「こんにちは!」新代表者紹介インタビュー


<第78回>
Transfreight Inc.
白石 大二郎 VP- Corporate Planning

三井物産100%子会社の物流会社、トランスフレイトの白石氏にインタビューをして参りました。オフィスの所在地はキッチナー。商工会事務局からは約1時間30分のドライブです。多趣味なスポーツマンでもある白石さんは、会社のことから趣味のマラソンのことまで大変楽しく分かり易くご説明下さいました。


(松田)御社の業務内容のご紹介をお願いします。

(白石氏)トランスフレイトは、一言で言いますと物流会社です。物流会社にも様々な種類がありますが、トランスフレイトは、自分たちでトラックや倉庫等を所有して事業を行う、アセットベース型物流会社と呼ばれます。お客様からお荷物をお預かりし、自社アセットを活用して目的地までお届けするという業務を行っています。

(松田)会社の設立はいつですか。

(白石氏)会社の設立は1988年です。トヨタさんがケンブリッジ工場を立ち上げる際に、三井物産にお声がけをいただき、工場稼動後の物流のお手伝いをするために会社を立ち上げました。お客様は製造業の方が多く、特に自動車産業に関連する会社が中心となります。自動車メーカーや自動車部品メーカー、レクリエーショナルビークルメーカー、あとは産業機械メーカーなどに部品をお届けしています。

(松田)御社の拠点はどちらにありますか。

(白石氏)トランスフレイトは三本社体制という体制を取っており、カナダ、アメリカ、メキシコの三カ国それぞれに本社を持っています。カナダはここキッチナー、アメリカはケンタッキー州のアーランガー、メキシコではケレタローという都市に本社があります。これらの本社以外に、中継基地として部品を保管しているクロスドックと呼ばれる倉庫のような建物を、カナダに4箇所、アメリカに6箇所、メキシコに1箇所もっており、お客様の生産スケジュールに合わせて、何時何分に決まった部品を決まった量だけ、このクロスドックからお客様の工場に配達します。それ以外にも輸送用トラックやトレーラーの駐車場となるトラックヤードやトレーラーヤードも各地に持っており、それらを合わせますと北米に40弱の拠点があります。社員数は、三カ国合わせて約1100名で、そのうち日本からの出向者は私一人です。

(松田)御社の強みはどのようなところにあるでしょうか。

(白石氏)まず第一に、三井物産が株主であるという資金力、安定性の高さは非常に大きな強みであると思っています。第二に、会社の規模です。物流会社の中にはトラック一台、トレーラー一台でオペレーションをしている会社もたくさんありますので、それらを含めますと北米には物流会社が数万社あると言われています。その中で、トランスフレイトは大きすぎず小さすぎない中規模の会社と認識しており、その資金力と適度な規模感でお客様の幅広いご要望にフレキシブルに対応できる体制が整っています。第三に、トヨタさんと長年お仕事をさせて頂いていますので、トヨタさん流の「カイゼン」の文化、コスト削減等を含めた現状に甘んじることのない 文化が弊社にはしっかりと身についている点です。日々より良いオペレーションを求めて常に改善し、フレキシブルに対応する姿勢が会社の文化として根付いているということは、オペレーション上の大きな強みだと思っています。

(松田)お仕事をなさっていて一番魅力を感じる点はどのようなところでしょうか。

(白石氏)世界中どこででも、ロジスティクスとは、基本的にはモノをAからBまで運ぶこと、という風に理解されていると思いますが、その手段は、飛行機、トラック、船、または人が足で運んだりと様々あります。その色々な手段がある中で、どれが一番ベストなのか、どの手段が一番お客様のご要望にお答えできるのかを選び出し創り出すところに魅力を感じています。

分かり易く言いますと、例えばお客様がインターネットで本を注文します。その方が一番求めているものは、早く手元に届くことなのか、それとも時間はかかっても良いから送料を安くしたいのか、お客様のご要望により、輸送の手段も飛行機にするのか、船にするのかと変わってきます。お客様の求めているものをしっかりと把握し、様々な条件を考慮してモノをAからBまで運ぶ全体の絵を描く、この絵を描くところが我々物流会社の最大のファンクションであり、当社だからこそ出来るお客様ごとにカスタマイズされた絵、つまりサービスを提供していく点が、一番楽しい部分です。一つとして同じ絵はありません。その絵をお客様に喜んでいただけたら最高です。

(松田)今後御社が特に力を入れていきたいことはどのようなことですか。

(白石氏)トランスフレイトという会社は、トヨタさんの物流から始まり、自動車産業の会社をメインに少しずつ事業を拡大してきました。現在30社以上のお客様とのお付き合いがありますが、自動車関係が7割ほどを占めています。今後会社をより大きく、より強くしていく中で、ひとつの産業に頼ってしまうのはある意味でリスクになってしまいます。2011年に起きた東日本大震災の際には、津波によって多くの自動車会社さんの売り上げが下がってしまったのと共に当社もダメージを受けました。ひとつの産業に頼るのではなく、今後他業種のお客様とも幅広くお付き合いをしていくことが当社としてのリスクを減らしていくことにつながります。自動車産業以外でもより広く事業を拡大していくことが、中長期的に弊社が力を入れていかなければいけない点だと思っています。

(松田)それでは、白石さんのご経歴についてお伺いしたいと思います。ご出身はどちらですか。

(白石氏)出身は東京です。下町の台東区の浅草からとても近いところで育ちました。小さいときから三社祭ではお神輿をかついでいました。その後もずっと東京に住んでおり、1998年に三井物産に入社しました。入社したときは化学品部門に配属されまして、一番最初に担当した仕事は、塩の輸入です。三井物産は、オーストラリアと中国に塩田を所有していまして、そちらで取れた塩を日本に輸入し、日本の国内で色々なメーカーに販売するという仕事を担当しました。そのサプライチェーンには、塩田の経営、海水を干上がらせて塩を作って収穫する、船で輸送し、そして日本の国内で販売する、という色々な役割がありますが、我々はひとつの室(課)でその全てを行っていました。私が主に担当していたのはその中の輸送の部分で、現地のオーストラリアや中国で大きい船にどどどっと塩を積み込み、また日本の港でそれを降ろすという、積んでから降ろすまでをカバーする業務でした。大手の船会社さんと価格交渉をしたり、傭船手配を進めたり、お客様との配船スケジュールの調整等を担当していました。

その仕事を約5年ほど担当したあと、2003年から2005年の間、インドネシアに駐在しました。その駐在は三井物産で修業生という語学研修制度があるのですが、まずは現地の大学に9ヶ月ほど通い、インドネシア語を学びました。それ以降はジャカルタにあるインドネシア三井物産に勤務しましたが、実務でも言葉を勉強するということがひとつのテーマとなっていましたので、私は日本とインドネシア間の仕事ではなく、ローカルの仕事を担当しました。インドネシア三井物産は、あるお客様向けに部品・資材倉庫をもっており、その倉庫の運営を担当していました。

日本に帰国してからはインドネシア向けに部品を輸出する仕事、その他大手電子部品メーカーさんの海外工場向けに製品や部品の輸出と一部現地での販売を担当しました。お客様が世界中に工場や拠点をもっていらっしゃったので、その3年間は非常に出張が多く、3年間で30カ国程回りました。色々な国を見ることができたのも大変大きな経験で、楽しんで働かせてもらいました。

(松田)その後、トランスフレイトさんに所属されるまではどのような経緯をたどられたんですか。

(白石氏)商社では、入社時に配属された部門の仕事をずっと担当し続けることが一般的と思われていますが、私の場合は2008年から化学品の部隊を離れ、今の自動車関連事業の部隊に移ることになりました。そこで、トランスフレイトの仕事を担当し始めました。
三井物産はアメリカ以外にも、フランス、インド、中国、ブラジルに物流会社を持っています。初めはその中のインドの仕事と、プロジェクトとしてトヨタさんと一緒にやらせていただいたロシア鉄道を活用した部品輸送の仕事を担当しました。ロシア鉄道を使って、日本からロシアの西の都市、サンクトペテルブルグまで自動車関連部品を運ぶというプロジェクトです。これらの仕事を2年半ほど担当させていただき、2010年11月にアメリカに来ました。そして、2012年7月にはカナダに移ってきました。

(松田)今までで特に印象に残っているお仕事にはどのようなものがありますか。

(白石氏)ロシア鉄道のプロジェクトは非常に壮大なものでしたので、とても印象に残っています。そのプロジェクトには、数年間の長い歴史があるのですが、我々の先輩達のおかげで三井物産に任せていただけることが決まったところから私が関わることになりました。このプロジェクトでは、それまで日本から船を使ってインド洋、地中海を抜けて2ヶ月近くかけて部品を運んでいたものを、ロシア鉄道を使って20日~25日程で運べる様にするというプロジェクトでした。

一番ネックになっていたのがコストでした。輸送期間が短い分コストが高いため、それをどうやって船と同等のレベルまで下げるかというところを色々と考えて交渉を始めたのですが、その交渉相手が3箇所ありました。まずはロシア鉄道会社。ロシア鉄道は民営化されましたが半分はロシア政府が株を持っていたため、ロシア政府との交渉もありました。そして第二に列車を動かすオペレーターと言われる方たち。日本だと鉄道のレール所有者と電車の運営会社は同じことが多いのですが、ロシア鉄道の場合は、レールを持っているのはロシア鉄道で、その上に幾つかの別の会社の電車が走っています。第三に、日本からロシアの極東の町ウラジオストックまで運ぶための船会社です。

色々と戦略を練りながらそれぞれの会社と交渉をし、やっと船で運ぶのと同等くらいまで下がってきたところでリーマンショックが起きました。全世界的に自動車の売上げや生産量が下がり、部品をそれほど速く運ぶ必要がなくなってしまったのです。プロジェクトの一時凍結が決定しました。私が自動車関連の部署に異動してきて最初に担当したプロジェクトだったですし、精力的にイケイケドンドンで取り組んでいたことが、いとも簡単に180度状況が変わるという経験は、ネガティブな結果ではありましたが、プロジェクトの面白さと世の中の変化の早さを身を持って感じることが出来た、大変印象深いプロジェクトでした。

(松田)それでは、白石さんがお仕事を進める上で大切になさっていることはどのようなことでしょうか。

(白石氏)自分の目で見るということですね。トヨタさんの言葉でいうと「現地現物」と言われますが、非常に大事なことだと思っており、何をするにしても自分で現地まで足を運ぶようにしています。例えば、弊社はここキッチナーの本社から約10分離れたケンブリッジ、そして30分程離れたウッドストックにクロスドックを持っていますが、ローカルの社員はその距離を移動することを惜しみ、担当者と電話で話しをするだけで物事を処理してしまうことがあります。私への報告が「あそこにいる彼がこう言っていた」なのです。実際に私が現場へ行ってみると話が違うこともありました。そこへ行くということは、事実を確かめるという意味もありますが、もっと重要なのはコミュニケーションに必要な臨場感を感じることです。自分で見てきたからこそ分かる臨場感をもって相手に話ができないと、相手の信頼も得にくくなります。より良いコミュニケーションを取り、良い関係を築くために、自分で現地まで足を運び、自分が見た事実に対してのみ臨場感を意識して話をするということを常に心がけています。

(松田)白石さんのプライベートについてもお伺いしたいと思いますが、好きなスポーツは何ですか。

(白石氏)基本的にどんなスポーツも好きですが、今一番はまっているのはマラソンです。小学生時代を含めると、野球、テニス、アメフトとやってきました。なので野球の観戦にも行きますし、テレビでアメリカンフットボールの観戦をするのも好きですが、アメリカに来てからはずっとマラソンを趣味で走っています。

(松田)どのようなきっかけがあってこちらでマラソンを始められたんですか。

(白石氏)日本でも河口湖マラソンには出たことがあったんですが、記念に出てみようという感じだったので走らされてる感があるといいますか(笑)、充実感はあったのですが走っていてあまりエンジョイするという感じではなかったのです。2011年5月に、アメリカで4番目に大きい市民マラソンと言われるシンシナティフライングピッグマラソンというのに出場しました。これに出場したきっかけも、友人との飲み会の席で「俺も出るからお前も出ろ」と強引に誘われ、家に帰ったら酔った勢いでWebエントリーしていたということなんですが(笑)、出てみたら本当に楽しくて、とりこになってしまいました。

大会では、沿道の観衆の方々がランナーを楽しませようとしてくれるんです。日本では皆さん旗を振ってどちらかというと地味に応援してくれる感じですが、こちらでは例えば、ロックバンドの方々が沿道で演奏をしていたり、ダンスをしている方がいたり、あとは老人ホームのおじいちゃんおばあちゃんたちがアコーディオンなどの楽器を演奏されていたり、走っててとても楽しくて、もちろんフルマラソンなので苦しい部分はあるんですが、苦しい中にも楽しみがあって、あっという間に時間が過ぎていました。それがきっかけで走り始め、結局2011年、2012年共にフルマラソンに3回、その他多くのレースに出ました。

(松田)そんな楽しそうなマラソン大会があるんですね。それなら私も走りたくなっちゃいます。アメリカには他にも同じようなマラソンがあるんですか。

(白石氏)アメリカのマラソン大会は大体似た様な雰囲気でした。他に、デイトンエアフォースマラソンという大会にも出たのですが、空軍基地がある街なので、基地内の滑走路の上を一部走るんです。空軍のヘリコプターが飛び立つ姿などを見ながら走ることができて、それもとても楽しかったです。デイトンは今年もエントリーをしていますので、また走るのを楽しみにしています。

また完走すると、完走賞のメダルをもらえるんですね。このメダルがその土地土地のものがモチーフになっていてなかなか素敵なもので、メダルを集めることもひとつのモチベーションになっています。ハーフマラソンより長いレースマラソンですと大体もらえるので、今では20個以上集まっています。

(松田)カナダの大会も出られましたか?何か特別なものはありましたか?

(白石氏)つい先日はナイアガラで50キロマラソンに出てきました。50キロは初めてだったんですが、あれは人が出るもんじゃないなと、二度と出たくないと思いましたね(笑)。フルマラソンと比べて7キロちょっとだけの差だと思われるかもしれませんが、全く別物でした。ルートは、ナイアガラオンザレイクからナイアガラの滝の間の往復で、テーブルロックにいる係員にゼッケンを見せてまた戻るというレースなのですが、大会なのに特に道をクローズしておらず、普通に観光客の方々が歩いているナイアガラの歩道を走るんです。そのため、観光客の皆さんを避けながら走らなければならず、一方観光客の方からは不思議な目で見られ、非常に新鮮な経験でした。

(松田)面白いご体験ですね。カナダは今10ヶ月とのことですが、今後カナダでやっていきたいことは何かありますか。

(白石氏)北米に来てからほとんど旅行をしていないので、カナダ国内の旅行をもっとしたいと思っています。特別行きたいという場所はないのですが、実は私は「鉄男君(鉄道オタク)」に近い部分がありまして(笑)、カナダを横断する列車の旅はしたいと思っています。秋は紅葉が見頃でとても良いとは聞いているのですが、そんな時期にバケーションはとれないと思いますので残念ですけれど(笑)、でも夏の旅行もキレイそうですよね。日本ではなかなかできない経験をもっとしたいと思っています。

(松田)最後になりますが、商工会会員へメッセージをお願いします。

(白石氏)まず宣伝になってしまうんですが、カナダ国内だけでなく、アメリカ・メキシコを含めてもし輸送のご要望などありましたら、是非一度お声がけ頂ければと思っております。また、巷では日本の製造業の競争力が低下しているという様なことが言われており、世界中で中国系や韓国系が力を出してきている中で、カナダに進出されている皆様も個社ごとの競争力を高めなければならないという背景はあると思います。しかしその中で、日本の産業全体を強くするという視点、オールジャパンの競争力を高めるという視点で、物流の観点から皆様のお手伝いををしていきたいと思っています。商工会の一会員として、是非皆様と協力して参りたいと思っていますので、是非宜しくお願いいたします。

(松田)インタビューは以上となります。今日はどうもありがとうございました。




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