「こんにちは!」新代表者紹介インタビュー


<第135回> 
Sleeman Breweries Ltd.
花澤 靖弘 President & CEO

Sleeman Breweries Ltd.の花澤社長にインタビューをして参りました。右手のお写真は、スリーマンさんのトラックと一緒に撮影しました。本社はトロントから車で1時間半ほどのGuelph市にあり、大きな工場も近くにあります。

2015年の2月より赴任された花澤社長のベトナムでのご駐在経験や、スリーマン社のビールブランドについて、学生時代にされていたラグビーのお話などを聞いてきました。

(松田)御社の事業内容のご紹介をお願いします。

(花澤氏)スリーマンブリューワリーズは、皆さんご存知かと思いますが、カナダでビールを製造販売している会社です。現在、社員数は約1100名。ビール工場はカナダ国内に3つあり、一番大きいのがここゲルフの本社工場、あとはBC州に一つ、ケベック州に一つあります。

スリーマンブリューワリーズの創業は1988年、創業者のジョン・スリーマンが創業したクラフトビール会社でしたが、その後カナダ各地のクラフトビール会社を買収して大きくなっていきました。

BC州ではオカナガンスプリング、ケベック州ではUNIBROUEという会社を買収しました。その後2006年にサッポログループがスリーマン社を買収し、現在はサッポログループの100%子会社です。

サッポログループとスリーマン社はそれ以前から業務上の付き合いがあり、主にアメリカ市場に出すための“SAPPORO”ビールを委託生産してもらっていたため、スリーマン社が売りに出るという時にサッポログループにも声がかかり、買収をすることになりました。

(松田)御社がもっているブランドはいくつありますか。

(花澤氏)弊社が今製造販売をしているのは、6ブランドです。“Sleeman”、“SAPPORO”、“UNIBROUE”、“Okanagan Spring”が基本となる4ブランド。

他には、“Pabst Blue Ribbon”と“Old Milwaukee”があります。この2つは元々アメリカのストロー社が作っていたブランドなんですが、ストロー社がなくなる時にカナダでの製造販売権をスリーマン社が購入しました。そのためアメリカにこの商品を輸出することはできないのですが、カナダではスリーマン社が製造販売をしています。

(松田)私、“UNIBROUE”のビール大好きなんです。日本的なビールとは違う、独特の味ですよね。

(花澤氏)“UNIBROUE”は、瓶の中で再発酵をするというベルギータイプのビールで、フルーツを入れたりという作り方もします。全体的に糖度が残っていて甘みがあるビールです。あと乳酸発酵をするため、口当たりが良く飲みやすい状態になっていると思います。

(松田)御社の強みや売りはどちらにあると思われますか。

(花澤氏)スリーマン社は、申し上げたようにいくつかの合併をしてできた会社ですので、それぞれの地域でブランドをもっています。そして、各地域で特徴のあるビールを製造しています。

“Sleeman”はイギリスタイプ、Okanagan Spring”は創業者がドイツ系移民ということもありドイツ系のビール、“UNIBROUE”はベルギータイプ、 “SAPPORO”という日本のビール、そして“Pabst Blue Ribbon”と“Old Milwaukee”というアメリカ系のビール。

それぞれのブランドにはっきりとした特徴があり、商品のバリエーションが多い、多くの方々の好みに合ったビールを提供できるという点は、当社の強みだと思います。

(松田)ブランドとしてはどちらの銘柄が伸展されていますか。

(花澤氏)ブランドとして比較的順調に伸びているのが、“Sleeman”の オリジナルドラフトと“SAPPORO”です。その中でも“SAPPORO”は、ここ数年10数%ずつ伸びています。特に生ビールと500mlの缶が牽引しています。

“SAPPORO”ブランドを、日系居酒屋やレストランなどの日系市場だけではなく、カナダのビールバーやスポーツバーにも入れさせていただいているということで、ここまで伸びているのだと思います。

カナダのバーで、SAPPOROの生ビールのタップをご覧いただいたことがあるかもしれませんが、刀の柄の形をしているんです。それが結構カナダ人にうけていまして、カウンターに刀の柄が並んでいるとインパクトもあり興味を引くということで、喜んで取り扱っていただいています。

また、タップで提供できるアジア系のビールブランドってあまりないんですよね。ヨーロッパですとハイネケン、アメリカのバドワイザー、メキシコのコロナやドスエキスなどはあるんですが、アジアからきているブランドはあまりないので、いくつかある中でアジア系のブランドを一つ並べてみようというニーズもあるようです。

(松田)刀の柄のサーバーも、SAPPOROブランドの広告もユニークですよね。

(花澤氏)当社のマーケティングスタッフが基本的なアイデアを出してつくっています。刀の柄のサーバーのレバーも“SAPPORO”のコマーシャルも、日本人がみたら日本的とは言えないかもしれませんが、“カナダ人から見て日本的”というものを表現しています。

当社の製品は必ずしも日系市場だけを狙っているわけではありませんので、カナダ全体の中で浸透していけるように、ただ日本オリジンであるということはアピールできるような戦略となっています。

こちらの人が考える日本のイメージと日本人が考える和風というものは必ずしも一致しないということですね。日本人が見ると違和感があるかもしれませんが(笑)。

(松田)それでは、今後の目標としてどのようなことを目指していらっしゃいますか。

(花澤氏)一つは、カナダ市場で今以上に伸ばしていくこと、そして二つ目に、アメリカ市場でも伸ばしていくことです。カナダでのマーケットシェアは年々少しずつ上がっており、今年は7.4~7.5%になるかと思われます。当社を買収した当時は5%弱だったので、現在1.6倍くらい伸びております。

カナダのビール市場は、ほぼ伸びがゼロという状態なのですが、その中で他社から少しずつ確保し成長しているということは、胸を張ってよい部分かと思います。ただ、これ以上伸びていくと競合他社の抵抗も強くなると思いますので、市場規模が10倍ある隣国アメリカでの販売にも力を注いでいきたいと考えています。

(松田)それでは、花澤社長のご経歴についてお伺いしたいと思いますが、ご出身はどちらでしょうか。

(花澤氏)出身は千葉県です。生まれてから高校卒業までは千葉県におり、大学は仙台に行きました。大学では農学部に所属して稲の研究をしていました。そしてサッポロビールに勤務していた大学の先輩の勧めもあり、卒業後、サッポロビールに入社しました。

入社後は技術系として工場をずっと回ってきました。最初に群馬の工場、そして名古屋の工場、北海道の工場、九州の工場です。

九州工場では、工場を北九州から大分県の日田というところに移転するというプロジェクトに携わりました。現在は九州日田工場という名称になっていますが、工場建設委員会の立ち上げから工場が稼動し始めて2年後くらいまで勤めました。

その後、焼津にある静岡工場、千葉県船橋市の千葉工場、仙台工場という風に、日本全国の工場に勤務しました。

(松田)本当に全国各地にあるんですね。サッポロビールさんの国内工場は全て回られましたか?

(花澤氏)栃木県にある那須工場だけはまだ勤務したことがありませんが、それ以外は全てですね。

(松田)仙台工場の後は、どちらに行かれましたか。

(花澤氏)仙台工場に勤務した後、ベトナムに新たに工場を作るということで、ベトナムの工場建設に携わり、そして最初の工場長を務めました。それが2011年から2015年の初めまでです。そしてベトナムから直接カナダに来ました。

(松田)ベトナムから直接カナダに来られたんですか?気候も全然違いますよね。

(花澤氏)昨年の2月だったのですが、ちょうど来た日が非常に寒い日で、朝の気温がマイナス25度。ベトナムは出てきた時33度でした。そのときは本当に寒かったですね。

ベトナムは南部のホーチミンだったのですが、冬がないんですよね。1月が一番涼しくはなるのですが、1月の最低気温が20度、最高気温が32度くらいで、まあ暖かいですよね(笑)。暑い時期は最低気温が26度、最高気温が38~39度くらいまで上がりますが、日本的な感覚からいえば、年間を通じて夏なんです。

(松田)一日の気温が50度くらい違ったんですね。身体がおかしくなってしまいそうですね。

(花澤氏)幸い北海道に勤務していた経験があるので、マイナス20度くらいまでは経験がありましたし、雪道の車の運転などは特に違和感はありませんでしたが、直前4年間を夏として過ごしましたので、最初は身体が対応できなかったですね。

(松田)それでは、これまでで一番印象に残っているお仕事についてお話いただけますか。

(花澤氏)印象に残っているのは、九州とベトナムの2回の工場建設ですね。

自分で計画を立てて、スケジュールを組み、人の採用、採用した人の教育、資材の手配、スケジュールとおりに手順を踏み、工場を稼動させ、最終的にビールという製品を作って市場に出荷する、ということを、九州工場の時は約3年、ベトナム工場の時は時間的な制約があったため約1年10ヶ月で行いました。

大変なことも多かったですが、最初の製品が出来た時はすごく嬉しかったですね。

(松田)特に大変だったことはどのようなことですか。

(花澤氏)九州のときも大変でしたけど、ベトナムの時は国の制度も違えば人間の文化も違うので、より大変でした。そういった意味では、初めてのことだったので面白かったという部分もありますね。
一番困ったのは、先進国ではないので、予定通りに物事が進むということがほとんどないんですね。ものを発注するのですが、品目、数量、納期、この3つが全て揃って納品されたことは一度もなかったです(笑)。

(松田)一度もなかったんですか(笑)!?

(花澤氏)常にどれかなにかが欠けていましたね。違うものが入っていたり、20個頼んだはずなのにまだ10個しかできていない、または、期日になっても来ないので連絡したら、「今から出ます」と返事をされたり(笑)、

(松田)それではスケジュール管理もできないですね。

(花澤氏)ベトナムでは当たり前のようですね。だからそれを含んで計画を立てなければいけないようです。日本からすぐにベトナムに行きましたので、日本の感覚がすぐに抜けなくて、そういった意味では非常に苦労しましたね。

けれど、ベトナム人と日本人って外見的にも結構似ているので親近感があり、そしてベトナム人は、日本はベトナムに比べて非常に進んでいる国であるという意識があるので、日本人が教えることに対して素直に聞こうとしてくれました。

(松田)花澤社長がお仕事を進める上で大切になさっていることはどのようなことでしょうか。

(花澤氏)あまり考えすぎず行動に移す、ということを心がけています。
考えないでやるのはダメですけれど、色々な仕事をしていく中で、実際に物事が進んでいくと、事前に想定していたとおりにはいかない、という状況になることが多々あったんです。

それってやってみないとわからないんですよね。いくら調べても経験しないとわからないこともありますし、記録に残っていることも細かい条件次第で変わってしまうかもしれません。

考えて色々な可能性を想定するという作業も必要ですが、無数にある可能性を全部つぶしてそのために行動に移すのが遅くなるくらいなら、やって実際どうだったかというフィードバックを早めにとって修正をしていくことの方が大事なのではないかと思います。

(松田)私は考えて考えて行動するタイプなので、花澤社長を参考にもっと行動に移すようにしたいと思います。それでは、プライベートなことも少しお伺いしたいと思いますが、スポーツは何かされますか。

(花澤氏)学生時代は高校、大学とラグビーをやっていました。30歳代後半を最後にもうプレイはしていないんですが、今でも観戦するのは大好きです。

こっちにいる日本人でも過去にラグビーをやっていた者くらいしか知らなかったと思いますが、昨年の7月にワールドカップの前哨戦としてパシフィックネーションカップがあり、トロントも試合会場の一つだったので、日本代表チームの試合を観にいきました。

その時はワールドカップ前で調整中でしたし、フィジーとの試合で残念ながら負けてしまいましたが。また、イングランドでのワールドカップも毎戦のように観ていました。

(松田)日本代表が南アフリカに勝利した時は日本での注目度もすごかったですね。

(花澤氏)南アフリカに勝った時は、ラグビーをやっていた経験のある者は、みんな信じられなかったと思います。

あの勝利がラグビー界の中でどれくらいすごいことなのか、というのは、ラグビーをやっている人間の方が実感していますし、ラグビーをやっていた大抵の人間は、南アフリカに勝てるなんてこれっぽっちも思っていなかったと思います。今まで試合すらしてくれないような国でしたからね。

(松田)そんなに力の差があったんですか。本当に大快挙だったんですね。

(花澤氏)イギリスやフランス、ニュージーランドなどラグビーの盛んな国の人は一般の方でもかなりびっくりしたと思います。イギリスでの報道の仕方はものすごく賞賛されていましたよね。

(松田)それでは今は何か運動はされていますか。

(花澤氏)ラグビーをしなくなって運動不足で体調がおかしくなったこともあり、今はもっぱらランニングを趣味にしています。ラグビーをやっていたこともあり体重が重いので速くは走れないのですが、週に4回くらい、土日に長く走る時は20kmくらい走っています。

ベトナムの時は駐在員でランニングを趣味にしている者が結構いたので、ランニングクラブを作って所属していました。ホーチミンでは外国人の住んでいる地域はとても狭いので、土日にみんなで集まって一緒に走るということがし易いんですよね。

(松田)結構頻繁に走られているんですね。マラソンもされますか。

 
 Toronto Waterfront Half Marathonにて


(花澤氏)ベトナムの時は、フルマラソンを年に2、3回、ハーフマラソンを年に5回くらい出場していました。東南アジアは国どうしが近く、2時間以内のフライトでいける国ばかりなので、シンガポール、クアラルンプール、バンコク、香港など、他の国のマラソン大会にも出ていました。

LCCが発達しているので、バンコクまで往復一万円とかなんですよ。東南アジアの大会って、日が昇ると暑くて走れないので、スタート時間が朝4時で、8時には終わっているというような時間設定なので、土曜日に行って日曜日の朝走って日曜日の夕方にホーチミンに帰る、みたいなことが簡単にできていました。

カナダに来てからはまだトロントマラソンしか出ていませんが、アメリカも入れればこちらの方が大会の数は多いですから、今年はもっと出場したいと思います。

(松田)今後、カナダ駐在中に挑戦したいことはありますか。

(花澤氏)冬が長いので、冬に屋外で出来る趣味をしたいと思っています。そういう趣味がないと冬に外に出なくなってしまいそうなので(笑)。一つ考えているのは、クロスカントリースキーです。この近くにもクロスカントリー用のトレイルがありますし、遭難してはいけないので、晴れて風のない日にトライしたいですね。

(松田)今年の冬はマイルドそうなので、始めるには絶好かもしれませんね。それでは、最後に商工会会員へメッセージをお願いします。

(花澤氏)おそらく、いつもサッポロビールを飲んで頂いていると思います。ありがとうございます。スリーマンという会社がサッポロビールの子会社でサッポロビールを作っているということを知らない方もいらっしゃるのではないかと思いますが、これからもSAPPOROブランドだけでなく、“Sleeman” “Okanagan Spring” “UNIBROUE”と当社のブランドビールを是非楽しんでいただくよう、宜しくお願い致します。

(松田)インタビューは以上になります。どうもありがとうございました。




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