしろ自分の状況や限界を良く理解できているからこそできることでもあると思います。

何についても言えるかもしれませんが、早い段階で相談できれば少しの介入で済むことも、酷くこじれて本当にどうにもならなくなってからとなれば、介入するにも複雑で時間がかかったり、本人の選択肢も大幅に狭まってしまうこともあります。医療の「早期発見、早期治療」と少し似ているかもしれません。

社会福祉サービスを提供する私たちには、それを受ける本人から同意を得ないと介入できないという決まりが基本的にはあります。この人は大変な状況にいると思う、周囲が心配しているから、という理由だけでは動けません。

第三者の目には大変な状況に写ったとしても、本人が満足だったり困っていないということもあります。サービスを受けない、断る、選択をしない、ということも、本人の人生においての本人の選択であり、その意思は尊重されるべきであるからです。

しかし、前述した理由で「本当は助けが欲しいが、求めるのは良くないと思っている」場合は、そうではないことをタイミングやアプローチを変えたりしながら何度も説明しても、「大丈夫です」「自分でできます」と断わられますので、とても残念としか言いようがありません。それでも最終的には私どもも「それも本人の意思であり選択である」と受け取るしかなくなってしまうわけです。

人生は何が起こるかわからないものです。人に頼らず自分で今の人生を全て築き上げて来た、という誇りを強く持っておられる人でも、予期しない病気や怪我、外的要員により起こる人生への突然の変化などで、本来ある「自分のことは自分でできる」という能力が発揮できなくなる状態が絶対に発生しないとは言い切れないと思います。

この、能力が発揮できない期間は、問題解決までの一時的なものかもしれませんし、状況によっては長期的または半永久的なものかもしれません。

また、環境など様々な外的要因により、こういった能力を育てたり発揮する機会を得られなかった人もいます。誰も不幸になる為に生きている訳ではありません。「困っている人=努力をしなかった人」という図式が必ず誰にでも当てはまるということはないと思います。

社会の一人一人がこの理解を持っていただけるなら、より多くの方が早い段階で助けを求めやすくなるでしょう。ご家族やお友達が毎日のように心底心配するようになる前に、またご本人がどうにも身動きが取れなくなる前に、できることもあるかもしれません。

「いつでも聞くからね」「助けを求めていいんだよ」という日々の声かけができる、そして相談されたら「自業自得」「自己責任」ではなく「教えてくれてありがとう」「信頼してくれてありがとう」の気持ちを持ち伝え合える社会になっていくことを切に願うばかりです。




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