リレー随筆


あるジャズミュージシャンとの出会い


Honda Of Canada Manufacturing, INC  斉藤 尋昭


トロントには短期留学をして英会話を勉強する日本人も数多くいるようだが、人それぞれ
英会話を学ぶ理由や動機はさまざまであるに違いない。私の場合は、ジャズのアルトサックス奏者、ジャッキーマックリーン氏(JM氏)との出会いがきっかけだった。

まだ学生だった頃のある日、友人とジャズのライブを福岡へ聴きに行くことになった。夜の開演までには少し時間があったので、JM氏が泊っているホテルへ会いに行くことにした。アポもなく押しかけて、無謀にもいきなり部屋のドアをノックしたところ、上半身裸のJM氏が出てきて、ちょっとびっくりした様子だったが、すぐに気を取り直したかのように、ホテルのロビーで待っていてくれと指を階下に示す動作をした。

ロビーで待つこと数分、巨漢のJM氏が我々の前にゆっくりと姿を現した。彼は嫌な顔はせず、むしろ、にこやかな表情でレコードジャケットにサインをし、色々と英語で話しかけてくれたのだが、残念なことに、我々はその意味がさっぱり理解できなかった。

ちょうどその時、横を通り抜けて行くアフリカ系の長身の男性を、JM氏が指をさしながら、
「ヒッビーッ」と繰り返し言ったが、それも我々は理解できなかった。

実はその男性がJM氏のバンドでドラムスを担当するビリーヒギンズというミュージシャンだと気付いたのは夜の演奏会になってのことだった。つまり「He is Billy 」と言う単純なフレーズさえも聴き取れなかったのである。

意志疎通ができなかったことに悔しさを感じた私は、ちゃんと英語力を身につけようと決心し、それから一年間、集中して英会話を勉強することにした。毎朝5時半に起きてNHKのラジオ英会話を聴いたり、週1回、教会で英語のバイブルクラスに通ったりと頑張った結果、英語が徐々に喋れるようになり、将来、海外で仕事をしたいと思うようになっていた。

H社に入社後、エンジニアとして、ヨーロッパ、カナダ、アメリカと海外で仕事をする機会にも恵まれ、97年にアメリカ駐在となった。こうやって英語社会で仕事ができるようになったのは、あの出来事のお陰だと感謝の想いを感じつつ、いつかJM氏に再会して無礼をしたお詫びと丁寧に対応していただいたお礼を伝えようと、ずっと考えていた。

05年末頃、私はコネチカット州にあるJM氏のオフィスをつきとめ、電話をしてみたところ
メロネーさんと言う娘さんが応対をしてくださった。私は福岡での出来事と北米で仕事をしている事を説明し、JM氏と再会したいと申し出たところ、後日、Eメールが届いた。

「あなたの想いを伝えたところ父は大変喜んでいて、今は難しいが、いつか再会できることを願っている」という内容のメッセージだった。自分の気持ちをようやく伝えることができたと思ったが、それから数ヶ月後、マックリーン氏の訃報をマスメディアで知ることとなった。

カナダに来て二年。

トロントはジャズが大変盛んで、質の高い生演奏を聴ける機会も多く、そういう意味では、
私にとってご機嫌な街である。これからジャズフェステイバル等イベントも多くなる季節、
更なる良い音楽との出合い、良い人々との出会いがあることに期待をしている。


2012トロントジャズフェステイバル 



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