特別寄稿


あれから48ねん
Kobo Jewellery オーナー 古保 功


本高度経済成長期真っただ中の1970年9月、私は妻と一歳になったばかりの息子とトロント空港に降り立った。

夢にまで見た初めての外国、来てはみたが期待と不安が半々。拙い英語を駆使してやっと住む所も決まったのだが、妻は彼女が想像していたカナダとは大分違ったらしく、すこぶるご機嫌が悪い。

というのも借りた家は古いしもた屋の二階で、夜になるとリビングルームでは時々ねずみの運動会が始まるのであった。大家さんは人のよさそうなギリシャ人で、色々面倒はみてくれたが交渉の末結局そこに一年間住むことになった。

仕事はすでに契約していたHenry Birks宝石店に、着いたあくる週から勤めることになった。仕事内容は彫金師として、主に宝石類や銀製品にデザインや文字を彫る仕事。そして同じ技術をもった同僚はポルトガル人が一人とスコットランド人とあと7人のカナダ人。

幸い英語はだめでも手に職があった為、仕事はその日から普通にこなす事が出来た。給料は歩合制で最初にもらった額は週給110ドル、日本円に換算すると月にほぼ16万ほど(その頃は$1=¥360) 当時私が日本でもらっていた額が6万円程度だったので悪くはないと思った。とは言え生活はけっして楽ではなかった。

当時の日本からの商社マンや駐在の方は大邸宅やハイライズの高級コンドに居を構えていたのだが、自分も何時かはその様な所に住みたいとは思っていた。が、その二年半後に郊外に小さな家を買ってしまったので未だにそのチャンスは失われている。

仕事は概ね上手くいっていたが当時はまだ多少は日本人排斥の風潮もあり、同僚の中にはそのような人間もいた。ある時一人の男が、「これからコーヒーを買いに行くがみんな何がいい?」との事で各々の希望を聞いていたが私には「俺はお前のコーヒーを買いに行くつもりはない」と断られた事もあった。勿論こんな男は稀であったが。

しかし日本の経済が右肩上がりに成長していくのに並行して、カナダ人の日本人に対する態度も良くなってきた気がする。

Birksには17年間勤務していたがその間色々な仕事をさせてもらった。エリザベス女王の即位25周年の時にはカナダ政府から贈られた純銀製のティー5点セット、今のジャスティン・ツルドーカナダ首相が生まれたときに贈られた銀製ベビーカップ、
田中元首相が来加の折トロントから贈られた銀のお盆等々。

Birks退社後はちっぽけな宝石店を経営し現在に至っている。今、人生の黄昏時を迎えその店も来る6月15日を最後に閉店することにした。現在、閉店に向け全商品一掃格安セールを行っている。興味のある方は是非ご来店いただければ幸いです。

 
〔日系文化会館内2階) 






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