リレー随筆


エアラインオタクの夢の島(セント・マーチン島)

ホンダ トレーディング カナダ 水口 浩太郎


私は幼い頃から父親の仕事の都合上 海外生活が永く、必然的に飛行機に乗る機会が多い方であったと思う。生まれた場所が日本ではなかったので、生まれたと同時に飛行機に乗りはじめた言っても過言ではない。それでも常に飛行機に乗る事は、子供心に胸が高まる特別なイベントであった。それは、見知らぬ土地での新たな発見の始まりであり、新天地への扉そのものだったからだ。

大人になって日常的に飛行機に乗るようになった今でも、その興奮は薄れていない。出発前の慌しい雰囲気、ジェットの爆音、機内にいても感じる燃料の匂いが大好きであり、飛行機に対する興味は尽きることがない。そんな訳で、私は物心ついた時から飛行機オタクをやっている。

一口に飛行機オタクと言ってもそのジャンルは幾つかある。戦闘機が好きな人、民間機が好きな人、写真を撮るのが好きな人、CAが好きな人(これは直接飛行機には関係ないが)etcetera・・・。私は平和主義者なので、民間航空機が対象で、敢えて名付ければ「エアラインオタク」と言う分類であり、特に軍事関係の「戦闘機オタク」とは区別されたいと勝手に願っている。

そんなエアラインオタクにとって、いつかは訪れたい夢の地がある。それは、カリブ海に浮かぶセント・マーチン島だ。

日本ではエアライン関係の雑誌で頻繁に取り上げられるものの、一般的な旅行案内には登場しないのではないかと思う。そもそも日本から行く為には、成田⇒シカゴ⇒マイアミ⇒セント・マーチンと乗り換える必要があり、優に20時間は超える長旅になってしまうからだ。

なぜセント・マーチン島がそんなに特別なのか。

それはその島唯一の国際飛行場プリンセス・ジュリアナ空港の9番滑走路にある。そもそも島に平地があまり無いことから、その滑走路は海岸線まで突き出しており、滑走路の先端から海までは10メートルほどしかない。驚くのは10メートルしかないその幅の中の海岸(浜辺)が海水浴場として開放されているところだ。その浜辺では、飛行機が着陸する時は海水浴客の頭上スレスレを通過し、離陸の時はジェット噴射が海水浴客を直撃する。

私自身も昨年の12月に、ついにこの島への上陸が実現した。目指すは9番滑走路先端に位置するマホ・ビーチだ。

着いてみて驚いたのは予想以上にビーチが観光地化している事。ビーチの横にはサンセット・ビーチという名前のバーがあり、立て看板には「本日の発着便スケジュール」とばかりに便名と航空会社が時間ごとに掲示されている丁寧さ。

やはり頭上スレスレに飛ぶ飛行機の迫力は予想以上だ。遥か彼方に見える黒点のような機体が、接近して頭上を超えるまで僅か2分。頭上を超える時は爆音と爆風で髪の毛が逆立つほどだ。しかし私の最大の目的は離陸時の機体の後方でジェット噴射を受けて、体ごと海中に吹飛ばされること
(実はジェット噴射そのものは、よほど接近していなければ高温ではないので火傷することはない)。

大型のジェット旅客機が離陸するタイミングまで1時間程待たされたが、待ちに待ったBoeing 737 型が離陸の為にエプロンからメインの滑走路に入ってきた。 大勢の海水浴客が飛行機の後方に並んで待ち受ける。ビーチと飛行機を分けるのはちっぽけなフェンスひとつであり、フェンスの向こうではジェット噴射口が今かとばかりにこちらを向いている。

爆音とともに猛烈な風が吹き付けてきた。浜辺の砂が体に当たってかなり痛い。全く目が開けられない状態で、周りの人達が逃げ惑いながらぶつかり合う始末。私は直撃を逸れてしまったが、数人の人が海中に投げ飛ばされるのが見えた。でも皆歓声を挙げて大喜びだ。もともと呆れてついてきた家内もこの時は興奮気味。私は長年の夢が叶って大満足であった。

飛行機が好きな人も、そうではない人も、この体験はお勧めしたいと思う。カリブのコバルトの海へジェット噴射に押されてダイブ。なんて非日常的な体験だろうか。カナダ生活4年にして実現したセント・マーチン島は、期待を裏切らないエアラインオタクの夢の島であった。



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