リレー随筆

カナダ2020

作家・翻訳家・ジャーナリスト  モーゲンスタン 陽子




私は、大学を卒業して以来ずっと、本の世界で生きています。本、というと何やら崇高な世界のように思われますが、本も、たとえそれが芸術作品であっても、「商品」であることにかわりありません。著者だけでなく、出版社、デザイナー、印刷所、取次、書店など、多くの人たちが1冊の本に関わっています。

商品ですから、もちろん商業見本市もあります。出版業界で最大の商業見本市の一つに、ドイツのフランクフルト・ブック・フェアがあります。ここで、世界中の書籍やデータベースなどの版権が取引されます。

昨年、とある依頼があって、初めてこのフランクフルト・ブック・フェア、通称「ザ・フェア」を訪問しました。実は私の著作の方は私より先にこのフェアに参加しているのですが、自分自身が初めてあの「フェア」に参加したとあって、感無量でした。

私は現在ドイツに住んでいますが、1997年〜98年と2008年〜2011年をトロントで過ごし、またその間・その後も毎年のようにトロントを訪れています。ずっと執筆を生業としてきましたが、私がクリエイティブ・ライティングを、しかも英語で始めたのは、このトロントでした。

2009年から2010年にかけて私は、トロント西方約40キロのオークビルのシェリダン・カレッジで、ジャーナリズムのポスト・グラジュエイト・ディプロマを修めました。

ペン・カナダ協賛のプログラムで、世界中の紛争地帯から移民・亡命してきたジャーナリストやライターたちと一緒に学びました。講師陣はカナダの報道・出版界の第一人者ばかりでした。

プログラムの一環でインターン経験が必須だったのですが、私はこのインターンをハウス・オブ・アナンシ出版社とその姉妹会社で児童書専門のグラウンドウッド・ブックスで行いました。グラウンドウッドからは、皆様もきっとご存知の日系カナダ人作家ルイ・ウメザワ氏が2015年に『Strange Light Afar』を出版されています。

アナンシは、アメリカ資本の影響を受けない、カナダのアイコン的独立出版社です。毎年行われるマッシー・レクチャーズの中心となっているのがCBC、トロント大学マッシー・カレッジと、このアナンシ出版社です。ご興味のある方は、ぜひウィキペディアなどで調べてみてください。

話は戻りますが、昨年のフェアでは、日本の出版界の友人はもちろん、アナンシの同僚にも数年ぶりに会えて、恥ずかしながらもとてもうれしかったです。

今年10月11日から15日に開催されたフェアは残念ながら訪問できませんでしたが、フランクフルトで日加の出版界の友人たちと、楽しいひとときを過ごしました。

ところで、このフランクフルト・ブック・フェアには、「ゲスト・オブ・オーナー」といって、毎年フィーチャーされる国があります。今年はフランスで、マクロン首相も登場しました。

そして、2020年には、カナダがゲスト・オブ・オーナーに決まっています。
これに向け、カナダではすでにFBM(Frankfurt Buchmesseフランクフルト・ブック・フェアのドイツ語名) 2020特別チームが発足しています。

昨年フランクフルトで再会したアナンシの版権担当者がその後チームのマネジャーに抜擢されています。チーム・カナダは、2020年のフェアでカナダ文学を世界へ発信することになります。

私が、日本がカナダからもっと輸入して欲しいと思うのは、メープルシロップでもダウンジャケットでもなく、ほかでもないこのカナダ文学です。先述のとおり、私がカナダでクリエイティブ・ライティングを始めたのは、このカナダ文学に衝撃を受けたからです。

カナダに来て初めて知った作家たち。こんなに面白い文学があったのか。それは日本のような量産的なものとも、アメリカのような商業的なものともまったく違っていました。

シェリダン・カレッジの講師のカナダ人が私たちに教えてくれたことがあります。「カナダという国を理解するには、この国が植民地であることを忘れてはならない」というのです。

カナダが植民地、というのは、私たち日本人には少し妙な感じがします。しかし、確かにカナダはイギリスやアメリカの「植民地」であり、また、世界中から多くの人々が植民し続けてくる場所なのです。文学には「コロニアリズム」や「ポスト・コロニアリズム」という分野があり、また「移民文学」というジャンルもあります。

カナダ文学がおもしろいのは、このようにいろいろな「ラゲージ」を背負った人たちが集まり、ひしめきあい、そのギャップからいろいろな物語が生まれてくるからではないかと思います。

しかしながら、昨今の出版不況には触れる必要もないでしょう。機会があればいつもカナダ文学を推奨し、翻訳したいと主張している私ですが、実際日本語に翻訳されるのはアトウッドやマンローなどの大御所だけです。しかも、それすらも売れ行きが好調とは言えません。カナダの無名の作家を翻訳する機会など、今後もなかなかありえないでしょう。

出版不況は時代の流れであり、誰をも責めることはできません。本を売るには大衆に受ける要素が必須ですが、しかし、ものごとの質が下がると、お金を払ってでも高品質のものを求める消費者(=読者)もいるのでは? と、いつか自分が良質なカナダ文学を効果的に日本に紹介できる会員制ブッククラブなど始められないものかしらと、妄想に耽っています。

今年の第157回芥川賞選考委員の一人が、日本における移民文学を「他人事を延々と読まされて退屈」と評したのは、私には非常に意外で、無神経で、時代錯誤に思われました。

このあたりを啓蒙するにも、カナダ文学はきっと役に立つのではないでしょうか。




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