リレー随筆


高野山--両親の一周忌の後に
高月さゆり

昨年 (2016年)5月のビクトリアデーウィークエンド。89歳の母が肺癌と診断された時には、骨や脳にまで転移していた。トロント在住の私が連絡を受けたときに、絶望感いっぱいで泣き出したことを、昨日のように思い出す。その2ヵ月後、母は他界した。父は母の約3ヵ月後に、硬肝変病で他界。

私は6人兄姉妹の末っ子です。今年7月、両親の1周忌を終えたあと、3人姉妹で高野山へ2泊3日の旅をしました。

 


高野山は、今から1200年以上前の弘仁7年(816)に、弘法大師によって開創された聖地です。標高1000m級の山々が囲む山上の盆地に開かれた宗教(真言宗)都市です。両親の宗教ということもあり、三人姉妹で訪れることを1年程前より計画立てました。

新大阪駅から高野山へは、電車で約2時間。 南海なんば駅で、南海高野山に乗り換えれば、麓の極楽橋駅まで一直線。極楽橋駅からは、ケーブルカーに乗って5分で高野山駅に到着。私達は景色を楽しみながら、南海電鉄高野線の橋本駅から極楽橋駅を走る特別列車”天空”に乗車。天空は、標高差443mの山岳区間の景色を楽しめる特別列車です。

高野山は、樹齢数百年の杉木立に囲まれた聖域に弘法大師の御廟を祭る重要な聖地で、今も御大師様が生きて人々を見守っていると言われます。

太師信仰の中心地で、神秘的な雰囲気を感じながら、お参りをしてみました。一の橋(入り口)から御廟までは約2kmあり、参道沿いには無数の供養塔が並び、戦国時代の武将や歴史的著名人の墓碑巡りも楽しめます。

 

高野山には117の寺院があり、そのうち52箇所に宿坊があります。私達が宿泊したのは、遍照光院。空海(弘法大師)が、晩年に住まう別坊として建立されたお寺だそうです。

後に三条天皇の孫(寛意)が住職を努めて、白河法皇による高野山行幸の際の在所として、修築された由緒ある寺院だそうです。温泉のお風呂では無かったですが、綺麗に掃除のいき届いた大風呂で、お部屋も新しいトイレと洗面所付きの広々とした綺麗な所でした。

 

護摩焚き(不動明王を御本尊とする護摩行で、読経の声と焚き物の香りとけむりが特徴)という朝の勤行が、毎月28日に行われるようですが、私達は偶然にもその日に宿泊していたので、朝6時半から約1時間のお勤めに参加できて、とても良い経験でした。


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