「こんにちは!」新代表者紹介インタビュー


<第83回>
Noritake Canada Limited
Vice President 島田 淳


ノリタケカナダの島田氏にインタビューをして参りました。オフィスはマーカムです。世界中で一番広い!というノリタケさんのショールームを拝見し、素敵なカップ&ソーサーでコーヒーを頂きながらのインタビューに気分があがります。島田さんの中近東、ドバイでのユニークなエピソードと国による需要の違いなどをたっぷりと伺ってまいりました。


(松田)御社の事業内容のご紹介をお願いします。

(島田氏)ノリタケカナダの設立は1968年5月で、主な事業は食器の卸販売です。販売先は、The Bayなどの百貨店、食器の専門店や小売店、他にはホテルにも納めています。昔はエアカナダの航空機内食器としても納めていたのですが、2000年代に終了しました。また以前は電子事業部という蛍光表示管、分かり易く言うと電子レンジの時間等を表示する部分を製造販売する事業部があったのですが、2009年に撤退し、現在は食器事業だけとなっております。

社員数は、日本人駐在員は私1人で全部で6名、プラスで4名のセールス担当がおります。事業拠点はカナダではここトロントのみです。

(松田)日本のノリタケさんは今年で創立110周年ということで、大変長い歴史をお持ちですね。

(島田氏)ノリタケカンパニーリミテドの設立は1904年です。開国直後、日本と欧米では金と銀の交換レートが違ったため、日本から金がどんどんと海外に流出していました。日本から失われた金を取り返すにはどうしたらよいのか、とノリタケの創業者の森村市左衛門公が福沢諭吉に相談したところ「それは貿易をするしかないよ」とアドバイスがあり、森村氏は当時の日本が海外に輸出できる品として和食器や骨董品といった陶磁器の輸出を開始したんです。次第に、海外では食事をする際に美しい洋食器をたくさん使っている、それを作れないかということで、洋食器の製造に着手したのが今のノリタケの始まりです。ノリタケというと繊細な洋食器というイメージがあるかと思いますが、実は日本から失われていった金を取り返したいという思いが創業の発端であり、結構たくましいものだったんです。

今ノリタケには工業機材、セラミック、エンジニアリング、食器の4事業部ありますが、全ての事業部が食器の製造から派生したものです。工業機材事業部は研削砥石を製造販売しているのですが、それは食器製造する際に、食器の裏側のテーブルに接する部分をキレイに仕上げるために使う砥石を自製化し、やがて外販を始めたことから生まれた事業部で、現在ノリタケグループの中で最大規模の事業部です。

そしてセラミック事業部は、先ほど申し上げた蛍光表示管を製造・販売しています。食器の画柄は、転写紙と呼ばれるシールのようなものを白生地と呼ばれる無地の食器に貼って焼き付けることで生まれるのですが、その転写紙を製造する技術が電子回路の基板の印刷に使えるということで発生しました。エンジニアリング事業部は、焼成炉や乾燥炉を製造・販売しているのですが、もともとは自社内で陶磁器を焼くときに使う炉から始まった事業です。多くの方に意外だといわれるのですが、実は現在食器部門はノリタケグループ全体の売上の10%ほどの比率です。しかしやはりノリタケのルーツの事業ですので、大切に守っていかなければなりません。

(松田)いま一押しの商品はありますか

 
BOB WOWシリーズ 
 
cher blancシリーズ 


(島田氏)今北米で一番人気があるのがBOB WOW(Black On Black, White On White)というシリーズです(写真上)。白地に白で、黒地に黒で模様を描き、アメリカで8種類、カナダで4種類の違った絵柄を販売しています。非常にシンプルですので食卓で白と黒を組み合わせていただいたり、使いやすい、日常使いにお薦めの商品です。

もう一つは、cher blanc(シェールブラン)というノリタケが白さにこだわって生地から開発した白磁器のシリーズです(写真下)。見た目だけではなく、大変薄く軽く出来ており、カップにコーヒーを入れると絶妙な重さになるんです。是非お手にとっていただきたいですね。こちらは日常使いにも、特別な場面でも使っていただける商品です。



(松田)今後会社として力を入れてやっていきたいことはどのようなことでしょうか。

(島田氏)まず一つ目は、百貨店においてノリタケのプレゼンスをもっと上げることです。そして二つ目に、専門店や小売店といかに共栄していけるかということを考えていきたいと思っています。正直なところ、世界中で食器屋さんというのは廃れてきているんです。食器を購入するのは専門店ではなく、百貨店やスーパーマーケット等の大型店舗で、というのが世界的な傾向です。その中で、カナダにはまだまだたくさんの食器専門店があり本当に驚きました。

William Ashleyという食器専門店がダウンタウンのヤングブロアにありますが、あんなに良い立地の大きなスペースにほぼ食器のみを扱う専門店があり、食器を大切にする文化が残っているということが大変嬉しいですね。そのような長年代々と続いている専門店や小売店の皆様がずっと楽しんで商売を継続できるように、ノリタケは最終消費者が買いたくなる食器、少し高価でも買う価値があると思ってもらえる魅力のある食器を供給し、共存共栄していきたいと思っています。

そして最後にノリタケカナダの存続です。食器事業だけで販社を存続させるのは難しさもありますが、食器を大切にするカナダにノリタケの販社を持つことの意義を本社にも示し、従業員のためにも、ノリタケカナダを存続させていきたいと思っています。

(松田)それでは島田さんのご経歴についてお伺いしたいと思います。

(島田氏)出身は愛知県の岡崎市です。大学は東京に行き、就職と同時に地元に戻りました。愛知県はものづくりの街でメーカーが多いこともあり、メーカーに就職したいと思い1992年にノリタケに入社しました。入社時は総務部希望だったのですが、食器事業部の海外営業部に配属され、1997年までは東南アジア、その後は2001年まで中近東を担当し、2001年にドバイに駐在員事務所を作るために赴任し、5年いました。その後2006年~2007年は日本に戻り、2008年に7ヶ月ほどスリランカの工場に行きました。

そしてその後また海外に行って営業をするぞ!と思っていたら、突然2008年の12月から法務部という全く畑違いの部署に行くことになりました。2012年4月からは法務課長を担い、法務課長2年目に次は何をしようと思っていたら、2013年4月から食器事業部に戻ってカナダに来ることになりました。

(松田)今までで一番印象に残っているお仕事にはどのようなものがありますか。

(島田氏)ドバイに駐在員事務所を作ったときは、本当に何もなくゼロから作り始めたので大変だったと共に貴重な経験でした。事務所を立ち上げる前は、新商品の発表がある半年に1度、新商品のサンプルを持って、中近東各国、トルコ、ギリシャ、キプロス、イスラエルまで10数カ国を2ヶ月くらいかけて売り歩くという、まるで「富山の薬売り」みたいな販売方法でした。そしてまた半年後新商品のサンプルを持って渡り歩くという風にしていたのですが、それでは効率が悪いということで、駐在員事務所を作ることになり、そのエリアの経験がある私がどこに事務所を作るかから考えることになりました。

そして、当時は日本でもまだ無名だったのですが、ドバイが一番良いだろうと決め、企画書を作り、そしていざドバイに駐在員事務所を作ることが決まると、今度は一人でドバイに渡り、事務所探しからオフィス機材の購入、住居探し、車のリース等も全て自分でやりました。初めの一年間はアシスタントを雇うこともできず、本当に私一人だったので、今思うと苦労しましたね。
事務所開設時は、机一つなかったのでIKEAで机を買って自分で組み立てたりしました。 事務所の前には広大な砂漠が広がっていたのですが、東側だったので、夕日の沈む砂漠なんてロマンチックな状況ではなく、ネジを廻しながらふっと顔を上げると、只々砂漠がどんどんと暗くなっていくんです。何だかとても悲しい気持ちになって、忘れられない情景ですね。しかし仕事としては、当時はちょうど原油高で他の市場では営業に苦労する中、中近東市場は原油高が追い風になり、私が赴任していた5年間で売上げが3倍ほど伸びまして、忙しいものの楽しく充実した赴任でした。

(松田)当時はドバイにはあまり日本人はいらっしゃらなかったんじゃないですか。

(島田氏)私が赴任した2001年当時は、日系企業は75社、日本人は家族も含めて700名弱しかいませんでしたが、私が帰る2006年の4月に2000名まで増えたそうです。700名以下というと、大体の大人は知り合いでしたね。皆で助け合うという雰囲気があり、ビールの貸し借りをしたこともあります(笑)。ドバイはイスラム教国家のため、お酒を買える場が限られており、皆出張などの度に空港の免税店でビールを買えるだけ買って家にストックしていました。お酒を飲めるレストランも限られているので、出張者が来ると自宅に招いて食事をすることが多かったのですが、その時にストックがなくなってしまうと、同じマンションに住んでいる他の日系企業の駐在員に「今度出張の時に買って返すから」とお願いしてビールを貸し借りし合っていました(笑)。

仕事は楽しかったですが、生活面ではストレスの溜まることも多かったですね。ドバイにいるアラブ人もインド人も列には並ばないし運転は荒いし、イライラすることは多かったです。けれどその分かえって大らかになったようです。カナダに来て、前任者に「カナダ人の運転は荒いから気をつけるように」と言われていたのですが、ドバイに比べるとカナダの運転はとても安全でマナーがいいと感じます。それを妻に話したら、「あなたの基準が低いのよ」と言われたのですが、妻がカナダに来たら「カナダの人はスーパーのレジでもちゃんと列に並ぶのよ!」と喜んでいたので、我々はお互い基準が低いな、と笑い合いました(笑)。いかにドバイの生活がストレスフルだったのかと思いますが、妻にもカナダの生活を楽しんでもらえそうなので、良かったなと思っています。

(松田)カナダの生活にはすぐに馴染むことができそうですね。各国でお仕事をされていて、国によって食器の好みに違いは感じられますか?

(島田氏)結構顕著にありますね。中近東は、やはり“金”が人気なんです。当時欧米ではプラチナがブームだったのですが、それを持っていくと、ここを金に変えたら買うよ、とか言われました。
カナダ、特にトロントはもしかしたらニューヨークよりもと感じるほど、コンテンポラリーなデザインが好きですね。私も初めはカナダっぽい自然や動植物のモチーフが人気かと提案をしたのですが、カナダ人バイヤーには見向きもしてもらえませんでした。結構保守的なイメージが強かったのでこの点は意外でしたね。またアメリカでは食器を大切にする文化が失われている感じがしますが、カナダではイギリスの影響が残っているためか、質の良い食器を求める場面が残っている気がします。ケベックはやはりフランスの影響がありますね。

正直なところ、私は中近東で金色と唐草模様のごてごての食器を売っていましたから、カナダのコンテンポラリーな感覚に合わせるのはまだ難しく、カナダ人にも分かっていないと言われてしまっています(笑)。

(松田)それでは、プライベートも少しお伺いしたいと思いますが、好きなスポーツは何ですか?

(島田氏)スカッシュが好きです。中学高校と軟式テニスをやっていたのですが、社会人になってから体を動かす機会が減ってしまって、何か始めよう、でも今さら硬式テニスでもないよな、と考えたときにたまたま会社の近くにスカッシュクラブがあり、そこで始めました。そのスカッシュクラブは個人経営で、オーナーがスカッシュコートを作ったのですが、一緒にプレイする人がいない、ということで、自分のプレイ相手を探すためにスカッシュクラブとしてオープンしたんです。そんな経緯もあり、同好会のようで雰囲気が良く楽しかったですね。

スカッシュのラケットって、名古屋ではで売ってる店舗がほとんどなく、ほぼ通販でしか買えなかったんです。ところがドバイでは人気のスポーツで、スポーツショップでずらっとスカッシュラケットが並んでいて、手にとって選べることが嬉しくてたくさん買いました。残念ながら、ドバイから帰国したらそのスカッシュクラブが閉鎖になってしまっていて、最近はやっていませんでした。聞いたところによるとカナダにもスカッシュコートがあるそうなので、また始めたいと思っています。室内だから冬でもできますし、カナダ向きのスポーツだと思うんですよね。運動量はテニスの3倍といいますので、結構激しいスポーツなんですよ。

(松田)それでは、今後カナダでやっていきたいことはどのようなことですか?

(島田氏)妻もカナダに来ましたので、一緒にメープル街道などの観光にいきたいと思っています。犬を飼っていますが、カナダってペットに優しい国で、犬を泊められるホテルもたくさんあるので、犬を連れて旅行に行きたいです。あと、せっかくなのでイエローナイフなどにオーロラを観に行きたいと思っていたのですが、知り合いからカナダから行くより日本から行く方が安くて簡単なんだよと聞きまして、とても残念な気持ちです。でもそれ以外にもカナダには綺麗なところがたくさんありそうですので、自然を楽しむ旅をしたいと思っています。

(松田)最後になりますが、商工会会員へメッセージをお願いします。

(島田氏)毎日使っているのとは別の食器でコーヒーや紅茶を楽しむ時間というのもたまには良いと思います。特にカナダというのは食器を大切にする文化の残っている国なので、ノリタケに限らず、本当にたくさんのブランドの食器を手に入れることができます。絶対に気に入った食器を見つけることができると思いますので、お気に入りのカップでコーヒーや紅茶を楽しむ時間を是非試してみて下さい。

(松田)インタビューは以上になります。どうも有り難うございました。



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