「こんにちは!」新代表者紹介インタビュー


<第86回>
Mizuho Bank Ltd., Canada Branch
General Manager 霜田 正樹 

今年の4月にカナダに来られたみずほ銀行の霜田支店長にインタビューをして参りました。オフィス所在地は、ダウンタウンのど真ん中、ファイナンシャルディストリクトです。今までご経験された数々の金融業務をじっくりとお話しいただき、銀行のお仕事の幅広さを実感すると共に、単純な私はあのドラマの主人公を思い出してしまいました。霜田社長の優しい口調から、お仕事に対する情熱が伝わってくるインタビューでした。



(松田)御社の事業内容のご紹介をお願いします。

(霜田氏)我々はみずほ銀行のカナダ支店として、日系またカナダ系を始めとした非日系企業の法人のお客様に向けた銀行業務をしております。ご融資、預金、為替資金決済、デリバティブ、プロジェクトファイナンスといったフルラインの業務を提供させていただいております。

カナダにおける拠点の設立は、1970年代の半ばに駐在員事務所として日系のお客様のサポート業務を開始したのが始まりです。その後1982年に現地法人となり、2007年にみずほ銀行のカナダ支店という今の形態になりました。カナダには現在トロントの他にバンクーバーに出張所があり、先々月(2013年10月)、カルガリーにも出張所を開設いたしました。現在従業員は3箇所をあわせて45名、日本からの派遣者は4名おります。

(松田)カルガリーに出張所をつくられたのには、どのような背景があるんですか?

(霜田氏)ご存知のように、近年日本では長期的安定的なエネルギー源確保のために世界中から幅広くエネルギー源を求めており、カナダのAB州やBC州で採掘されるオイルサンドやシェールガスといった北米産のエネルギーも大きく注目されています。またカナダも現在安定した輸出先を求めており、日加双方のニーズが上手く合致することのできる絶好の機会です。そのため日系の商社さんや石油・エネルギー会社さんがカルガリーやバンクーバーにオフィスを構えられたり、またはカナダの現地企業と事業協力をされたりと、数多く進出してきております。

今回我々がカルガリー出張所を構えることで、現地のエネルギー関連企業やカルガリーに進出された日系企業に、より綿密なサポートを行うことができるようになるだけでなく、カルガリーにおけるカナダ企業のオンタイムの情報を把握して日系企業にお伝えしたり、また逆にアジア市場の動きを知りたいという非日系企業のニーズにもお応えすることができるようになります。これらの仕事は日本とカナダ双方のためになると実感する事が多く、チャンスのたくさんある大変面白い時期にカナダに来させていただいたと感じています。

(松田)今後、御行が力を入れてやっていきたいことはどのようなことでしょうか。

(霜田氏)第一に、我々は日本の銀行ですので、カナダに進出している日系企業、そして今後カナダに進出を考えていらっしゃる日系企業が、業務を遂行する上で不便のないサービスを提供していくことは、これまでと同様力を入れていきます。お客様の声をきちんとヒアリングし、お客様の事業計画に沿って必要なアイデアや情報を必要な時にお渡しする事ができるように、そしてお客様が困られたときに必要なサポートを提供できるように、常日頃から準備をしています。

例えばリーマンショックの時のようにマーケットに大きな事象が起きた場合、マーケットからの直接資金調達が不可能になってしまう恐れを未だ含んでいるのが現在の金融市場です。そういった非常事態にも、我々がお客様の事業の継続を支えることができる実力を備え、そしていざという時に瞬時にサービスを提供できる体制を日頃から形成していきたいと思っています。

第二に、みずほ銀行グループは世界中に展開させていただいておりますが、各地で日系企業だけでなく現地企業としっかりとした関係を築いていくように力を入れております。我々はできる限り一社一社のカナダ企業の経営陣の方々と直接お話しさせていただき、ニーズをきちんと把握した上で様々な面から金融サービスを提供し、日系企業と培っているのと変わらない長期的かつ直接的な関係を現地企業と築けるようにと取り組んでいます。特にカルガリーでは、日系とカナダ系のお客様両者のニーズを上手く結びつけることが、双方から喜んで頂ける絶好の機会ですので、注力していきたいと思っています。

また、カナダの銀行がメインバンクとしてカナダ企業と強い関係を築いている中、日本の銀行と取引をしていただく最大のメリットは日本やアジアとのネットワークだと考えています。今後カナダ企業の中でコアバンクの一角という位置づけを築いていくためにも、アジアの情報は我々から得られると安心して思っていただけるよう、その強みをより強化していきたいと思っています。

(松田)それでは、霜田さんのご経歴についてもお伺いしたいと思いますが、ご出身はどちらですか?

(霜田氏)出身は東京です。大学を卒業後、1986年に日本興業銀行に入行しました。最初の配属先は、為替のディーリングでした。青臭いことを申しますが、入行当時は「金融という面から日本の産業を興していきたい」と志して入行しましたので、正直なところ売ったり買ったりというような部署に配属されて大変戸惑いました。体育会系の世界なので怒鳴られることもあり、初めは毎日辛くて毎週日曜日の夜になると気分が落ち込んでいましたね。しかし東京で3年間、その後ニューヨークでも3年間、ディーリングの仕事をし、為替市場に身を置くことで学ぶことは大変大きかったです。

マーケットは自分の力で変えることはできず、常に刻々と変化をし、いつ何が起るかわからない世界です。ニュース、現在の為替の動向、お客様の動きなどから、優先順位を考えて対応していくのですが、何か新しいことが起きると全く違う世界になるので、さっきまで正しかったものがある瞬間から逆転してしまうこともあります。そうなると今までの考えは全て消し去り、今ここから正しいものはなにか、と常に変えていかなければなりません。慣れるまでは大変でしたが、こだわらずにぱっと過去を捨てて今大切なことに取り組む、お客様にとって銀行にとって本当に今大切なことは何なのかということをチームの皆で考え続けるという状況はその後の仕事にも役に立つ大変良い経験でした。

(松田)方向性を逆転させるというのはお話しで聞く以上に難しそうですね。その後はどのようなお仕事をされましたか。

(霜田氏)その後は全く毛色の違う審査部というところに配属されました。お客様へのご融資の判断をするのではなく、お取引先の事業や企業体質、業界などについて1~3ヶ月間勉強をし、第三者の目線からアドバイス、フィードバックをさせていただくという業務です。メーカーさんであれば工場、小売さんであれば店舗、従業員や同業他社、販売先や仕入先、最後は社長さんまで面談をさせていただきました。もちろん数ヶ月勉強をしただけの私たちが、長年会社のことを考えていらっしゃる方々に敵うわけはないのですが、社外からのヒアリングや同業他社との比較をし、社内からは分からない強みやウィークポイント、外部からの評価やネガティブな意見などを、客観的な観点からお伝えできるようにと取り組んでおりました。

どうしたら一番喜んで頂けるか、どうしたら「今日は為になることを聞けたな」と一つでも思っていただけるか、それを常に考えておりました。単なるご融資というお金のやり取りのみではなく、銀行がお役に立てることを様々な観点から考える、ということを勉強させていただく良い機会になりました。

(松田)そしてニューヨークにご赴任されたんですね。ニューヨークではどのような業務を担当されましたか。

(霜田氏)ニューヨークでは、為替の仕事を3年、日系のお客様の担当を3年、と計6年間いましたが、視野の広がる貴重な経験をしました。

日系のお客様を担当していた時は、ちょうど90年代後半で日本に経済危機が起きた頃でした。日系企業は外貨の調達がなかなかできず、我々銀行も資金調達の際にジャパンプレミアムという追加コストを取られる上そもそも多額の資金調達ができない、そしていくつかの日系銀行はNYから撤退してしまい、お客様は本当に悲鳴をあげるほどお金が足りない、という状況になってしまったんです。そのような状況の中、我々はどのようにお客様を支えられるかを真剣に考え、欧米でスタンダードなシンジケートローンを日系のお客様に行っていただくように試みました。当時の日本の状況下、日系企業にお金を貸す価値を欧米金融機関に分かっていただくのは簡単なことではありませんでした。

お客様と協力して分厚い説明資料を作って、この日本のお客様がどれほど良い会社なのかということを、欧米の金融機関に一つ一つ説明に行きました。他には、これも欧米では一般的であった、会社の資産をベースに証券化をして資金調達をする、ということを日系のお客様にも適用してもらえるように取り組み、いかに欧米で安定したお金を確保できるか、ということに尽力しました。我々銀行も生き残りが危ぶまれる死に物狂いの状況でしたが、逆に考えると平常時では経験できない中身の濃い3年間を過ごすことができました。

その後日本に帰国し、11年間ほどポートフォリオマネジメントをやらせていただきました。世界中で銀行が破綻するという事実が起きているように、例えば世界のどこかで金融危機があった場合、あるいはある産業での大きなトラブルなど、様々な要因によって銀行も経営難に陥る可能性があります。あのドラマではありませんが、銀行自体が苦しくなったためにお客様への融資ができなくなってしまうことがあってはいけません。マーケットの変動に只振らされるだけでは、一緒に悪い状況に陥ってしまうことになります。

そこで、何かあったときもお客様に安定的なサービスを継続できるよう、いざという時のセーフティネットとして機能できる銀行を目指すために、金融市場との間に立って銀行全体のキャピタルをコントロールすることで安定的な経営を確保するために働くのがポートフォリオマネジメントです。特にリーマンショックが起きた時は、世界恐慌の中でいかにお客様に安定的なサービスを供給できるかということに尽力し、大変やりがいのある仕事でした。そして、今年の4月にカナダに参りました。

(松田)銀行の業務には本当に色々なお仕事があるんですね。霜田さんが、お仕事をされる上で心がけていらっしゃることはどのようなことでしょうか?

(霜田氏)お客様にどれだけ役に立つことができるかということは常に念頭に置いています。私は通常のご融資以外にも様々な業務をさせていただきましたので、お客様とお話しをするときにも、マーケットの見通しや、経営のアドバイス、ポートフォリオマネジメントをしたときに培った投資についての考えなどをお話しさせていただいたりと、色々な場面で今までの経験が生きてきているかなと思います。支店の中でも皆にいつも話していますが、そのような情報提供も含め、お客様が何を望まれるか、お客様が気付いてないとしてもどういうことをしたら良くなるか、ということを常に考えながら仕事をするように心がけています。

(松田)カナダは8ヶ月目ということですが、ニューヨークにいらっしゃったときと比べてカナダにはどのような印象をお持ちですか?

(霜田氏)もちろん人それぞれ違いますので傾向ということですが、アメリカ人のほうが狩人的といいますか、NYの金融マーケットには「俺が俺が」と自己主張が強い者が多かったです。それをどうまとめるかというところに策を練ったこともあったのですが、カナダ人からは皆で協力しようという姿勢を感じます。日本人に近いと感じる部分も多く、仕事はやりやすいですね。

(松田)プライベートなこともお伺いしますが、ご趣味はなんですか?

(霜田氏)読書が好きですね。あとは山登りやハイキングを学生の頃からやっていました。あまり高い山や冬山ではなく、夏に奥多摩とか日本アルプスなどに登って自然や景色を楽しむのが好きですね。今はもうやりませんが、若い頃はテントを背負って登って、風呂も入らずに一週間とか山で過ごしたりしましたね。

(松田)カナダでもキャンプは人気のアクティビティですので、是非またやってみてください。では、お休みの日はどのように過ごされていますか?

(霜田氏)夏の間はここ十何年間していなかったゴルフを久しぶりに再開しました。他には、近所をジョギングしたり、散歩に出かけたりですね。あまり活発な方ではないんです(笑)。けれどカナダは私の好きな大自然の宝庫ですし、今後はハイキングなどにも行きたいと思っています。カナダには素晴らしい自然があると伺っていますので、夏に行ければいいなと思っています。

(松田)それでは、最後に商工会会員へメッセージをお願いいたします。

(霜田氏)まだカナダに来て半年強で、自分の会社のことで精一杯ということはあるのですが、これから徐々にカナダでの日系の会社としての務めを果たしていきたいと思っています。また直接の業務ということに限らず、視野を広げてやっていきたいと思っていますので、引き続きどうぞ宜しくお願いいたします。

(松田)インタビューは以上になります。本日はどうも有り難うございました。



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