「こんにちは!」新代表者紹介インタビュー




<第146回>
Honda Canada Inc.
中田 宗吾 Vice President


ホンダカナダインコーポレーテッドの中田氏にインタビューをして参りました。中田氏には、本年度の商工会理事を務めていただいております。オフィスはマーカムで、オフィスの前景と最新のリッジラインと共にお写真を撮っていただきました。

香港に5年、ロシアに2年、中国に2年の計9年間のご駐在経験や、まるで映画のワンシーンのような思い出深い経営会議のお話、グローバル経営をするホンダ社の真髄など、様々なお話を伺い、大変密度の濃いインタビューとなりました。中田氏が趣味で撮られた素敵なお写真も掲載させていただきました。




(松田)御社の事業内容のご紹介をお願いいたします。

(中田氏)ホンダカナダインコーポレーテッドは、ホンダカナダという販売会社とホンダオブカナダマニュファクチャリング(HCM)という生産工場の2社から構成されています。輸入品を含めた、四輪車、二輪車、汎用製品の販売と、カナダでの四輪車生産を事業として扱っています。

ホンダカナダは1969年に設立され、二輪車の輸入販売からスタートし、1973年に四輪車Civicの販売を始めました。HCMは、設立から今年でちょうど30年。カナダでの生産拠点として、CivicとCR-Vを年間40万台規模で生産しています。

ホンダカナダの社員数は400名規模、HCMの社員数は4200名規模です。

(松田)製品について、ご紹介いただけますでしょうか。

(中田氏)メインで扱っているのは自動車で、HONDAブランドとAcuraブランドと、大きく2つに分かれています。

車のカテゴリーで言いますと、HONDA、Acura共に、乗用車とライトトラック(SUV等)のカテゴリーに、それぞれ豊富なラインナップを揃えています。HONDAのチャネルは2015年の実績で16万5千台、Acuraのチャネルは約2万台という実績で、今年はもう少し伸ばしていきたいと思っています。

カナダでは、各社登録台数がきちんと公表されており、必要でしたら1台単位でお答えすることも可能です。そのため、マーケットシェアもコンマ1桁単位まで正確に出すことができます。カナダの自動車市場は、私が知る限り、非常にフェアなマーケットと感じています。

HONDAブランドの主力製品は、Civicです。年間の販売台数が6万~7万台、今年は昨年実績以上に売り上げたいと思っています。Civicは、このカテゴリーでカナダで18年間ナンバーワンの販売台数を記録しており、今年は19年目です。これまで同様確実な生産販売を続け、20年という大きな節目を迎えることが目下の目標です。

Acuraブランドでは、SUV系のライトトラックが大変好評で、大きいサイズのモデルのMDX、一回り小さいサイズのRDXがカナダで非常に人気です。

(松田)二輪車についてもご説明ください。

(中田氏)当社では、所謂二輪車という解釈を拡大して、バイクから発展した四輪バギーという位置づけのATVや2人~4人までが乗れるSide by Side、といった四輪オフロード車を二輪車というビジネスに組み入れています。

普通の二輪車(バイク)と、四輪オフロード製品を併せて年間約2万台を販売しております。
カナダは人口が約3500万人ですが、人口と比べてアウトドアレジャーが活発で、販売比率は二輪車と四輪車が半々となっています。

にユニークなのが、野山で乗る、または街中で乗る、という比率があるのですが、カナダの場合は野山を駆け回る用途が4分の3、と野山の方が圧倒的に多いんです。このような比率でオフロード車が売れているマーケットというのは、世界的にみて相当特殊で、弊社製品を楽しく使っていただいていると思います。

(松田)御社が扱われている汎用製品についてもご説明いただけますか。

(中田氏)汎用製品とは、創業者の本田宗一郎の「人の役に立つものを自分たちの技術でどんどん作り、世の中に貢献する」という考えの下生まれた、他の自動車メーカーにはないカテゴリーです。

原点は汎用エンジンで、「家事や農作業に従事する人達を少しでも楽にできないか」→「水を汲むには力がいる」→「自分たちがポンプを動かすエンジンを作ろう」、というところから始まり、発展してきました。

昨年実績で、エンジン、完成機あわせ約14万台を販売しています。エンジンの主力販売先はカナダのポンプメーカーや建設機械メーカーです。そして、完成機で一番販売台数が多いのが発電機、カナダの場合は除雪機も高い売り上げを占めています。これらの完成機は、高い品質と信頼性で評価をいただいております。

当社は、四輪、二輪、汎用製品を扱っているおかげで、延べ38万人のカナダのお客様に製品をお買い求めいただいていることになります。

世界的にみるとホンダは自動車、二輪車屋としての知名度が高いと思いますが、カナダにおいては自動車や二輪車だけでなく、汎用品を通じて社会、生活の中に溶け込んでおり、製品を通じた企業活動の紹介にも繋がっていると思います。

(松田)御社の強みはどちらにあると思われますか。

(中田氏)ホンダは、「需要のあるところで生産する」という基本的な考えの下、国を超えて需要のあるところで生産、販売、サービスの事業展開を続けてきた結果、世界の主要マーケットにおいて、販売だけでなく生産をすることができております。

自動車産業はすそ野の広い商売ですので、生産をすることで、協力メーカーの進出を促し、もしくは現地部品メーカーからの調達を増やすことにも繋がっています。現地及び地域内調達率を高めることによって、為替変動に対してもタフネスが高まります。

昔みたいに日本から集中的に輸出をしていると、円と外貨の為替の影響を全て需要影響として受けてしまいますが、現在は、例えばカナダで作っているCivicは、カナダ、アメリカ、UKの3国で作っていますので、ある程度の為替トレンドを見ながら、世界のトータル能力の中で、最適配分を考えながら生産できます。

ホンダの強みは、「グローバル展開が進んでいる」ことであり、グローバルの事業運営の真髄はそこにあると思います。

また、私がカナダに来て強く実感している強みは、カナダホンダの従業員一人ひとりが、きちんと育っていることです。当社のプレジデント兼CEOはカナダホンダの生え抜き社員、2名のSVPもカナダホンダに就職して長く勤め上げている人材です。

日本人駐在員が経営管理しなければビジネスが回らないという段階は既に卒業していて、基本的な運営は全て、カナダホンダで経験を積んだ現地人材が行っています。これを今後も世界規模で進め続けていけば、物づくりだけではなく「人づくり」の点でも、ホンダの強みになると思います。

他カナダホンダは経営陣のトップ3が現地化しており、弊社の他現地法人と比較しても、現地化が進んでいます。この強みを更に伸ばし、現在のアソシエイトの中から次世代経営者を育て、カナダのオペレーションをこれからも強くしていくということが、私の気持ちでもあります。

高いオペレーションレベルの中で日本人駐在員が果たすべき役割は、難しい課題ですし、満足のいくサポートをするためには、自らそれなりの見識とノウハウがなければならず、個人的には大きなプレッシャーでもあります。

(松田)それが真の意味でのグローバル運営の在り方なんですね。勉強になります。それでは、中田さんのご経歴についてお伺いしたいと思いますが、ご出身はどちらでしょうか。

(中田氏)出身は大阪です。入社は1984年で、今年で32年経ちました。私の経歴を一言で言うと、この32年中、20年以上中国を担当していたんです。

入社直後の1984年から86年は、中国の二輪車を担当しました。中国で二輪市場が拡大していた時期で、まずは実務を経験しました。1986年から1990年の4年は、二輪の仕事をする傍ら、四輪車(自動車)を中国に輸出することを手がけました。当時は二輪の方が圧倒的に多かったので、 二輪のついでに四輪をやる、という感じでしたね。

1990年から92年は、国内の販売店に出向しました。製品をお客様に直接売ることの喜びや楽しさを味わったのですが、その間に中国の四輪市場が伸びてきたため、1992年から94年はまた中国に引きずり戻され(笑)、また四輪の輸出に携わりました。そして1994年から99年の5年間は香港に赴任しました。

(松田)香港でのご駐在は、どのような任務をされたのですか。

(中田氏)赴任先は香港でしたが、主担当は中国の大陸の四輪市場の開拓で、1年間に120日は中国に行くという生活でした。当時はまだ販売ネットワークが確立されていなかったので、行商人のように、商談があると聞けばとにかく出張して一台でも良いから売ってくるという原始的な販売手法でした。

香港駐在時の途中から、中国、広州での四輪現地生産プロジェクトが立ち上がり、駐在の後半は、完成車販売の傍ら広州プロジェクトの交渉に立ち会いました。

そして98年に現地工場が立ち上がりましたが、私は99年に戻り、中国担当としてノックダウンパーツの輸出を担当しました。我々が作った会社を日本からサポートするという業務でした。

2001年からの4年間は、突然、秘書室に勤務することになりました。しかも漫画の世界の様な、「特命担当」という任務を承りました。仕事は三つ。

一つ目は役員と他社との交流窓口で、所謂、役員室外交の事務局といった業務です。二つ目は経営会議事務局。もう一つは、航空機用ジェットエンジンの事業化プロジェクトに秘書室から参画することでした。

航空機事業は研究所が研究を進めておりましたので、いざ事業化という際、既存事業の四輪、二輪、汎用のどの事業も当てはまらず、これも特命、と命じられた訳です。事業化検討チームの一員として、GEとのジェットエンジン合同会社設立検討をやらせていただきました。

2004年から2008年は、また中国を担当しました。その頃には中国の四輪市場はそれなりの事業規模になっていました。苦労して合弁会社を立ち上げたのですが、中国では、外資への知財対価支払いを、政府がなかなか認めてくれないんです。

我々は技術移転をし、合弁会社にノウハウ提供しましたので、合弁会社の共同出資パートナーとしての投資利益に加え、、ライセンサーの立場として技術使用対価もいただかないといけません。それら知財を無償や低価で譲渡すると、二国間の移転価格問題にも結びつきます。

合弁パートナー、および政府に対して、ホンダの持つ知財財産に対する対価を少しでも合理的なレベルで認めてもらえるよう交渉を続けました。手法としてはとにかく根気良く粘り続けるしかなかったので、ほぼ徹夜で粘り続ける場面も多々ありました。

ただ、最後は政府との交渉で、国としてできないことはできないというラインがありましたので、彼らの譲れるところまでは譲ってもらい落としどころを見つけ、実務的に結論をつけました。

(松田)その後ロシアに駐在をされたそうですね。

(中田氏)ロシアの販売現法に2年間駐在しました。ロシアに行ったのは2008年の7月1日だったのですが、その7月1日から8月までの1ヶ月間はまさに薔薇色でした。原油価格が高く、ロシア経済が一番強かった時期だったんです。

販売店のショールームには人が溢れ、Accordを我先に買おうという人がキャッシャーに並ぶという夢のような光景を1ヶ月堪能し、最高な国だな、と思っていたら、翌8月にロシアのグルジア侵攻が始まり、主に西欧諸国からの外貨が一挙に国外に引き揚げられました。

グルジア侵攻に対するアンテナが低かったためすぐにはピンと来ず、1ヶ月程様子を伺っていたところ、今度は9月のリーマンショックが起きたんです。赴任直後の1ヶ月が天国で、2ヶ月目に良くわからない状況の中右往左往していたら、3ヶ月目に地獄に落ちたという、大変濃密な3ヶ月間で、この3ヶ月のことはきっと一生忘れないと思います。

残り任期は、その時注文した車の在庫を処分、資金繰りをし、最後には人員整理にまで踏み込む、という厳しい2年弱でした。

(松田)劇的な3ヶ月間でしたね。その後、カナダに来られるまではどのようなご経歴を歩まれましたか。

(中田氏)その後は直接中国に異動、自分たちが作った合弁会社の営業部長を2年弱勤めました。

2012年に日本に戻り、少しの間中国業務室に在籍後、今度は汎用事業部に異動し、しかも人事担当という初めての役割を与えられ、組織強化や人事政策に携わりました。直近の2年間は汎用製品事業部の中で汎用エンジンを売るように言われ、営業キャリア初の国内営業をすることになりました。

そして、今年2016年の4月にカナダに着任しました。ホンダの中でも二輪、四輪、 汎用の全ての事業に携わった者はあまりいません。ただ、私の前任も全ての事業部での経験があった者だったため、カナダの事業規模から、私や前任者のように色々な経験を積んだ者が役に立つ場なのかと、来てみて感じています。

(松田)本当に様々なことをご経験されていますが、一番印象に残っているお仕事についてお話いただけますでしょうか。

(中田氏)秘書室にいた時に参加した、航空機事業の事業化判断の経営会議のことをお話します。

まず、ジェットエンジン事業に関しては、GEとの共同アセスメントの結果、長期的にはかなり期待できる事業であると判断され、GEとの提携交渉もかなり詰まっていた状況でした。

また、品質確保のためにトレーサビリティは一つの大きな要素ですが、自動車はロット単位で記録をする世界ですが、飛行機の場合は、一点一点の全部品に対して、製造記録がトレースできていなければなりません。

我々が航空機事業に参入することによって、その究極の製造品質ともいえるトレーサビリティを身につけなければならず、それを実現することは、将来必ず、四輪、二輪、汎用、全ての商品の品質向上に役立つ、そのためにも航空機事業は参入の価値がある、という結論が経営会議で生まれていました。

事業化交渉も煮詰まり、トレーサビリティというもの造りに対する寄与も揃っている状況でしたが、経営陣が航空機事業を意思決定事は初めてで、これが一番大きな山場でした。

ホンダは「The Power of Dreams」というコーポレートスローガンがあり、「夢」というものが自分たちを動かす力だと言っていますが、現実的には我々も事業体ですから、夢ばかり追いかけていると永続的で健全な発展はないので、予算をきちんと立て事業をせざるを得ないのが事実です。

ただ、社長、会長、副社長と全員が揃った経営会議の場で、副社長から「これは本当に、ホンダがずっと描いてきた夢なんだろうか」という発言が出たんです。

そして、広報が、本田宗一郎が「空飛ぶぞ!」と宣言していた昔の社報などを出し、皆でそれらを読み、「これはホンダの夢と言って間違いない」と一致し、暫く沈黙が続いた後、「やろう」と社長が決断しました。

本当に出来すぎた話ですが、全社の経営会議で「夢」という言葉があれほど純粋な形で出てきたというのは、今振り返ってもすごい瞬間で、長い会社人生の中で一番感動しました。私はその経営会議に立ち会うことができて、本当に幸運だったと感じますし、決して忘れられない出来事です。

(松田)まるで映画のようで、お話を伺っているだけでもドキドキしました。それでは、中田さんがお仕事を進める上で心がけていらっしゃることはどのようなことでしょうか。

(中田氏)二代目社長の河島 喜好氏の語録の中に「“差”でなく“違い”」という言葉があって、これは私の入社のきっかけにもなったものです。これは二つの意味があり、一つはマーケティング観点から、上を狙うだけではなく戦う土俵を変えろ、皆で同じところを狙っていても数字の争いにしかならないので、質的変換をしよう、という意味です。

もう一つは、人間についてです。人間すべからくあるのは、「差」ではなく「違い」であり、全ての人に様々な取柄や違いがあり、それらの違いを活かして運営をするのが真の経営だ、という意味です。

大学生の私は、どうしても他人と比べて優劣をつけてしまうことがありましたし、コンプレックスもありました。そのため、両方の意味がとても響いたんです。

元々ホンダが好きで応募をしたのですが、ホンダというのは「違い」というのが活かせるんだ、私にも自分の個性や他人と違う部分で生きていく術があるんじゃないか、というのが入社前の非常に強い動機になりました。

私は海外駐在4カ国目ですが、現地アソシエートと仕事をする際、どうしても日本から来た自分たちは教える側、彼らは教わる側という固定観念を持ちがちですが、実際は、彼らはそのマーケットで脈々と仕事をしてきて、我々は外からきてポンっとその上に乗っかっているだけなんですね。

私は「“差”でなく“違い”」という言葉に押されて入社しましたので、上や下というのを極力意識せず、彼らの価値観と我々の価値観の「違い」の中で一番良い方法を見つける、ということが、心がけていることですね。

(松田)プライベートなこともお伺いしたいと思いますが、ご趣味はなんでしょうか。

(中田氏)スポーツは特にしません。趣味も特にないのですが、あえて言うなら「散歩カメラ」ですかね。数年前からデジカメを持って散歩するようになりました。街中で面白いものがあったらさっと取るくらいの気軽なものですが、カメラを持ったおかげで出不精な私が外に出るきっかけにもなりましたし、綺麗な瞬間に立ち会えるのは好きなことですね。

(松田)これまでどのようなお写真を撮りましたか。

(中田氏)トロントに来て1ヶ月目くらいに、チェリービーチに朝焼けを撮りに行ったんです。その後、同じようにチェリービーチに今度は夕焼けを撮りに行きました。

カナダ駐在前の2年間は国内営業で出張が多く、各地の魅力に触発され、2年間、春と秋の京都に通い、桜と紅葉を撮りためました。いい年してやっと日本の美しさに気が付いたんですね(笑)。というところでカナダに来ましたので、今度はカナダの桜や紅葉の写真を撮るのも楽しみです。

あとは、犬、ジャックラッセルテリアを連れてきていますので、犬の散歩でビーチに行ったんですが、カナダにはオフリーシュパークがたくさんあり、なかでもチェリービーチはドッグパークの一部がオンタリオ湖に面しているんです。

繋がれずに湖でのびのびと泳げて、犬も楽しそうですし、飼い主も嬉しいですし、カナダに来て一番良いのはそれかもしれません(笑)。

  
Cherry Beachの朝焼け
   
京都哲学の道にて   目黒川の夜桜

(松田)カナダは4ヶ月目ということですが、今後在住中に挑戦したいことはありますか。

(中田氏)申し上げたように、我々は二輪、四輪、汎用製品とやっていますが、実は私はまだ全ての製品に乗ったり使用したりはしていないんです。まずは全製品と触れ合うこと、特にカナダで人気のオフロード車は、これだけ良い環境ですので乗りこなせるくらいになりたいと思っています。それが自分の趣味を広げることにも繋がれば良いですね。

(松田)最後になりますが、商工会会員へメッセージをお願いいたします。

(中田氏)本年度、商工会理事を務めさせていただいておりますが、トロントの商工会は非常にまとまりが良く、集まりやすいと感じています。

現在は皆で取り組む通商的課題はそれほどクローズアップされていませんが、中国やロシアなど過去の駐在経験から、何かの局面で日本企業が団結して、日本企業の利益が損なわれないよう、権利を政府に主張する必要が出るかもしれません。

一つ一つの会社では届かない意見を取り纏める団体をしっかりと用意しておいて、有事の構えを怠らないようにしておきたいと思っています。

日常で、個社ビジネスが比較的スムースにいっている時にはあまり目立たない存在かもしれませんが、何らかの立場を表明する際には共通の背骨となる団体ですので、会員各社や各個人を含め、活動に関心を持っていただく事が大事なポイントです。

先日商工会主催の医療制度セミナーに参加しましたが、参加しやすいイベントをいくつも企画しながら運営されており、トロントのサイズ感と会員規模が程よく、もちろんこれまでの皆さまのご尽力あってのことですが、トロントの商工会はやりがいある面白い組織に出来上がっていると感じています。

(松田)有難うございます。会員の皆さまに常日頃から関心を持っていただけるよう、事務局もしっかりと活動していきます。本日はお時間をいただき有難うございました。


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