「こんにちは!」新代表者紹介インタビュー


<第89回>
Kubota Materials Canada Corporation
尼子 晋二 President


商工会会員企業最北端、Orilliaにあるクボタマテリアルズカナダコーポレーションの尼子社長に取材をして参りました。当初の取材予定日はOrillia 地区がブリザードとなってしまい、再調整をしていただいての決行です。クボタマテリアルズさんの取材は3回目ですが、前回取材を行った2012年夏以降、社名変更や新事業の稼働スタートがありました。2013年4月にカナダに来られた尼子社長のご経験、そしてとても活動的なプライベートをじっくり伺って参りました。


(松田)御社の事業内容のご紹介をお願いします。

(尼子氏)当社の設立は1990年、元々この地にあったファラメットという鋳物製造会社をクボタが100%買収し、クボタメタルコーポレーションが設立されました。そして2013年4月、新規事業であるTXAX(ティーザックス)の生産開始予定に合わせて、社名をクボタマテリアルズカナダコーポレーションに変更しました。

社名は変わりましたが、TXAXはまだ稼動したばかりですので、当社のメインの商売は変わらず、主に石油化学メーカーに納める鋳鋼品(スチールキャスティング)の製造です。従業員数は各地区の営業も含め、現在約330名です。

(松田)新事業TXAXの生産がついに開始されたということですが、いかがでしょうか。

(尼子氏)TXAXは、クボタが開発したチタン酸カリウムの粉末で、自動車のブレーキパッドを作るための材料としてブレーキメーカーさんに納めています。
実は当初の計画では、2013年の4月から生産・出荷を開始する予定だったのですが、政府の認可が遅れたため建設も遅れてしまい、11月にやっと最初の出荷をすることができました。これからが正念場というところです。

ブレーキパッドには、新車取り付け用とすり減ったときの交換用の二種類があるんですが、新車用はアメリカで車の売れ行きがどんどん良くなっており、大変良い傾向です。そして最近では、交換用にもできる限り制動性が良く音のならない品質の良いブレーキパッドを選ばれるお客様が増えていますので、我々の材料が交換用でも選ばれてきています。需要としてはこれから大幅な伸びが期待できますが、我々の生産もきちんと追いつかせなければなりません。

マーケットも伸びており、周りの環境も良いのですが、我々が確実に仕事を取り伸びていくためには、まだまだ努力が必要ですね。

(松田)では御社のメインである鋳鋼品(スチールキャスティング)のビジネスについてもご説明いただけますか。

(尼子氏)鋳鋼品(スチールキャスティング)の製造は、遠心鋳造という金枠を高速で回転させその中に溶鋼を入れてパイプにする方式で耐熱特性に優れたチューブを作り、エクソンモービル社やダウケミカル社などの石油化学メーカーに納めています。それが大体売り上げの90%に当たります。

残りの10%は、製鉄業や鉱山業に使う耐熱、耐摩耗の鋳鋼品です。鋳鋼製品のうち、5割以上が遠心鋳造方式で作るチューブで、残りは普通鋳造と呼んでいるのですが、四角や丸など様々な複雑な形状の鋳鋼製品で、砂で作った型の中に溶鋼を入れて固めてばらすという方式で行っています。

(松田)前回取材をした1年半前から、変化はありますか。

(尼子氏)以前のインタビューの際にも前社長の濱田が話していますが、シェールガス革命は近年起きた非常に大きな事象であり、現在は更に注目度、重要度共に高まっています。

我々の主要製品であるチューブは、プラスチックの原材料となるエチレンを天然ガスから精製するエチレン分解炉で使われます。その天然ガスを北米のシェールガス田から出てくるエタンガスに代替すると、かなりコストを削減することができるため、米国では2014年から2020年にかけて7つの新プラントができる計画で、現在プロジェクトが着々と進んでいます。そのため我々のマーケットも需要が高まっており、新プラントが建設開始される今年から再来年にかけて期待をもっています。

(松田)それでは、御社がこれから力を入れてやっていきたいことはどのようなことでしょうか。

(尼子氏)我々クボタのスチールキャスティンググループは、ここカナダの工場以外に、大阪の枚方市にあるマザー工場、5年前に出来たサウジアラビア工場、そして小さい合弁会社ですが中国にも工場を持っています。今現在のカナダのテリトリーは、北米と中南米、そして西ヨーロッパです。

ただ今後は、欧州市場をサウジアラビアの工場に移行し、北中南米に集中していく予定です。北米は、先ほど申し上げたような7件の新設工場以外にも増設のプロジェクトがどんどん進んでおり、一番活気のあるマーケットです。これらの北米の注文をカナダで取り、出来る限りカナダの工場を満杯にして、作りきれない部分を他の製造拠点で作ってもらうというストーリーを描いています。カナダ、日本、サウジアラビア、中国の4つの製造拠点を駆使し、納期やコスト面からも最善の分担をするのがこれからの課題でもあります。

(松田)それでは、尼子社長のご経歴についてお伺いしていきたいと思いますが、ご出身はどちらですか?

(尼子氏)出身は、兵庫県の姫路市です。世界遺産の姫路城があります。高校まで姫路にいましたが、大学は横浜で機械工学を専攻し、卒業後クボタに入社しました。入社してからは11年間、大阪の枚方市にある鋳鋼工場にいました。そして1990年にクボタがここカナダにクボタメタルコーポレーションを設立し、買収したファラメット社の製品を北米のお客さんに販売するため技術的にPRをしていく人間が必要となり、私がクボタのニューヨークオフィスに赴任することになりました。

テクニカルマネージャーというポジションで、枚方から輸出する製品とカナダで製造する製品を同時に売っていました。ニューヨークに3年半、テキサス州のヒューストンに1年半の計5年間駐在しました。このクボタマテリアルは、当時お客さんを連れてきたり、打ち合わせをしたりしましたので縁があり思い出深いところです。

(松田)アメリカに赴任されていた時はどのようなご経験をされましたか。

(尼子氏) ニューヨークとヒューストンの5年間は、私のサラリーマン生活の中で一番充実していた時期だと思います。技術者として一人でお客さんのところに出張をし、もし商品に欠陥があった、壊れたなどのクレームがあると、原因をつきとめてこのように改良をした商品に変更しますとお客さんに説明したり交渉したりと、北米中を走り回りました。大変な思いもしましたが、色々な経験をさせてもらいましたね。

(松田)その後は日本に戻られたんですね。

(尼子氏)枚方工場に戻り、5年間技術グループ長を務めました。そして2002年に営業に異動することになり東京にいきました。2年程営業実務の修行を積んだ後、7年間鋳鋼の営業部長を務めました。その後は大阪本社に戻って事業ユニット長を務めることになり、単身赴任で尼崎に住み一年経ってさあこれから、というところでカナダに来ることに決まりました。カナダに来た日は2013年4月9日です。ちょうど息子の高校入学と同じ日で、その日の朝初めて高校へ向かう息子を見送り、私はその足で空港へ向かいました。息子と同じ旅立ちの日だったのでよく覚えています。

(松田)今までで一番印象的だったお仕事はどのようなものですか?

(尼子氏)東京で営業をしていたときに、シノペック(中国石油化工集団公司)という中国の国有石油企業に、20億円くらいの仕事の営業にいったことは印象的です。北京のシノペック本社にあるものすごく大きな会議場で、営業マンと一緒に購買の重役が来るのを待っていたのですが、「もし安い価格を提示してきたら、俺はこの机をひっくり返して帰るからな」と隣りにいる営業マンに言い、「尼子さん、この机全部あまりに立派でひっくり返すの無理ですよ」なんてやり取りをしていました(笑)。

価格交渉はなかなか厳しかったですが、無事に仕事は取ることができました。その仕事を取った時期の緊張感と達成感はとても印象深く、記憶に残っています。

(松田)カナダに来てどのような印象をお持ちですか?

(尼子氏)クボタマテリアルズは、品質、生産計画、工程管理など、まだ改善の余地が色々ありますし、鋳鋼グループの中で一番市場環境の良いここカナダの生産拠点を上手く回していけるよう、立て直すためにきましたが、なかなか順風満帆とはいかないですね。特にここは田舎でのんびりした人もいるのでトロントとはまた違うと思いますが、仕事の与え方、進捗状況の管理はなかなか難しいです。カナダ人気質を理解すると同時に、一括りにせず各々個人の度合いを考慮しながら業務管理に力を入れていかなければと思っています。

(松田)尼子社長が今までのご経験から、お仕事を進めていく上で心がけていらっしゃることはどのようなことでしょうか。

(尼子氏)社長として心がけていることが3つあります。1つめは、自分の周りにあるものについて何がどうなっているかを常に把握しておくこと。これはエンジニアをしていたときも営業をしていたときも同じですが、今も1日2回は必ず工場内を見回ることにしています。設備が壊れていたり、何か不良があったり、そういった現状や変化を誰よりも良く知っていなければなりません。

2つめは誰に対してもフェアな考え方をもつこと。そして3つめに、意思決定、デシジョンメイキングを早くすること。フェアな考え方を心がけると、ある意味八方美人になってしまうことがあると思うのですが、そうではなくて色々な考えを認めるけれど、その中からさっと決断をするようにしています。

これらは、かつて若い頃に出会ったお客さんで、この人は素晴らしい人だな、と感じた3名の社長さん達から学びました。その方たちがこの3つを身を以て教えてくれたんです。現場にいる部下よりもよく知っていて、偏見をもたず、決めるときはさっと決める。この3つが社長として私の目指すところであり、これを実践しようと常に心がけています。

(松田)プライベートなこともお伺いしたいと思うのですが、趣味や好きなスポーツはなんでしょうか。

(尼子氏)趣味はローイング(ボート)です。私は50歳を過ぎてからボートを始めたんです。川崎の鶴見川で“鶴見川マスターズローイングクラブ”というクラブに入会してからもう7年やっています。カナダはローイング天国で嬉しいですね。Barrieにある“バリーローイングクラブ”に入って、シーズンの間(5月〜11月)は週に3、4回漕いでいました。

シムコ湖で漕ぐのですが、午前10時を過ぎると風が出てしまって波が立つので、ほとんど早朝しかできません。なので、出社前の朝6時から7時の間に漕ぐんですが、明け方に一人で漕いでいるととても気持ちいいですよ。やらない人にはイメージが湧きづらくカヌーとよく間違われるのですが、オリンピックにもあるボート競技です。後ろに向かって進み、手で漕ぐのではなくお尻を前後に動かしながら足を使って漕ぐやつですね。

(松田)イメージ湧きました!あれって、すごく全身が動いてるなと思っていましたが、足を使っているんですね。

(尼子氏)全身運動ですし、全速力で漕ぐ時は結構ハードな運動なんですよ。
シングルスカル(一人乗り)、ダブルスカル(二人乗り)、クオード(四人乗り)、エイト(八人乗り)とあり、日本ではエイトまでやっていたのですが、こっちではなかなか大人は8人集まらずできてないですね。大体その日の人の集まり具合によって人数を決めて漕いでいます。

両側漕ぎと片側漕ぎの違いもあるんですよ。片側漕ぎ(スウィープ)はなかなか人が集まらないので、今はほぼ両側漕ぎ(スカル)ですが、前に生まれて初めてペア(二人乗り片側漕ぎ)をやったんですが、とても難しかったです。前の人が片側だけを漕いで後ろの人がその反対側だけを漕ぐので、二人が全く同じ力で同時に漕がなければバランスを取れずひっくり返ってしまうんですよ。

カナダでは水温が0度に近くなることもありますので、落ちてしまったら3分も持ちませんから、危険と隣り合わせですよね。なので、水温が12度以下の時は一人では絶対に出てはいけない、ライフジャケット、ロープ、笛も常に持たなければいけない決まりになっています。その辺りは日本よりも安全ルールが厳しいですね。私はまだひっくり返ったことがないので、今年の夏はひっくり返った時の起こし方を練習しなければと思っています。

(松田)競技にも出られたりしますか?

(尼子氏)日本ではレースに出ていたんですが、去年はまだこちらにも慣れていなかったですし、どんな競技があるのか分かっていなかったので出ませんでした。今年は“バリーローイングクラブ”のボードメンバーとしてマスターズプログラム担当になったので、レースに参戦してみようと思っています。とりあえずは一勝というよりも完漕が目標ですけれどね。

(松田)カナダらしくて楽しそうですね。ボートがシーズンオフの冬の間は何かされていますか?

(尼子氏)冬場はクロスカントリースキーをやっています。体力増強のためにカナダに来てから始めました。この近くに“ハードウッド・スキー&バイク”というクロスカントリースキーのメッカがあるのですが、こないだのクリスマスイブに講習を受けて、二週間のうちにもう4回やっています。

(松田)クロスカントリースキーをされる方に初めてお会いしましたが、とても体力を使いそうなスポーツですよね。

(尼子氏)体力はとても使いますね。ボートと違って推進力の半分以上が腕の力なので、かなりキツいです。私はダウンヒルスキーは良くやっていたのでバランスはそれほど問題ないのですが、一度バランスを崩してしまうと必ずムダに体力を使ってしまい、その後どーっと疲れるんです。最初に5kmを走ったときは、途中で10回くらい休まないと進めなくなってしまい、その横をカナダ人のおばちゃんがスーッと通り過ぎるのを見てました(笑)。

けれどこの前、4回目に行った時は、まだ速ですが、7kmは休まずゴールすることができました。初心者コースを休まず回ることが今季の目標だったんですが、もう達成してしまったので、次は時間を縮めて行こうと思っています。でもスキー板はとても軽いですし、パッと行って2、3周回って帰って来れるので、ダウンヒルスキーと比べてもとても手軽でオススメです。初心者にはレンタル付き講習会がありますし、トロントからも車で1時間ちょっとくらいで、たくさん来てますよ。是非やってみてください。

(松田)冬場はあまり外で汗をかける機会がないので良いですね。私もやってみたいです。それにしても新しいことに挑戦されていてすごいと思います。

(尼子氏)私は米国にいたときに、バカみたいにゴルフばかりをしていたんです。ほとんど妻をほったらかして年間55回くらい行っていたので、今回はその反省で、ゴルフ以外のことをやっていこうと思っています。ただ、ボートが5月〜11月、スキーは12月〜3月の間なので、間が空く2か月ほど何をしようかな、卓球でもしようかなと考えています。

(松田)休まれることがなく本当にアクティブですね。私も見習わなければいけません。では最後になりますが、商工会会員にメッセージをお願いします。

(尼子氏)カナダの色々な文化やスポーツに皆さんも溶け込んでみて欲しいなということと、当社は商工会会員企業の中で最北端にあるということですが、こんな北の寒いところで 頑張っている企業もあるということをお忘れなく、今後もどうぞよろしくお願い致します。

(松田)インタビューは以上になります。今日は有り難うございました。



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