リレー随筆


語学書の執筆とトロント


広瀬 直子

KAN Communications Inc.


英語を学習されている日本人向けの語学書をこれまでに数冊書かせていただきました。拙著の宣伝になって恐縮ですが、「みんなの接客英語」(アルク)、「日本のことを1分間英語で話してみる」(KADOKAWA)などがあります。
上記の本はいずれも、トロントでの生活で養われた視点なしには書けなかったと思っています。

本の著者としては私の名前が載っていますが、実際の作業は編集者のディレクションの下に行われる共同作業です。編集者と著者はアイデアをブレーンストーミングしながら内容を作り出していくわけですが、その際、互いの視点が一致していなければ、説得力のあるいい本はできません。

「みんなの・・・」と「日本のことを1分間・・・」の編集者はお二方とも、トロントに住んでいた経験があります。私がマルチカルチュラルなトロントに20年間住んで、様々な文化背景の人に関わってきたことは、これから国際舞台で英語を使う日本人向けの語学書の執筆に必要とされる「視点」を持つことに役立ってきたと思います。そして同様の視点を持つ編集者がそれに気づいて、執筆を依頼してくれたのだと思います。

例えば、“ステレオタイプ”の避け方の多くはカナダで学びました。「●●人は賑やかだ」「▼▼人はキチンとしている」といったポジティブに思われるものでも、個々の差を無視して「決めつける」ことは書き物で避けるように努力します。これらは一時代的で、場所も限定されている噂である可能性もあり、ロングセラーにも適していません。

日本人でいえば「働き者」「女性が良く気がついて優しい」などにあたるでしょうか。私も何度も外国人にこれを言われたことがありますが(本人はほめてくれているつもり)、自分がそうでないからでしょうか(苦笑)、必ずしもいい感じはしませんでした。
そして、上記のような本に必須である「日本を客観的に見る」目もカナダに住んでいるおかげで、かなり培うことができたと自負しています。これでもか、というほど日本について英語で語ってきました。

皆さんもご経験があるでしょうが、外国生活では「味噌汁ってどうやって作るの?」「京都ってどんなところ?」と飽きるほど質問されます。しかもトロントでは、イギリスなどの西洋が文化背景にある人に対して答えればいいだけではなく、世界のあらゆる人に理解してもらえるように答えることが必要です。実はけっこうな難題です。

トロント生活が長くなるにつれ、“Miso soup is made with soybean paste and fish broth.” “Kyoto is an old capital with 1,000 years of history.” など、あらゆる文化背景の人にスパっとわかりやすく答える訓練を無意識に積みました(詳細はともかく、おおまかなことが伝わるような言い方ですが)。

言葉はロゴス=論理の産物であり、論理と客観性は切っても切れない関係、しかも英語は私にとって第二の言語。右往左往して一生懸命日本のことを英語で考えて説明するうちに自身が客観的に日本をとらえる目も養われたのかもしれません。

トロント在住の日本人の皆さまもきっと、いつの間にかそんな訓練を無意識に受けておられるはずです。








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