「こんにちは!」新代表者紹介インタビュー




<第141回>
Canadian Kawasaki Motors Inc.
高倉 暁 President

カナディアンカワサキモーターズの高倉社長にインタビューをしてまいりました。オフィスはトロント東部のスカボロー地区で、オフィスには大きな倉庫が併設されています。入口には写真に写っている受注生産の大型バイクを含め様々な種類のオートバイや、選手のサイン入りユニフォーム等がたくさん展示されていました。

元々トンネルボーリングマシーンの設計をされていたという稀有なご経歴や、大変な苦労をされたというイギリスでのプロジェクト、ご家族全員で楽しまれているというご趣味について等色々と伺ってきました。








(松田)御社の事業内容のご紹介をお願いします。

(高倉氏)カナディアンカワサキモーターズは、川崎重工グループのカナダの販売会社です。扱う製品は、オートバイ、ATV、サイドバイサイドと呼ばれるオフロード四輪車、そしてマリンスポーツ用のジェットスキーです。日本、タイ、アメリカの工場にて製造した商品を、カナダの販売代理店に卸しています。

設立は1976年で、今年で丁度40周年になります。社員数は時期によって変わりますが、約40名おります。

(松田)御社の強みや売りはどちらにあると思われますか。

(高倉氏)オートバイのNinjaブランドです。Ninjaブランドは、パフォーマンス(性能)を大事にして、お客様に楽しんでいただくことを第一の目的に、設計部隊と実験開発部隊がチームワークで作り込みました。高性能なものをなるべくお求めやすい価格で提供できるよう、カワサキの技術と思いが形になったオートバイで、カナダに限らず世界中で人気があります。

Ninjaブランドに限らず、その他のオートバイや四輪バギー、そして水のものだとカワサキの登録商標であるジェットスキー、それらのパイオニアとして、お客様に素晴らしい遊びと喜びを提供するパワースポーツビークルをカワサキは今後も作り続けていきます。

(松田)今後注力されたいことはどのようなことですか。

(高倉氏)オートバイについては、当社の主力製品であるNinjaシリーズに引き続き注力していきます。また、今年の3月に、スーパークロスというモトクロスのレースイベントが、トロントのロジャースセンターで開催されました。そのイベントに出していたKXというオフロードバイクにも力を入れています。

また、アメリカとカナダは似た製品が売れる傾向がありますので、アメリカで販売数を伸ばしているSxS(サイドバイサイド)という四輪オフロード車、MULEとTeryxシリーズをカナダでも拡販していこうと頑張っています。

SxSには、スポーツタイプと農作業等にも使えるビジネスタイプがありますので、たくさんのお客様に使っていただくようプロモーションに力を入れていきます。 

そして、ジェットスキーですが、昨年は着任後すぐに気温が下がってしまったため、カナダでジェットスキーを楽しまれている様子をあまり見る機会がありませんでした。今年の夏は多くの方が乗られているという湖畔のコテージエリアや、販売店さんに足を運び、ご要望や改善点等、生のご意見を伺いたいと思っています。

(松田)カナダという市場はどのような傾向があると感じられていますか。

(高倉氏)私は10年ほど前にアメリカに駐在していたのですが、アメリカもカナダも、レジャーを楽しむという傾向が同じだと思います。もちろん、ヨーロッパ等の他国にもそういう傾向のある国はあると思いますが。ただ、アメリカもカナダも広いので各地域の特色によって売れる製品は違ってきます。

面白いことに、カナダでもフランス語圏のケベックでは、お客様が注目する製品が大分違います。ケベックでは、フランスで非常に人気のあるZシリーズというトラディショナルなスタイルのバイクが人気がありますね。ケベックは、アメリカとヨーロッパが融合したような傾向があり、大変興味深い地域です。

(松田)カナダ国内でもそんなに違いがあるとは面白いですね。ところで、カワサキさんと言うと、このライムグリーンのカンパニーカラーが目を引きますが、この色を採用された由来はあるのでしょうか。

(高倉氏)オートバイを売るためには、ただ街の中を走るバイクのみならず、レース用のバイクで性能をアピールすることも大切です。その昔、レース中に目立つように、特色のある色として、車体をライムグリーン色に塗って参戦したのが始まりだと聞いています。

他のバイクメーカーさんもそれぞれカラーを持っていらっしゃいますが、カワサキのライムグリーンは他のどことも被りません。実は、縁起の悪い色だとも言われ、また多少奇抜な色でもありますので、好き嫌いはあるようですが、それを逆手に取って、目立つという意味では正解だったと思います。

また実際のところ、この独特の色が徐々に癖になってくるというお客様は多いようです。私も実家の倉庫に保管してある自分のバイクには、ライムグリーンのアクセントが入っています。当社のほぼ全製品に使われておりますので、このカラーもカワサキの魅力の一つとして、大事にしていきたいと思っています。

(松田)このライムグリーンの車体がトップに躍り出たときはカッコいいでしょうね。それでは、高倉社長のご経歴についてもお伺いしたいと思いますが、ご出身はどちらですか。

(高倉氏)出身は大分県です。「荒城の月」という歌の作曲者 滝廉太郎がモデルにして作曲したと言われている岡城のそばで、周りには山と温泉しかないところで、少年時代を過ごしました。

学生時代は福岡で過ごし、1993年に川崎重工業に入社しました。大学ではマイニングの分野、特に鉱山土木機械について勉強しましたので、それにまつわる仕事をしたいと思っており、またバイクも好きだったため、それらを全て行っている川崎重工業に絶対に入社したいと思っていました。

入社後最初の配属は、希望通り、神戸のプラント・環境カンパニーという部門で、設計の仕事につくことができました。

(松田)ということは、元々はオートバイではなく、重工業の分野にいらっしゃったんですね。

(高倉氏)私は元々トンネルを掘る掘削機、トンネルボーリングマシーン(以降TBM)の設計をしていたんです。特別なものですのでご存じない方が多いと思いますが、このTBMは、小さなところだと下水道、そして高速道路のトンネルや地下鉄のトンネルなど、様々なトンネルを掘る際に使用されます。

10年ほど設計の仕事に携わり、その間に何台も設計しました。一台目は小さな仕事でしたが、二台目は、第二東名高速道路の三車線用のトンネルの先進導坑という準備用の小さいトンネルを掘るためのTBMでした。

三台目は、東海北陸自動車道の飛騨トンネルという、白川郷の近くのトンネルを掘るためのTBMでした。これは直径で約13メートル、長さが10㎞という非常に大きなトンネルで、ジョイントベンチャープロジェクトということで、他社と共同して設計・製作を行い、主要部分の設計は当社が担当しました。

その後は海外のプロジェクトのために、シンガポールやイギリスなど色々な国に出張しました。ロンドンでは、当社のTBMがドーバー海峡の下を通る英仏海峡トンネルのプロジェクトで高い評価を得たこともあり、私はそこからロンドン中心部セントパンクラス駅につながるCTRL高速鉄道用トンネルを掘るためのTBMを設計しました。

トンネルボーリングマシーン(TBM)


(松田)このお写真(上)に写っている3名の女性と比較すると、TBMの大きさは圧巻です。高倉社長は世界中様々なところのトンネル建設に携われていたんですね。

(高倉氏)私が生まれ育った街は盆地なので、トンネルを通るか山を越えるかしなければ他の街にたどり着けなかったので、トンネルには子供の頃から大変親しみがありました。

その頃からトンネルを掘ろうという風に考えていた訳ではないですが。昔から何らかの形で「人の役に立ちたい」と思っていましたので、トンネルを掘ることで人々の生活を良くするお手伝いができることは嬉しかったですね。

カワサキは色々な製品を扱っていますが、このTBMのように縁の下の力持ちと言いますか、皆さまの目の触れないところで役に立っている製品も多々あるんです。

(松田)設計を10年間された後は、どのようなお仕事をされていましたか。

(高倉氏)その後は2年ほど、海外プロジェクトの技術営業として、施工条件に合わせて自分で基本設計したTBMをお客様のところに売り込みに行く仕事をしていました。

営業が主体で、ヨーロッパ、オーストラリア、シンガポール、台湾等に、多い時は毎週のように出張に行きました。お陰様でマイレージもたくさんたまりました(笑)。時々たまるとアップグレードをするのが、辛い出張の中での楽しみでしたね。

最初は設計をするために入社したつもりでしたが、様々な国で仕事をすることになり、お客様だけでなくその国の人たちと接する機会がありましたので、大変勉強になりましたね。

そして、2005年5月にモーターサイクル&エンジンカンパニーという現在の部門に異動になり、現在のこの業務に就いております。そういった意味では、モーターサイクルのビジネスに携わり始めてまだ10年ちょっとなんですね。

(松田)同じ社内とは言え、全く違う分野へのご異動ですが、当初戸惑いはありませんでしたか。

(高倉氏)正直、全然違う仕事ですから最初は戸惑いがありましたが、私は子供の頃からオートバイや車など、エンジンで動くものが大好きでしたし、どちらの仕事もやりがいを感じています。

配属が決まり最初に言われたことは、「海外駐在を念頭に置いておくように、特に英語をしっかり勉強しておくように」ということでした。そうは言ってもそんなにすぐに赴任ということはないだろうと思っていましたが、10カ月後くらいにアメリカ駐在をすることになり、家族共々大慌てでしたね。

しかし実際行ってみると、カリフォルニアのアーバインでしたので、気候は良く日本人もたくさんいて、何不自由なく暮らすことができましたし、多くの方と知り合い色々な体験ができて、私にとっても家族にとっても大変貴重な時間を過ごすことができました。

仕事としては、特に販売を主体に担当しましたので、アメリカ全体のビジネスに関わることができました。当時はメキシコ、ベネズエラやアルゼンチン等への輸出を積極的に行い始めたところで、新興国のマーケットを見ることができ大変勉強になりました。現在も中南米への輸出は続いており、輸出ルートの構築など足場作りをできたかなと思っています。 

そして6年間のアメリカ駐在の後、2011年の3月に日本に戻り、ブラジル以外のアメリカ大陸の販売を担当しました。そして2015年7月にカナダに参りました。

(松田)違った分野で様々な事業をご経験されておりますが、これまでで一番印象に残っているプロジェクトについてお話しいただけますか。

(高倉氏)先ほどお話したCTRL高速鉄道用トンネルのプロジェクトですが、これは本当に長いプロジェクトで、1997年代後半の受注前の準備段階から当社が携わっていました。

私も1年間くらい出張ベースでイギリスに行き、設計・製作から、ロンドンに運んだ後の組み立て・試運転・稼働中のメンテナンスまで関わりました。官公庁向けの案件でしたので、要求事項が多く、納期も厳しく、様々な説明資料の提出を求められたりと、苦労しましたね。

ただ、それらの作業以上に、出張ベースでホテル生活をするのが本当に大変でした。試運転の工場はスコットランドに近い北部の街にあり、昼夜交代で試運転をしていたのですが、6、7月でも夜になるとストーブを焚かないではいられないくらい寒いんです。夏でしたのであまり着るものも持っておらず、結局日本から建設業の方々が着る防寒着を送ってもらいました。

また、イギリスの田舎の何もないところでしたので、食事も食べたいものを食べれる環境ではなく、一般的に「イギリスの料理はあまり…」と言われる理由を正に体感したという感じでした(笑)。

街に唯一中華料理のテイクアウトのお店があったのですが、仕事が終わるのが深夜になってしまったりするとそこも閉まってしまい、食べる物が何もないことは度々ありました。食べ物の話ばかりになってしまいましたが、食事に関しては本当に悲しい思いをしましたね。

そのような環境の中、やらなければいけないことは山積みで、1回の出張期間としては2~3カ月ほどだったのですが、ものすごく消耗しました。帰国の際は本当にヘトヘトで、飛行機に乗ると即座に眠りに落ちて、日本に到着するまでずっと眠り続けていました。

苦労した後に最終的に機械が完成し、トンネルが無事に掘り終わったと聞いた時には、大変感慨深いものがありましたね。ただ、辛い思いはしましたが、ローカルの方とも仲良くなれましたし、官公庁の方とも知り合いになれて、人生においては大変勉強になりました。

カルチャーショックだったのは、こちらの常識が向こうの非常識、と言いますか、「何故わかってもらえないのかわからない」ということはありましたね。理解してもらうために追加で資料を作る必要があったりという苦労もしました。

カナダに来てからカナダ人スタッフとコミュニケーションを取ることを違和感なく進めることができたのは、その頃に苦労をした経験があったからですね。全ての経験が後の役に立つことを身をもって感じています。

(松田)海外での昼夜を問わないお仕事の中、お食事が合わないのは本当に辛いですね。それでは、高倉社長がお仕事を進める上で大切になさっていることはどのようなことでしょうか。

(高倉氏)お客様の声を大事にし、お客様の立場になって考えることです。

TBMという機械はプロジェクト毎に製作されるオーダーメイドですので、お客様の要求事項も多く大変厳しいです。トンネルの大きさ、掘る土壌の種類や質など、様々な条件や要望をお客様と一つ一つ確認しながら設計をする必要があります。
その当時の経験から、お客様の声を大事にしながら作っていくことがものすごく大切だということが身に染みています。

また、TBMは高価ですし特別なものなので、製品だけでなく私自身もお客様に信頼していただかなければいけないと、お客様の立場にたって親身になって話をするように心がけていました。

正直なところ、土壌という自然を相手にしておりますので、どうしても出来ないことも中には発生してしまいますが、そういった点もきちんと説明し、できる限りお客様のご要望に寄り添える解決策を出すようにしていました。最終的に受注をし納品されるときは、達成感と言いますか、大変嬉しかったですね。

そしてモーターサイクル&エンジンカンパニーに営業として入ることになり、現在は販売会社という活動をしております。売っているものは違いますが、お客様の声を大切に、お客様の立場になって考えることを、信念、ポリシーとして日々の活動を心がけています。

カワサキのモーターサイクル部門のテーマは、「生涯顧客作り」です。1台製品を売ってそれで終わりではなく、購入して満足して頂いたら、その方のご家族やお友達、息子さんや娘さんなどに、代々とカワサキのバイクに乗っていただけるような顧客サービスを目指しております。

一人ひとりのお客様へのアフターケアを大切にし、カワサキの製品を愛していただき、将来的にずっとつながっていくことを願って、お客様を大事にしながら一台一台売っていきたいと思っています。

(松田)それでは、高倉社長のプライベートもお伺いしたいと思いますが、ご趣味はなんでしょうか。

(高倉氏)一番好きなのはオートバイや車に乗ることなんですが、それではあまり身体を動かせていなく、まずいなと思い始め、最近マウンテンバイクを始めました。

大分県の高校生の時は自転車通学だったので、毎日片道10㎞、アップダウンのある山の中を漕いでいました。長い坂道を最後まで上りきった時の時の爽快感、達成感が良いですね。

ですので自転車自体は元々好きだったのですが、先日子供のために自転車を買いに行ったところ、身体のためにも自分のためにも、「これはいいな」と思い立ち、私と家内と子供3人の家族全員分を買いました。

(松田)ご家族全員でできるというのが良いですね。どの辺りに行かれるんですか。

(高倉氏)買ったのがまだ寒い時期でしたので、自宅近辺しか行けてないのですが、先日ロッキーマウンテンの方をマウンテンバイクで走り下りるビデオを見たんです。それを同じようにできるかはわかりませんが、家族で行ったら楽しいだろうなと、今後計画しようと話しています。

これから季節もよいですし、何よりカナダは自然が多いところが魅力ですよね。家の庭に少し餌を撒くと、見たことのない野鳥が飛んで来たりしますし、朝自転車に乗ってバードウォッチングなんかも良いかもしれないですね。

(松田)ご家族でカナダの自然を満喫できる素敵なご趣味ですね。これからの暖かい季節を楽しんでください。それでは最後になりますが、商工会会員へメッセージをお願いします。

(高倉氏)私は当社の唯一の日本人駐在員でして、時々心細い思いをすることもありますので、なるべく商工会さんのイベントに参加させていただいて、皆さまと交流を深め、私で何か皆さまのお役に立てることがありましたら少しでも貢献したいと考えております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

(松田)インタビューは以上となります。今日はお時間をいただき有難うございました



戻る   過去の新代表者紹介インタビュ一覧はこちら