リレー随筆


シャークダイビング


駒形 海彦

Sharp Electronics of Canada Ltd.



極寒の地に暮らすカナダ人は、バケーションと言えば灼熱の太陽を求め、進路を南に取る。

2012年4月。長く厳しい冬が終わった頃、1週間の休暇を取ることにした。「そうだ、カリブに行こう。」

多くのカナダ人と同じく、南国以外の行き先は考えられなかった。

南国に行くのなら、スキューバダイビングは外せない。調べてみると、カリブ海地域には変わり種のダイビングツアーが色々あって面白い。中でも気になったのは、バハマのシャークダイビング。

サメが多く棲息するポイントで餌付けをしているらしい。きっと貴重な経験になるに違いない。全く恐怖を感じないと言えば嘘になる。だが、「危ないのならツアーとして成り立たない。安全に違いない」と自分に言い聞かせ、予約画面をクリックした。

2012年5月1日。バハマの首都ナッソーから車で30分程、予約を入れたダイビングショップに到着。ジョーズみたいな大きいサメの頭のオブジェが壁から突き出していて、客が記念撮影をしていた。

受付でツアー料金の支払いとダイビングライセンスの確認。そして免責書にサインし、そこから先の一切は自己責任となった。免責書に記された自分のサインがいつもと違う形に見えたのは動揺の現れだろうか。

受付の後、レンタルグッズを借りた。シュノーケル、足ヒレ、そしてウェットスーツの基本セット。手渡されたウェットスーツにはザックリ破れた穴があった。そもそもウェットスーツは海中で体温が低下するのを防ぐもの。体の大部分をカバーできていれば、多少の破れがあっても問題は無い。

ただ、この尋常ではない破れはどうやってできたのだろうか。想像を巡らせていると、海に入る前から体温が低下してしまいそうだったので、考えるのをやめた。

10人程のダイビング参加者がボートに乗り込み出航。移動中の船上では、インストラクターから参加者に注意点の説明があった。

・地面に膝立ち。腕組み又は左右の手を握った状態でキープすること。
・海流で体が揺さぶられるが、手を伸ばしてバランスをとってはいけない。
・バランスを崩して倒れそうになっても、地面に手をつかずにそのまま倒れること。
・サメが体にぶつかってきても、慌てないこと。
細かい注意点が続き、参加者達の顔色が変わっていった。

説明を終えたインストラクターが準備をするのを見て目を疑った。細かい金属をつなぎ合わせて作ったスーツを装着し始めたのだ。鎖かたびら。中世の騎士が着ていそうな。指先まですっぽり。頭にはヘルメットをかぶり、準備完了。かたや参加者はボロボロのウェットスーツ。「何でもいいから武器をくれ」と本能的に思った。

遂に潜る時が来た。インストラクターの指示に従いドボンと海に飛び込む。水深13メートルぐらいだろうか、決して深くは無い海底。

サメが3匹泳いでいた。体長2メートルぐらい。自分の体以上に大きいサメを間近に見て、心拍数が一気に上昇するのが分かった。

参加者全員がスタンバイしたところで、鎖かたびらの男が餌の入った金属の箱を持って降りてきた。すると、どこからともなく新しいサメが次々に現れ、一気にその数が20-30匹に増え、それぞれが私たちの周囲をぐるぐると回り始めた。

圧巻だった。サメは数キロ先の獲物のにおいを嗅ぎつけるなんて話を聞くが、それは迷信だと思っていた。

目の前で見るサメの顔は、なんとも不気味だった。目が大きくて、鋭い歯が見え隠れして。
そして、自然の中で生きるサメの体には傷が多い。時代劇や海賊の映画で顔面にえげつない傷跡が入ったキャラクターがたまにいるが、そんなサメもいた。至近距離でそんなサメと目が合った時にはぶるっと震えた。生きた心地がしなかった。

インストラクターが餌箱を開け、鉄の棒を使ってぶつ切りされた魚の固まりに刺して、箱の外に取りだした。パーティーの始まり。サメ達が我先にと餌を目がけて激しく泳ぎ出した。鉄の棒にサメが噛みつく音が響いた。

次々と餌が取りだされる間、じっとしている参加者の間を縫うようにサメが泳ぎ回る。大きなサメは小回りがきかないので体にぶつかることもあった。
不意に後ろからドンと強くぶつかられた時、体のバランスを崩したが、インストラクターの教えを忠実に守り、腕組みの姿勢のままごろんと倒れた。

海底で横たわったまま、「こんな姿で死にたくないな」と考えながら、無力な自分を憐れんだ。数分後、鎖かたびらの男が2,3匹のサメを引き連れながら私の元へやってきて、よっこいしょと体を起こしてくれた。

餌箱が空になった時点でパーティーは終了。サメ達は次の獲物を探しに海の闇に消えていった。緊張から解放された後は、何とも言えない達成感に包まれた。少し寿命が縮まったと思うが、またやってみたい。

それから、1年後。

またあの場所を訪れた。あの時と同じ場所で、あの時と同じように、破れたウェットスーツを手に震える自分がいた。








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