「こんにちは!」新代表者紹介インタビュー


<第68回>
Toshiba Machine Company Canada Ltd/ 東芝機械カナダ
渡辺 信彦 President

マーカムにオフィスのある東芝機械カナダさんに取材に行ってまいりました。2011年の7月に赴任された渡辺社長は、今回でトロント赴任は二度目です。始めに、日本工作機械工業会(JMTBA)のビデオで工作機械について理解を深め、インタビュー後には、射出成形機の実物を見せていただきました。また、お話の中で、一つの製品をつくることで関わっている日系企業のつながりを改めて認識し、とても為になるインタビューとなりました。その後は20年前のトロントの思い出など、大変楽しくお話を伺いました。


(松田)御社の業務内容のご紹介をお願いします。

(渡辺氏)「工作機械」と「射出成形機」の販売、据付、メンテナンスです。設立は1979年で、現在設立34年目、社員数は私を入れて現在13名です。

(松田)生産拠点はどちらにありますか。

(渡辺氏)工作機械の生産拠点は日本です。全て日本から輸入し販売しております。販売拠点は、カナダはここトロントの1カ所、アメリカに3カ所、中国にはたくさんあり、全世界で合計30拠点ほどあります。

(松田)工作機械についてご説明をお願いします。

(渡辺氏)工作機械は、機械の部品をつくる機械です。と言われても全く分からないですよね(笑)。日本の工作機械は「技術とノウハウの結晶」とも言われ、世の中に存在する多くの先端技術が投入されています。複雑な三次元形状の加工も1台の機械で可能で、100分の1ミリ以下の誤差も許されない高精度の加工も可能です。よく全ての機械の「マザーマシン」、つまりお母さんと言われるんですが、「工作機械がないと世の中には物は何もない」と言っても過言ではありません。当社の工作機械は金属を削る機械ですが、使われる所は、資源ガス、オイル、鉱石を掘削運搬する機械の部品、ガスや水力発電のタービン、F1車を含む車、飛行機等の乗り物のエンジン、プラスチック部品とタイヤの金型、その他携帯電話やコンピューター等のプラスチック部品の金型、カメラのレンズの型など、とにかく色々な機械を作る為に使われています。資源とタービンが無いと電気を作れませんし、電気があるから車、飛行機を作る事が出きます。エンジンとタイヤとプラスチック部品は、車に無くてはならない物ですよね。だから「マザーマシン」と呼ばれるんです。

(松田)一つの工作機械で複数の金型を作ることが出来るんですか?

(渡辺氏)今はエンジニアがコンピュータ(CAD/CAM)で色々な金型の図面を作り加工プログラムに変換しています。作りたい金型のプログラムを工作機械に送り込むと工作機械のコンピュータ(NC装置)がそのプログラムに沿って機械を動かして金型を作ってくれるんです。

(松田)飛行機やタービンのような大きなものを作るには、工作機械のサイズはどれぐらい大きくなるんですか。

(渡辺氏)例えばマイニング用トラックのフレームやタイヤのリム等は何メートルにもなる大変大きなものです。弊社の工作機械は小さいものでも3メートル、一番大きい工作機械ですと10メートル近いものもあります。

(松田)小さいものでもそんなに大きいんですね。納入も大変そうですね。

(渡辺氏)工作機械は日本から分解して輸入し、お客様の工場で組み立てます。大きな工作機械の組み立てには2か月程かかる場合もあります。単なる組み立てだけでなく、100分の1ミリの精度を保つためには、X軸とY軸の水平はもちろん、計5軸の水平と直角をキープし、更に軸の末端までも水平と直角を保つことが重要です。例えばショベルカーのジョイント接合部分の穴の製作には、接合部の動きをスムースにかつその状態を長持ちさせるために、100分の1ミリ単位での精度が必要となってきます。大きな機械でその精度を保つことは弊社の得意とするところです。

 
大型工作機械



(松田)では、射出成形機とはどのようなものですか。

 
射出成形機

(渡辺氏)射出成形機は、型を使ってプラスチックを製作する機械です。型次第で様々なものの成型が可能で、型の移動速度、温度、圧力、樹脂の注入スピードや量等が全てコンピューターにより制御されています。射出成形機は今までサービスに重点を置いていたのですが、今年から販売に本腰を入れてやっていこうと思っています。射出成形機で世の中にあるプラスチック部品は全て作れます。日本の射出成形機メーカーは、その技術力のため、車やカメラ、携帯の部品や液晶などの精密な部品を必要とするお客様に大変好評を得ています。

(松田)カナダではどのようなお客様がいらっしゃいますか。

(渡辺氏)工作機械は、金属加工のカナダメーカさんと金型加工のカナダと日系のメーカーさん、射出成形機は車のプラスチック部品を作っている日系メーカーさんや、医療機器等を作っているカナダのメーカーさんに使用していただいています。
一つの製品を作るにも、多くの日系企業さんが関わっているんですよ。例えば車の内装パネルを作る過程でご説明しますと、弊社の工作機械を使って、金型メーカーさんが金型を製作します。そして、製作された金型を車の内装品メーカーさんが弊社の射出成形機に組み込み、プラスチックの内装パネルを製作します。弊社の工作機械や射出成形機もベアリング、ボールネジ、リニアガイド、NC装置、切削工具、精密測定装置等、日系メーカーさんに大変お世話になっております。

(松田)なるほど。商工会の会員企業の中でもつながっていることがわかります。では、今後力を入れていきたいことはどのようなことでしょうか。

(渡辺氏)一番力を入れていきたいところはサービスです。弊社の製品のような機械は高価なため、購入は10年に一度となってしまいます。そのため、保守、メンテナンス、問題があった時などが日頃お客様とコンタクトを取れる窓口となります。そのようなお客様との接点でしっかりとご満足頂けるよう、サービスの向上を図っていきたいと思っています。当たり前なことですが、どうしても各個人の考え方で差が出てきてしまうところです。そしてお客様には全て伝わってしまうんですね。今後は、社内のコミュニケーション、お客様とのコミュニケーション、日本とのコミュニケーション、そしてそれらの情報の共有化といったところを一から見直していきたいと思っています。

(松田)それでは、渡辺社長のご経歴をお伺い致します。

(渡辺氏)出身は静岡県の裾野市です。市の名前のように毎日富士山をてっぺんから裾野まで見ていました。富士山は、一日の中でも変化があるんですよね。朝の富士山、昼の富士山、夜の富士山と、特に私の好きなのは朝焼け時の富士山です。

(松田)私も富士山の麓に住んでいたことがあるのでわかります!富士山の側に住んでいる者だけが感じられる特典ですね。

(渡辺氏)学校卒業後もずっと地元にいました。会社は静岡県沼津市にあります。そして入社6年目の1992年から93年にドイツのデュッセルドルフに赴任しました。ドイツでは、私は元々技術者なので、ここカナダと同じようにヨーロッパの拠点で機械の販売とサービスをし、そして日本と話をしながら新機能の追加やグレードアップをする仕事をしていました。

(松田)ドイツではどのような印象をお持ちになりましたか。

(渡辺氏)初めての駐在だったので、衝撃もありましたし、歴史がある国は違うなという印象を持ちました。事務所の人は日本人に慣れていたこともありますし優しかったですが、ルールがきちんと決まっていて、例えばレストラン以外の全ての店が、平日は4時半、土曜日は12時半という決まった時間に閉まるんです。そして時間になると、買う気を見せても「もう帰って」と追い出されてしまうんです。20年程前の話なので今は違うかもしれませんが。

また、日航ホテルや、三越、日本の本屋さんや日本食レストランなどが集まっている通りがあって、日本人もたくさんいましたし、暮らしやすいところでした。そして車で2、3時間くらい走ると周辺の観光名所に行くことができるんです。国境を越えて、オランダやベルギーにも簡単に行けました。チューリップで有名なオランダのキューケンホフ公園や、ベルギーのブリュッセル、フランダースの犬の教会のあるアントワープなどに日帰りで行けるんです。そして各街には市庁舎があって、12時になると必ず鐘が鳴るんです。その音色を各街で聴くのがとても好きでした。

(松田)想像するだけで素敵です。ヨーロッパはいいですね。

(渡辺氏)その後は一度日本に戻り、1年後の94年から99年までの5年間、ここトロントに来ました。その時も、工作機械の販売、サービス、そして新機能追加の仕事をしていました。

(松田)その当時と2度目の赴任の今と、何か変化は感じられますか。

(渡辺氏)とても過ごし易くなりました。前回も自宅はノースヨークで会社はマーカムでしたが、赴任当時はJ-タウンは無く平成マートがビクトリアパーク×フィンチにあり、97~98年頃になってJ-タウンが出来たと記憶しております。魚を買うのも大変でした。イタリア人、ギリシャ人、スペイン人などの魚屋を口伝えに聞いて試してみて、お腹を壊したこともありました。暫くして日本人の魚のデリバリーが出来て安心して買った思い出があります(笑)。HW407も無かったですし、HWY7×404辺りのホテルもシェラトンとヒルトンとハワードジョンソンくらいしかありませんでした。その頃は、日本食材を買いに平成マートかヤング×シェパードに唯一あったPATに行き、ビデオを借りるのがとても楽しみでした。インターネットも満足に普及してない頃でしたから。1996、97年頃から段々と香港人が増えてきて、チャイニーズスーパーが出来始め、97年にパシフィックモールができて、日本のものが置いてあって驚きました。様変わりしたのはその頃からです。

(松田)トロントは小さい街だったんですね。今からは想像ができません。

(渡辺氏)99年10月に日本に戻り、沼津の工場や、東京、大阪の支店で働いたりと各地を転々としていました。会社の方針で2002年頃にカナダからは日本人駐在員がいなくなったのですが、経営管理を含め、販売、サービスについても現地の方々と再構築していくために、2011年に私が来ました。以前の駐在時は主に技術だけを見ていたのでしたが、今は技術も含め、受注や売り上げ、会計や法律まで、経営に関することを全て経験し勉強しております。

(松田)渡辺社長が仕事を進める上で大切になさっていることはどのようなことでしょうか。

(渡辺氏)社内でのコミュニケーションを大切にしています。挨拶から始まり、顔の様子を見て声をかけるようにしています。特に今は少人数なので、各従業員の家族構成やプライベートについても大体把握していますので、そういったことも含めて従業員一人ひとりを意識して大切にしていきたいと思っています。

(松田)それでは、プライベートについてお伺いしたいと思いますが、好きなスポーツやご趣味はなんですか?

(渡辺氏)週に1度、日本人駐在員や永住されている日本人の方々とメイフェアクラブでテニスをやっています。毎週木曜日に4名から8名が集まって2時間ずっと試合をしています。そこは室内なので、冬の間も出来るので良いですね。前回の駐在のときもやっていたのですが、その当時は駐在員もたくさんいたため木曜会と土曜会と週に2回ありました。当時と比べると随分とこじんまりとしてしまいました。いつでもメンバーを募集しておりますのでテニスのお好きな方は是非ご連絡下さい。よろしくお願いします。

(松田)テニスはいつから始められたんですか?

(渡辺氏)テニスは高校生の頃に始めました。日本で仕事、結婚や子育てなどをしている時はなかなか時間を作れず、全くラケットを握らない年もあったのですが、改めて始めたのはカナダに来てからです。カナダでの駐在は、日本と比べて自分に費やす時間を作りやすいところがいいですね。

(松田)他にスポーツはされますか?

(渡辺氏)暖かくなるとゴルフをやります。92年から始めましたが、散歩がてらやっているようなもんでしょうか。スコアはなかなか伸びないですね。気軽にできるので始めたのですが、ゴルフ場も昔と比べると値段が高くなりました。以前は50ドル出すと高いようなイメージだったのですが、今は100ドルが平均のように感じます。昔に比べると全ての物価が上がっています。経済的に見れば、物価がそれなりに上がることは良いことではあるのですが。

(松田)日本と比べると税金も高いですしね。

(渡辺氏)けれど、スーパーで買う食材や赤ちゃんのオムツや粉ミルクなどの生活必需品には税金がかからない、しかしお酒やタバコなどの趣向品の税金は高く設定されているといった、メリハリがあるところは日本も見習うべきところだと思います。

(松田)確かにおっしゃる通りですね。個人的にお酒の税金は低くして欲しいですけど(笑)。他に今後カナダでやっていきたいことはありますか。

(渡辺氏)あまりガヤガヤしたところが好きではないので、自然のあるところにいくか、オペラや演劇を観に行ったり、ジャズやクラシックのコンサートを聴きに行きたいと思っています。ノースヨークにあるToronto Centre for the Artsは、自宅からも近いですし色々な催しが行われているので近々行きたいと思っています。

(松田)それでは最後に、商工会会員へメッセージをお願いします。

(渡辺氏)いつもセミナーやイベントのご案内を頂いておりますので、興味のあるセミナーや昼食会には出来る限り出席したいと思っています。仕事で関わっている日系企業さんとはこれからも一緒に頑張らせて頂き、他の企業さんにもそのような機会にご挨拶や情報交換をさせて頂きたいと思っています。商工会、テニス含めて、今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。

(松田)インタビューは以上となります。どうも有り難うございました。






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