「こんにちは!」新代表者紹介インタビュー


<第107回>
Sumitomo Mitsui Banking Corporation of Canada.
栗原 裕二 社長


カナダ三井住友銀行の栗原社長にインタビューをしてきました。オフィスはトロントダウンタウンのファイナンシャルディストリクトです。栗原社長は2014年4月にブラジルからカナダに着任されました。これまでのオーストラリアとブラジル駐在のお話しやプライベートについてお伺いしました。


(松田)御行の事業内容のご紹介をお願いします。

(栗原氏)カナダ三井住友銀行は三井住友銀行の現地法人で、事業内容は、ご預金、お貸出、為替決済が中心となる一般的な商業銀行業務です。設立は1982年ですので今年で32年間、この地でビジネスをさせていただいていることになります。カナダのオフィスはトロントのみで、現在従業員数は約60名、そのうち日本人駐在員は5名です。

(松田)御行が特に強みだと思われるのはどのようなところでしょうか。

(栗原氏)結果的にということですが、カナダのオイル&ガス企業への融資が、我々にとっては最も大きな比重を占めております。そしてこれは他の邦銀各行と共通になりますが、電力系のプロジェクトファイナンスは日本の銀行がメジャーフェアになっています。

また、カナダの地元の企業へのご融資は先数、金額共に増加しています。近年、日本での資金需要があまり強くないこともあり、当行含む邦銀各行は海外業務の比重を増やしてきています。また、我々は現在不動産系のご融資にも積極的に取り組んでおり、これは特殊な部分であるかと思います。

(松田)不動産へのご融資というのはどのようなことでしょうか。

(栗原氏)大手のデベロッパーや年金ファンド等が開発しているオフィスビル、特に建築期間中の融資です。これまではトロントのみでしたが、カルガリーの物件への融資も昨年スタートさせました。我々のオフィスはトロントのみですが、オイル&ガスの企業はアルバータ州にありますので、担当者が月に1度は足を運び、トロントからでも現地をしっかりと見れるような体制になっています。

(松田)御行が今後力を入れて進めていきたいことはどのようなことですか。

(栗原氏)まず、我々は邦銀ですので、日系企業の皆さんとの関係性というのは使命として最も重要です。進出企業数がそれほど増えていない、そしてオンタリオ州では企業の所在範囲が大変広いので、我々が回りきれていないということもあると思いますが、カナダにはまだお取引いただいていない企業さんがおります。そのため、そういった企業さんとのお取引を更に拡充していきたいと思っています。

またカナダの地元の企業とのお取引でも、様々な業種へとバラエティを増やしていきたいと考えています。

(松田)特に今気になられている産業はありますか。

(栗原氏)特にここというのはありませんが、一般消費者の方が手にされるものを作っている内需系、皆様が目にする小売りや消費に関するものに力を入れていきたいと考えています。カナダでも、先日のBurger KingとTim HortonsのM&Aに代表されるように集約化が進んでおりますので、そういったファイナンスの機会は捕らえていきたいと思っています。

(松田)それでは、栗原さんのご経歴についてお伺いしたいと思いますが、ご出身はどちらですか。

(栗原氏)出身は島根県出雲市です。大学からは東京に行き、1987年に住友銀行に入行しました。当時はバブルの走りで就職に関しても紳士協定が守られ、面接が解禁される8月20日から3日間ほどで内定が決まってしまっていたんです。

そのため、あまり多くの業種に応募ができないという現実がありましたが、大学のゼミやクラブの先輩に銀行に入行された方が多かったこともあり、アドバイス等をもらいながら私も銀行への入行を決めました。

(松田)ご入行されてからは、どのようなご経歴をたどられていますか。

(栗原氏)入行してから27年になりますが、約半分を海外で過ごしています。入行後最初の4年半は国内におり、その後アメリカに留学させていただき1年半ロースクールにて勉強をしました。

帰国後は日本に5年間、その後オーストラリアのシドニーに6年間赴任し、そしてまた日本に戻り4年半、その後ブラジルのサンパウロに5年半、そしてそのまま2014年4月にカナダにきました。

(松田)それぞれどのようなお仕事をされていたんですか。

(栗原氏)日本では、若い頃は海外の拠点を統括する企画部門にいました。ブラジルに行く前の直近の日本では、国内の法人営業をしていました。これまで営業系、管理系の両方を経験していますが、専門職ではなくジェネラリストという感じですね。

オーストラリアでは、主に進出日系企業向けの営業です。私がいたのは1998年から2004年の間で、1998年のアジア危機が収束し中国経済が伸びだした辺りからは、日系企業による企業買収や資源開発への投資が増えていた時期でした。

日本から割りと近く時差もないので、当時のシドニーには現在のトロントと同じくらいの数の日系企業が進出していたと思います。オーストラリアもカナダと同じ大英帝国ですし、気候は違いますが、街や人々の雰囲気がシドニーとトロントは似ている気がしますね。

(松田)ブラジルご駐在の際はどのような体験をされましたか。

(栗原氏)ブラジルはトロントと同じ現地法人という形態で、そこの副社長として営業と管理の全般を担っていました。

ブラジル赴任は、家族を帯同していたこともあり生活としては最初は非常に大変でした。まず言葉の問題。オフィスは英語環境でしたので仕事は問題なかったのですが、街に出ると全くわかりません。多少は日本でポルトガル語を勉強させてもらっていたのですがそれだけでは全く足りず、レストランで食事を注文しても出てくるまで何がくるかわからない、といった状態がしばらく続きました。

また、ご存知のようにサンパウロは日系移民の方がたくさんいますので、アジア系の顔を見ても地元の人間と思うんですね。そして国民性として非常に気さくで親切なため、道を歩いていても買い物をしていても気軽に話しかけてくるんです。ですが、それが最初はとても苦痛でした。

私がシャンプーかリンスかハンドソープか分からないものを必死でラベルを読んでいる隣りでペラペラ話しかけられて(笑)、もう止めてくれ、と外出恐怖症みたいになってしまった時期もありました。そして数ヶ月経過しある程度理解できるようになってくると、やっとブラジル人の気さくさが良いところだと思えるようになりました。

また治安の問題もありました。拳銃を持っての強盗の類は非常に多かったです。それは単純に金銭を求める犯罪で、昼夜問わずいつでも起きるんです。撃たれた方はいませんでしたが、日系駐在員で被害にあった方はいらっしゃいました。そのため、それなりに注意しながら日々行動するようにしていました。

(松田)ブラジルに駐在される方は多いですが、皆様ご苦労なさっているんですね。

(栗原氏)苦労や心配事もありましたが、ブラジルは一方で嫌いになれない国です。実際駐在を経験してブラジルが大好きになる駐在員は多くいます。多分日本人に対する印象が最も良い国の一つであると思います。

それは第一に、日系移民の方々が培われた努力。日系人は嘘をつかない、日系人の小切手は信用できる、という印象をもたれています。

そして第二に、ジャイカ(JICA:国際協力機構)の方たちの支援です。ブラジルは農業大国ですが、大豆の生産でアメリカを抜いて世界一位の産出国になりました。それは、地質としてはあまり良くなかった内陸部をジャイカの技術協力によって地質改良をして生産できるようにしたためです。それを国民の皆さんが知り、感謝してくれているんです。

また、残念ながら私は今年のワールドカップ直前にカナダに来ることになりましたが(笑)、前回の南アフリカ大会の時はブラジルでテレビ観戦をしていました。その時も、日本対ヨーロッパの国の試合の際などは、解説者やアナウンサーがなぜか日本びいきだったりするんです。一方で、“日本人はサッカーが下手”という印象ももたれているみたいですけれどね(笑)。言葉や治安の問題はあっても、色々な意味で日本人にとっては住みやすい国だと思います。

(松田)オーストラリア、ブラジルとご駐在を経験して、カナダの市場、カナダに対する印象はどのように感じられますか。

(栗原氏)ブラジルから直接来たということもあると思いますが、銀行としては安心できる、突然のサプライズがない国だという印象をもっています。サブプライムローン問題が起きたときも、金融システムは全くと言っていいほど影響を受けませんでした。

カナダの金融当局は非常に保守的であり、金融機関をある意味国際水準よりも厳しくコントロールしています。そして各企業の透明性も非常に高いので、一般論として、地元の企業にも安心して貸出のできる国であると思います。

我々のように融資をしている立場からも、突然のサプライズが起きることが極めて珍しいということで、信頼のおける市場だと考えています。

個人的には、過去5年間の冬はサンパウロにいましたので、冬の寒さに恐怖を感じています(笑)。サンパウロでは一年で最も寒い日の気温が8度くらいで、一桁になる日が数日しかありませんでした。

着任前の3月下旬に一度引き継ぎのためにトロントに来たのですが、マイナス10度という日があり、その日は耐え切れないくらいの寒さだったので、冬の到来が怖いです。また冬の休日に何をしたらいいのかというのも心配ですね。

(松田)今年の冬はそれほど寒くならないといいですね。それでは、今までで特別印象に残っているお仕事にはどのようなものがありますか。

(栗原氏)失敗談になりますが、入行2年目の時、支店で始めて営業の担当を持ったときのことです。担当先の中にその支店としてはかなり大きなアパートローンをお借り頂いているお客様がいらっしゃました。

私が担当を引き継いだ時はアパートの建築中という状態でした。ただ、私個人からするとそのローンは前任者の時に終わっている案件ということになります。何しろ初めて担当先を割り当てられ毎日何が何だかわからない状況で、且つ営業の目標もあり、そのアパートローンのお客者へのケアは引き継いで以降余り出来ていませんでした。

そして、数ヵ月後突然そのお客様より、「他行で借り替える」という話があり、実際に借り替えられてしまいました。お客様の様子や話振りによく注意していれば防げたものと思います。この経験はその後の銀行員としての生活に良い意味で大きな影響を与えてくれたと思っています。

(松田)お仕事を進める上で大切になさっていることはどのようなことですか。

(栗原氏)“人の話を良く聞く”ことです。それは上司だけでなく、同僚、部下、海外にいればローカル社員、そしてお客様など、全ての人に対してです。そしてただ聞くだけではなく、謙虚に、固定観念にとらわれないように話を聞くようにしています。

また、拠点のマネジメント及び中間管理職になってからは、出来る限り早く決断する、そして決めるのを恐れない、ということを心がけています。

(松田)それでは、プライベートなこともお伺いしたいと思いますが、好きなスポーツやご趣味はなんでしょうか。

(栗原氏)好きというと野球ですね。カナダに来てメジャーリーグを観れるというのはとても嬉しいですね。子供の頃からプロ野球ファンで、高校まで野球をやっていました。オーストラリアにいた頃は、トロントにもあるような日本人が中心となった野球チームがあり、所属してプレイしていたんですが、それ以降はしばらくプレイしていません。

大学の時はテニスサークルに入っていました。先日錦織圭選手が全米オープンで活躍しましたが、錦織選手は島根県出身でもあるため、昔から気にして応援しており、先日の試合は非常に興奮して観ていました。

(松田)私も錦織選手の試合はテレビで観戦しました。では、今運動は特にされていますか。

(栗原氏)今している運動というと、ゴルフと走ることくらいですね。走るのは、ブラジルの時は毎年リオデジャネイロで開催されるフルマラソンに出場していました。“一度も歩かずに完走する”というのを目標にしていましたので、速いわけではないです。

リオデジャネイロは海岸沿いにある街ですが、往復ではなくスタートから42.195km、ひたすら海岸線を走るというとても気持ちの良いコースなんです。そのマラソンに出るために頑張っていました。最近走っていないのですが、来年5月にあるトロントマラソンに出場できるように冬の間にトレーニングをしようと思っています。

(松田)今後、カナダでやってみたいことは何かありますか。

(栗原氏)今単身ではありますが、夏休みに家族が来たときに、ロッキーに旅行をしました。子供も大学生ですので家族で旅行するのも私がカナダにいる間だけではないかと思いますので、また来てくれたときには旅行をしたいですね。

(松田)それでは、最後になりますが、商工会会員へメッセージをお願いします。

(栗原氏)日本の銀行として、進出されている日本企業の皆様に、少しでも手助けになれるように尽力したいと思っています。是非とも何なりとお声がけいただければ有りがたいと思います。宜しくお願いいたします。

(松田)インタビューは以上となります。どうも有り難うございました





戻る   過去の新代表者紹介インタビュ一覧はこちら