「こんにちは!」新代表者紹介インタビュー


<第62回>
Hitachi Construction Truck Manufacturing Ltd. / 日立建機トラック Ltd.
北脇 秀夫 CEO




秘書の千幸ウィリアムズさんと一緒に 

9月より商工会にご入会いただいた、日立建機トラックLtd.さんを取材して参りました。所在地はトロントから1時間ちょっとのドライブで到着するゲルフ(Guelph)です。トータル22年の海外赴任経験と、珍しいご趣味をお持ちの北脇社長は、ユーモアたっぷりに分かり易くお話してくださり、楽しいインタビューとなりました。インタビューの後は、ビルほどの大きさのある巨大なトラックの製造現場も見学させていただきました。



(松田)御社の事業内容のご紹介をお願いいたします。

(北脇氏)弊社は元々、アメリカのオハイオ州クリーブランド市近くにある地名から名のついた、ユークリッド社というトラックの会社でした。ユークリッド社は1932年に設立されてからずっとトラックビジネスをやっており、一時はメルセデスベンツ社やボルボ社の子会社だった時期もありました。2000年に、我々の親会社である日立建機がマイニング(鉱山)用のトラック事業に参入するため、ボルボ社から買い取り、日立建機トラックLtd.となりました。その当時はクリーブランドとここオンタリオのゲルフに工場があったのですが、2003年にクリーブランド工場を閉鎖し、このゲルフ工場に集約しました。作っているトラックは、一番小さいのが65トン積み、一番大きいのは300トン積みという超大型のものです。マイニングトラックとしては世界で10%のシェアをもっています。

(松田)こちらでは製造と販売とを行っているんですか。

(北脇氏)基本的には製造のみで、販売はしていません。親会社から製造委託をされている形となっており、販売は親会社がしています。弊社で製造される製品は、世界中へ出荷されています。

(松田)社員数はどのくらいですか?

(北脇氏)約450人で、日本からの駐在員は現在8名おります。

(松田)御社の強みはどのようなところでしょうか。

(北脇氏)弊社は非常に長い間トラックを製造してきた会社なので、しっかりとしたトラック製造のノウハウを持っていることは強みです。また我々の祖父会社となる日立製作所は、日本の新幹線のモーターや制御システムを製作しています。超大型トラックはこのモーターで駆動されていて 他社では外部から購入しなければならないところをグループの中で開発する技術力があるというのは、我々の一つの大きな特徴です。

(松田)製品にはどのような特徴がありますか。

(北脇氏)部品のサスペンションに特殊なものを使用しているので、特に「曲がる」という機能に関してはとても優れています。スピードを出しても安定しており小回りが利くため大変運転し易いのですが、その分お客様には乱暴に運転されてしまわれがちですね(笑)。けれど、購入してくださったお客様には、弊社のトラックは他社のトラックにはできないことができると好評をいただいています。
もうひとつは、通常は大きいトラックも普通の自動車のようにエンジン、トランスミッション、アクセルを使用して機械的に動力を駆動するため、機体の重量が増えると共に部品も大きくなり、どんどん総重量が増えてしまいます。しかし弊社のトラックは、エンジンで発電機を回し、発生した電気を電線を通して送ってモーターを回して駆動させています。電気を使うことによって自重を軽くし、また制御もし易いものを作ることができています。
世界の中では小さい会社ですが、そういった点を総合し、電気式のトラックに関しては、これから非常に成長が期待され、競合相手に負けない競争力のある会社になれると思っています。

(松田)ここにある模型は、実際はどのくらいの大きさなんですか。

(北脇氏)これは鉱山で使用されるマイニングショベルで、実際は運転席までの大きさが約10メートル、自重が800トンあります。この実物は私もオーストラリアの現場で初めて見ました。余りにも大きいので、バラバラのまま輸送して現地で組み立てるので、工場では見たことはないですね。

(松田)まるでビルのようですね。では、御社で今特に力を入れて行っていることはどのようなことでしょうか。

(北脇氏)近年、ブラジル、ロシア、インド、中国などの発展途上であった国や地域でも電気が多く使用されるようになり、鉱物資源も世界的に必要とされています。生活が豊かになるに連れて電気も資源もより多く必要となるため、今後も資源需要は増えることが期待されます。我々の製品もその流れと共に需要が増えているため、工場の増築を決定し建築中です。

他には、CAW(Canadian Auto Workers union)のメンバーなのですが、お互いにもっと理解を深めて一緒に明日のことを考えられるようにと、組合の人達との話し合いの場をもっています。最近は現場に出ると組合の役員が気軽に声をかけてきて他愛もない話をしたりと、良い関係を築けており、進歩してきているなと感じています。ここ1年半くらい定期的に努めて行っていますが、これは今後も継続して行っていきたいですね。

(松田)それでは、北脇社長のご経歴をお伺いしたいと思います。

(北脇氏)出身は静岡なんですが主に育ったのは神奈川の茅ヶ崎なので、湘南ボーイです(笑)。大学を卒業し1975年に日立建機に入社しました。元々は技術屋です。当時日立建機は油圧ショベルを作っていましたが、その頃日本という狭い島国の中に油圧ショベルを作っている会社が11社もあったため、競争し合い、非常にレベルが高くなりました。そして世界中に輸出するようになった結果、ヨーロッパの油圧ショベル業界を狂わせてしまい ヨーロッパメーカーの多くは倒産したり、売却されたりという状況になってしまい、ECから高いダンピング課税をかけられるようになってしまいました。そのためヨーロッパ内で製造を行うことになり、1986年にイタリアのフィアット社と合弁会社を作るため、調査に出張しました。その後無事会社を作ることになったため、私はそのまま13年間イタリアにいました。1999年に日本に帰ったんですが、その直後合弁会社を解散することになり、また2001年にヨーロッパに戻って、新工場を作ることに従事しました。結局はアムステルダムに作ったので、その後オランダに5年半くらいいました。そして日本に2年間程戻った後、2009年の4月にカナダに来たので、赴任歴はトータルで今年で22年目です。

(松田)長い海外生活の中ほとんどヨーロッパで過ごされていたということですが、カナダの生活はいかがですか。

(北脇氏)自然がいっぱいですが、自然しかないというか、ヨーロッパと比べると少し寂しいですね。オランダもあまり食べ物は美味しくないのですが、海があるので海産物が手に入りました。特にここゲルフではわざわざトロントまで行かないと、海産物を始め新鮮な素材が手に入りづらいのが残念ですね。

(松田)イタリアではどちらにいらっしゃったんですか。

(北脇氏)元々は北部にあるトリノという冬季オリンピックが行われた町にいたのですが、途中で、長靴の形をしたイタリアのかかとのところにあるレッチェという場所に別の工場ができたため、そこに行きました。家族はトリノにそのまま残ったため、私だけが1200kmくらい離れたレッチェに6年間くらいイタリア国内で単身赴任をするという珍しい生活をしていました。

(松田)今までで特に印象に残っているお仕事はどのようなことですか。

(北脇氏)イタリアで合弁会社を作ったときも、オランダで工場を作ったときもそれぞれ印象に残っていますけれど、イタリアの合弁会社を解散したときのことでしょうか。そのときは日本に帰っていた私も呼び戻されることになってしまい、それまで長い間仲良く一緒に仕事していた人たちと、ドンと机を叩いてでも交渉しなければならないのは気の重い仕事でした。けれど、彼らは「これは仕事でプライベートとは別だから、友達関係は変わらないよ」と理解をしてくれるんですね。個人の問題と仕事の問題は別だという彼らの考え方はとても有り難く、嬉しいものでした。今も連絡を取り合ったり、思いがけないところで出会って大騒ぎしたりと交友は続いていて、そのことが一番印象に残っています。

(松田)それでは、北脇社長がお仕事を進める上で大切にしていることはどのようなことでしょうか。

(北脇氏)コミュニケーションですね。とにかく話し合いをして理解し合うこと。あとは、外国で働くときにはその国を好きにならなければいい仕事はできないですね。もし嫌な部分があっても、協力して明日を作るしかないですから。従業員が長く働きたいと思えて、会社に来るのが楽しくて、明日のために働けるという環境を作ることができなければ、日本人が来て、いくら色々改善しようとしたって、良い方向には向かないなというのが今までの経験で得たことですね。
もちろん「何を甘っちょろいことを言っているんだ」とか言われることもありますけれど、日本だってたくさん悪い部分はあるのですから、その国の良いところを見つけて、その国の人達が自分で考えて成長できる環境をつくって、一緒に前に進んでいくということが、一番大切なことですね。

(松田)素敵なお話ですね。それでは、北脇社長のプライベートライフについてもお伺いしたいと思いますが、好きなスポーツやご趣味は何でしょうか。

(北脇氏)運動不足解消のために自転車に乗ったりはしますけれど、スポーツはその程度ですね。
趣味は、古い車をレストアすることです。カナダに来てからも、1970年のロータスヨーロッパというスポーツカーを4000ドルくらいで購入して、2年半くらいかけてレストアしました。作っている最中は色々考えて面白くて作るんですけれど、作り終わった途端に飽きちゃうんですよね。時々乗ったりもするんですけれど、そんなのを日本にも何台か置いてきているので女房に文句を言われます(笑)。

(松田)レストアってどのようなことをするんですか?

(北脇氏)古い車を全てバラバラにして、サビ落としから始めて、エンジンやトランスミッションも全てオーバーホールして、キレイにして組み立て直すんです。ただ塗装だけはできないのでボディショップに持っていってやってもらいますが、それ以外は全てですね。

 
レストア後のロータスヨーロッパ

(松田)今まで何台くらいレストアしたんですか?

(北脇氏)今までに3台やりました。イタリアにいたときは古いジャガーを4年半くらいかけてやりました。
実は、この間ロンドン(オンタリオ)で3500ドルのロールスロイスを見つけたんです。当然ボコボコなんですが、それが欲しいなと思って女房に相談しましたが、反対されました(笑)。手をつけたら途中で辞められないので、しばらくは少し大人しくしていようかと思っています。

(松田)それでは最後に、商工会会員へのメッセージをお願いします。

(北脇氏)今まで12年カナダで商売をしていますが、やっと商工会に加入させていただきました。仕事だけでなくプライベートでも、色々なつながりができることを楽しみにしていますので、どうぞ宜しくお願いします。

(松田)インタビューは以上です。今日はどうも有り難うございました。



 
エンジン

トラック本体




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