カナダで活躍する若手日本人に聞く


トロントで活躍する若手日本人に聞く
競馬ジョッキー 福元 大輔さん


今回は、トロントにある競馬場ウッドバインレーストラックで、ジョッキーとして活躍されている弱冠20歳の福元大輔さんにインタビューしてきました。11月下旬のインタビューで今年もあと数週間を残すのみとなった競馬レースでしたが、この日も朝の調教騎乗を見学させていただいた後、お話を伺いました。


(伊東、以下 “伊”)おはようございます。本日は、朝のお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。まずは、ご出身から伺わせていただけますでしょうか。

(福元さん、以下 “福”)生まれは福岡なのですが、3歳くらいで父方の故郷である鹿児島に移り、そこで育ちました。

(伊)先ほどいただいたプロフィールによると、日本でもポニーレースなどに出場されていたとのことですが、ジョッキーになろうと思われたきっかけはどのようなことでしょうか。

(福)自然な流れでジョッキーを目指すことになりました。もともと父の実家に馬がおりまして、小さいころからポニーレースなどに出場しジョッキーの真似事などをしていたので、そのままジョッキーになったという感じですね。

(伊)ご実家に馬がいらしたのですか。

(福)はい、鹿児島の実家では、馬を3頭から4頭飼っており、いつも乗っていました。

(伊)本格的にジョッキーを目指されたのは、何歳くらいの時からですか。

(福)4、5歳くらいの時から思い始め、絶対にジョッキーになると思ったのは小学校2,3年生くらいです。ちょうど、日本ではディープインパクトなどが走っていた時であのような馬に乗ってみたいなと思い、競馬雑誌なども見るようになりました。

(伊)ご家族の応援はいかがでしたか。

(福)自分は気づいていなかったのですが、実は、父はジョッキーになって欲しいと思っていたみたいで、反対はされず、むしろ応援してくれました。

(伊)それはとてもいいスタートですね。ジョッキーになるために、特別な訓練などを受けられたのでしょうか。

(福)それまで地方でポニーレースや草競馬で乗っていたのですが、日本の競馬に出るためには試験を受けなくてはいけないんです。中学3年の時に試験を受けて最終試験まで残ったのですが、最後で落ちてしまいました。

とても残念に思ったのですが、そこからまた騎乗技術など勉強するために乗馬クラブに8か月くらい所属しました。小学校5、6年生の時くらいから海外の競馬にも興味を持ち、いづれは海外にも行ってみたいなと思っておりましたので、試験に落ちてしまったときに、それなら海外に行ってみようと考え始めました。

(伊)海外に出てみたいという希望の中で、カナダを選ばれたのはどのような理由だったのですか。

(福)一番行きたかったのはフランスだったので、考えたのはフランスかアメリカでした。でも、フランス語は喋れませんので、英語も喋れるわけではありませんがフランス語に比べたらまだなんとかなるかと思い、レベルの高いアメリカへ行きたいと思いました。しかし、アメリカはビサのほうが難しくて。

そこで浮かんだのが、トロントでした。カナダの競馬レベルはアメリカと較べるとやや落ちますが、トロントのレベルはアメリカの小さな競馬場などよりも上だと思います。ジョッキーにもワールドクラスの人がたくさんいますので、ここしかないかと思いました。

(伊)最初に来たのはいつですか。

(福)2015年7月です。最初は、1か月くらいで帰るかもしれないということで、ビジタービザで、なんのつてもなく、英語も喋れないまま、やってきました。馬に乗れるということだけを取柄に、厩舎をあたり、もし1か月で決まらなければ、数か月英語の勉強でもして帰ろうと思っていました。

親からも、最悪英語の勉強をしてこいと言われていました。小さいころから海外に行きたいと言い続けていたので、父も「好きにしろ、一回行けば気が済むだろう」という気持ちだったのだと思います。

(伊)こちらに来られてからは、どのようなアプローチをされたのですか。

(福)最初は、日本の競馬関係者ということで競馬場を見学させてもらい、いくつか厩舎を回りました。でも、英語ができないので、当然のように断られました。

諦めて日本に帰ろうと思っていた時、道端で北米では有名な調教師Reade Baker氏の厩舎のアシスタントの方と出会いました。ディープインパクトなど日本の競馬の話をしたのがきっかけで、実習の機会をもらいました。もし、その時その方と出会っていなかったら、今の自分はここにいなかったですね。

(伊)その時は、まだビジターステイタスですよね。

(福)そうです。ですので、英語学校に通いながら、週末厩舎まわりを見たりシステムを教えてもらったりすることを3カ月くらい続けました。

競馬雑誌などでアメリカのシステムを少しは知っているつもりでしたが、現場で見てみると、かなり違うことに気づきました。そして、その秋18歳になったので、翌年、ワーキングホリデービサを取得して、正式に働き始めました。

(伊)17歳でこちらにビジターで来て、18歳になってワーキングホリデーで働けるようになった後は、どのような生活になったのですか。

(福)調教ライダーとして、毎朝5時くらいから競馬場に来て、6、7頭の馬に鞍をつけて調教をさせてもらいました。それを約1年間続け、後にはReade氏の紹介で他の厩舎3か所くらいに手伝いなどに出かけていきました。

自分はジョッキー志望でしたので、後々ジョッキーになるためにはやはり色々な人とのコネクションを作るのが重要なので、この経験は非常に貴重でした。

(伊)いくつかの厩舎で調教をするという制度があるんですね。

(福)メイン厩舎を決めて、そこだけで働くというケースもありますが、自分のようにいくつかの厩舎でいろいろな馬を体験するということもあるようです。

(伊)それを約1年された後、ジョッキーになられたんですね。

(福)はい、そうです。ワーキングホリデービサは1年間だけですので、今アスリートビザを申請中(11月時点)なんです。春から、ジョッキーとしての免許取得に向け、朝は調教し、その後は春からついてもらったエージェント(Pramodh Seebah氏)に教えてもらいながら、学科と実技の勉強をして、今年の7月に免許を取得しました。

エージェントのPram氏は、モーリシャスの出身で、あそこも競馬が盛んなようですね。彼と出会ったのも、Reade氏の厩舎で、とても運が良かったと思っています。日本の場合、9割は競馬学校を出てジョッキーになりますが、僕は競馬学校を出ずに、カナダで騎手免許を取ることができました。

簡単そうに見えますが、僕の場合は日本である程度の騎乗経験があってほぼレースで乗れる状態でウッドバインに行きました。ですので自分のような形は非常に珍しいかもしれませんし、小さい頃から身近に馬がいたという環境も運が良かったのかもしれません。

でも海外では競馬学校を出ていないジョッキーはたくさんいます。中には試験だけ受けに来る人もいるようです。

(伊)そうなんですね。すると、免許を取得した後、レースに出たのはいつですか。

(福)免許を取ったのが7月20日だったのですが、その日の内に騎乗依頼が来てエントリーでき、初レースは直後の7月26日です。幸運にも非常に早かったですね。

(伊)いやあ、凄いですね。ちなみに初レースから今日(11月27日)までで、何レースされたんですか。

(福)はっきり覚えていませんが、120レースくらい乗っていると思います。そう考えると、やはりエージェント(Pram氏)のサポートが大きかったですね。

(伊)福元さんをジョッキーとして使ってくれという依頼は、エージェントの仕事なんですか。

(福)基本、そうですね。

(伊)ジョッキーとして福元さんを使おうと決めるのは、その厩舎のトレイナ―の方なんですか、それとも馬主なんですか。

(福)両方のケースがあると思いますが、最終的には馬主ですね。でも、中には馬のことを知らない馬主もいるので、その場合にはトレイナ―が決めることになるのでしょうね。

(伊)すると、騎乗のチャンスを得るためには、ここで厩舎のトレイナ―や馬主とコネクションを作って、パフォーマンスを見せて次のチャンスをもらうということが大切なんですね。

(福)そうですね。戦歴が浅いジョッキーは印象付けるのが難しいですが、自分はここでの下積みがありましたので、今から考えるとあの下積みはよかったなあと思います。

(伊)福元さんは今20歳だと思いますが、初勝利がその誕生日だったと伺いましたが。

(福)はい、そうなんです。今年の10月13日でした。それまでに50レースくらい乗っていたと思いますが、2着が多くてなかなか勝てませんでした。

自分の誕生日に、騎乗依頼が来ているのは知っていたのですが、あまり考えずに緊張しないで乗ろうと思っていました。そしたら勝てました。正直、まさか自分の誕生日当日に勝つとは思いませんでしたが。

(伊)20歳の誕生日に初勝利なんて、一つのストーリーができそうですね。

(福)新聞などにも大きく取り上げてもらい、びっくりしました。

(伊)お父様にはご報告されましたか。

(福)家族のほうからも連絡が来て、おめでとう と祝ってもらいました。こちらのレースも日本で観ることができるので、今はいいですよね。

(伊)ここでのレースは、週中一つと週末ですよね。

(福)ええ、水曜日と金、土、日の4日間開催ですね。

(伊)騎乗依頼次第だとは思いますが、平均で週何回くらい騎乗するものですか。

(福)先週は12鞍(レース)乗りましたね。ですから、一日3レースくらいですね。でも多い時は一日で6レース乗ったこともあります。

(伊)馬もそれぞれ性格などが違うでしょうから、大変でしょうね。

(福)馬と初対面で乗ることもありますし、普段から乗っている馬もありますし、いろいろですね。

(伊)え!初対面で乗ることがあるんですか。

(福)はい、パドックで初めて会う馬の場合もありますね。もちろん、戦歴などは新聞やデータで調べますが、実際乗ってみたことがすべて自分への情報になります。そしてパドックからレース場までの10分、15分の間にその馬の癖や性格を理解することになります。そしてとにかく、馬を気持ちよく走らせてあげたいと思っています。

(伊)そうなると、本当に馬のことが分かっていないとできませんね。

(福)馬は喋ることができませんので、本当に難しいと思いますね。分からない中で結果を出していかなければならないので、考えっぱなしですね。

(伊)レースの記録は自分でもつけているものですか。

(福)競馬場のほうにはちゃんと記録が残っていますが、自分が勝ったレースはちゃんと記録をつけていますし、後で映像を観たりしています。

(伊)今年のレースもあと数週間とのことですが、冬の間はなにをされるのですか。

(福)半分は休んで、半分は乗りたいと思っています。ですので、日本に帰って乗るか、アメリカに行って乗るか、というところでしょうか。今年は1年目なので、あまり焦らずにおこうかなと思っています。

アメリカの方から、いくつか招待が来ているのですが、こちらのビサ申請中の件もありますので、まだなんとも言えませんね。ただ、いずれはアメリカに行ってみたいなと思っています。

(伊)今後の夢はどこに向いているのでしょうか。

(福)自分は夢だけでここまで来たので、やはりいい騎手になりたいなというのが一番の夢ですね。

(伊)福元さんがイメージするいい騎手というのは、どのような騎手でしょうか。

(福)その馬の能力を全部引き出していいレートができる騎手ですね。先ほども言いましたが、馬はそれぞれみんな違うので、なかなか難しいですね。将来大きなレースにも出てみたいので、いい騎手になればそうしたチャンスもやってくると思っています。

ケンタッキーダービー、ブリーダーズカップ、フランスの凱旋門賞、ドバイのワールドカップなど、大きなレースに出られるような馬と出会えたらいいなと思っています。走るのは馬なので、そういう巡りあわせに出会えるように頑張りたいと思います。

(伊)これまで伺っていて、馬にとっていいレースをしたい、いい馬に出会いたいと、常に馬のことを考えられているように感じます。素人考えですが、騎手の方は常にレースに勝つことが最優先なのかなと思っていましたが、福元さんは馬が中心なんですね。

(福)もちろんレースに勝つことも大事だと思いますが、馬の能力を引き出すことがレースに勝つことにつながると思っていますので、やはり馬中心ですね。レースで勝つのは一人、一頭だけですので、多くの負けを無駄にせず、それを活かして馬の能力を引き出す技術を磨き、次につなげることが大切だと思っています。

(伊)17歳で海外に飛び出し、夢を追って頑張ってきて今があるわけですが、これまでを振り返って、同世代の人に伝えたいことがありますでしょうか。

(福)騎手になるのは非常にハードルの高い夢でした。競馬学校に入るだけでも20倍、30倍という難関を越えなくてはなりません。しかし、自分は騎手になると言い続けて夢を追い、ここまで頑張ってきて騎手になることができました。

途中苦しいことがあっても、夢を持ち続けることが大切だと思いますし、それが自信にもなっていくと思います。ただ、その夢が本当にしたいことかどうかしっかり考える必要はありますけど。

自分の中学校時代からのあだ名が“夢ちゃん”でした。先生や友人たちに騎手になる夢を話していたので、こんなあだ名がつきましたが、その夢を追ってゴーイングマイウェイで進んできました。是非、夢を持ち続けて欲しいと思います。

(伊)本日は早朝のお忙しい中、貴重なお話を伺い、ありがとうございました。






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