「こんにちは!」新代表者紹介インタビュー

<第53回>

Honda Trading Canada Inc. / ホンダ トレーディング カナダ

鶴東 一成 President

ホンダトレーディングさんは、トロントの北Allistonに位置します。ご用意下さったスライドと共に事業内容について詳しくご説明頂いた後は、鶴東社長のエキサイティングなご経験談をお伺いしたり、伊東専務理事と全く同じご趣味をお持ちであることが判明したりと、楽しいインタビューとなりました。

 

(松田)まずは、御社のご紹介をお願いいたします。

(鶴東氏)株式会社ホンダトレーディングは、本田技研工業(株)100%出資の会社で、現在21カ国53箇所に事業所があります。設立は1972年ですが、設立当初は社名も今とは異なり、コーヒー豆や英国製自転車の輸入等を行っておりました。実はあの一世を風靡した「ローラースルーGOGO」の販売も行っておりました。その後1988年に社名が今の(株)ホンダトレーディングに変わり、業容もホンダおよび協力部品メーカーの生産活動をサポートするものが主になり、海外進出が加速していきました。そんな中、1990年にホンダトレーディングカナダは設立されました。現在の社員数は日本人駐在員2人を含めまして40名です。主な事業内容は、本田技研および協力部品メーカーへの材料調達のサポート、原材料リサイクル、部品および設備の輸出入販売、通関物流業務です。

(松田)本田技研さんへの原材料調達のサポートについて、具体的にご説明頂けますか。

(鶴東氏)自動車製造に必要な原材料である鉄鋼、樹脂、アルミニウムをサプライヤーから購入し、ストックあるいは必要な加工を施して、ホンダの工場や協力部品メーカーへ納入するまでのオペレーションを我々が一元管理して行っています。一元管理することで、安定調達と競争力あるコスト実現に寄与ししています。

(松田)原材料リサイクルとはどのような事業でしょうか。

(鶴東氏)例えば、自動車製造過程ではアルミの湯口や削りかすなどが発生します。これらを回収し、再生業者に委託してアルミインゴットへと再生し、また部品製造ラインへ戻すというのが原材料リサイクルです。

(松田)御社は通関業務も行っていらっしゃるのですね。

(鶴東氏)通関業務のサービス提供を行っているのは、ホンダトレーディング全体を見ても非常に限られています。ここでは在籍通関士を含む専任スタッフにより毎月約9000件の輸入通関を行っています。輸入通関には事後報告で良いものと、国境で直ちに通関申告が必要なものの2種類ありますが、我が社ではそれぞれニーズに応じたタイムリーな対応を行っています。

(松田)鶴東さんが今後仕事上で力を入れて取り組んでいきたいことはありますか?

(鶴東氏)私が過去に赴任していた国々がかなり変化の多い、ある意味エキサイティングな国であった為か、カナダはとても落ち着いた安定した国という気がします。それは良いことではあるのですが、故に変化を好まない風潮があるような気がします。従業員には常にクリエイティブでいて欲しいですね。今後は従業員に新しい刺激や考える機会を与え、共にクリエイティブな仕事をしていきたいと思っております。

(松田)では、鶴東さんご自身のご経歴についてお伺いしたいと思います。ご出身はどちらですか?

(鶴東氏)出身は兵庫県神戸市で、入社したのは1989年です。その後1999年の10月にブラジルのサンパウロに赴任するまでは、ずっと日本でアジア向けに部品・設備を輸出する仕事をしておりました。2005年の6月まで約6年間ブラジルのサンパウロに滞在し、日本に戻りました。そして2008年の4月から2010年の10月まで今度はタイに2年半駐在し日本へ帰国。そして、2011年の7月にカナダに来ました。

(松田)前述のエキサイティングだった国というのはブラジルとタイでのお話でしょうか。

(鶴東氏)はい。ブラジルはとても変化が大きくて大変な国でした。例えば、私が赴任した直後の為替は1ドルが約1.6レアルでしたが、それが2002年の12月、ルーラ大統領が当選する直前に約4レアルまで下りました。3年間でそれだけの変化があったんです。 為替がジェットコースターのようにあっという間に上下します。 普段はブラジルの金利が高いので輸出元に支払いサイトを長くするように交渉して欲しいと言っていたお客さまが、直ちに支払いたいと言われたりしました。1日で大きな負担額の差が出るわけですから、皆さん常に動向を注視して対応していました。 

他には、ボルトナット輸入時のライセンス取得が急に義務付けられたことがありました。事前の通知は何もなく突然に。関係機関が言うには、実は2か月前から法律は承認されていたのだが、適用が遅れていただけのことで以前から法律は有効だったというもの。そのライセンスは出港前に取得しなければならないものでしたので、その時には既に船は出ているものもあり手遅れ。それでもペナルティの支払いが要求されました。でも、月間数千件のライセンス申請を審査する役人が数人しかいないことも明らかになり、ライセンスそのものが直ぐに廃止されました。 

他にも、担当の税関職員が突然の休暇に入り、緊急の貨物の引取りに苦労したこともありました。担当官はインボイス毎にシステムで指定されるのですが、貨物到着後二週間以内に審査すれば良いというもので、休暇を取っても彼らに問題はないのです。こちらはお客様の生産ラインが止まるかどうかの瀬戸際で大慌て、常にタイトロープでした。毎日がそんな調子なので、大概のことには驚かなくなりましたね。

(松田)タイはどのような国でしたか?

(鶴東氏)タイは非常に住みやすい国でした。心暖かい人々、普段は治安も良くて、食事もおいしい、物も豊富にあり、家族にとても住みやすい国でした。しかし、私が行ったときは運が良かったのか悪かったのか、赴任中に色々なことが起きました。私が赴任した直後にはリーマンショックが起き、急速に世界経済が減速し、タイも影響を受けました。拡大に対応するより、減速に対応する方が大変なのだと実感しました。

あとは、タイで立て続けに起こったデモや暴動です。200911月に守旧派の黄シャツ組が1か月程空港を占拠しました。我々の仕事は物流に関わるものが多いですから、空港の機能が停止してしまうと多大な影響を受けます。そのため急遽別の輸送ルートを確保するなどの対応に追われました。占拠は暫く続き終焉。 しかし、その後20103月には守旧派の支持を受ける政府に不満を溜めていた敵対勢力の赤シャツ組が郊外からデモを始め、バンコク市内に集結し各地を占拠。5月半ばには弊社の事務所に隣接するルンピニ公園周辺にて赤シャツ組と政府の治安部隊との交戦が始まりました。我々は政府からの退避命令に従い、事務所を後にして自らが所有する倉庫へ移動しオペレーションを1週間継続しました。バンコク市内での戦闘によりお客様の工場も影響を受けましたが止まった訳ではないので、我々は業務をそこで継続する必要があったのです。 戦闘が始まる前から皆で力を合せて行った事前の準備が功を奏して、結果的にお客様のラインを止めることなく対応することができました。 あの時のことは今でも鮮明に思い出されますし、自分にとっては良い経験になったと思います。

(松田)今のお話を伺うと、どれだけカナダが平和でのんびりしているのかということがわかりますね。では、そういったご経験を通して、鶴東さんがお仕事をする上で大切になさっていることはありますか?

(鶴東氏)ホンダの言葉に「3現主義」というのがあります。「現場、現物、現実を見て実際に行動しよう」というものですが、本当にまさしくその通りで、他人から聞いたことや自分で見たことのないものは事実とは違っていることがあります。その場に行って、その物を見て、自分で確認して動かなければならないということを過去の経験から自身が感じて来ました。従業員に対しても、それを常に心がけるようにという指導をしています。

(松田)それでは、この辺りで鶴東さんのプライベートなことをお伺い致します。ご趣味は何でしょうか?

(鶴東氏)一番長くしている趣味はオーディオですね。高校1年生の時に始めて今までずっと続けています。アンプやスピーカーやCDプレーヤーを組み合わせて音の変化を楽しむのですが、組合せ次第で音が変わり、なかなか納得のいくものにはなりません。大きな音を出して楽しみたいのですが、住んでいる場所の関係上あまり大きな音を出せないことが悩みでしょうか。

(松田)音楽は何を聞かれるんですか?

(鶴東氏)ジャズです。

(松田)機材をそれぞれの赴任先には持っていかれたのですか?

(鶴東氏)はい。奥さんに「めんどくさい」と嫌がられます(笑)。引っ越し屋さんへの梱包の指示や壊れた時のことを考えると関わりたくないんでしょうね。

(松田)奥様のお気持ちはわかります(笑)。

(鶴東氏)残念ながらカナダでは手に入りにくい物がけっこうあるんですよね。最近は海外のウェブサイトから新しいケーブルを通販で購入したりして、小さな変化を楽しんでいます。あと他の趣味としては、少し前までは古いカメラの収集を楽しんでいました。それはブラジル赴任時に始めたのですが、1920年代から現代のものまで50台程、レンズは100本程集めました。

(松田)オーディオとカメラと、機械がお好きということなのでしょうか。

(鶴東氏)カメラは操作する時の感触や音が好きですね。操作感が滑らかで「カシャ!」と良い音のするカメラは嬉しくなりますね。オーディオもそうですし、私は耳から入るタイプなのかもしれませんね。

(松田)カナダでの生活はそろそろ1年経ちますが、いかがですか?

(鶴東氏)実はカナダには1987年にワーキングホリデーで来ているんです。BC州で約1年間過ごしました。カナダとは何か縁があったような気がしますね。西と東で印象も違いますし、当時とは置かれている立場も違いますが、治安上の心配はないですし、やはり良い国ですね。前赴任地のタイが便利過ぎたので、それと比べる物が手に入りにくいなど多少の不便さはありますが、そういった部分も含めてあるがままのカナダを楽しんでいこうと家族と話しています。

(松田)では最後に、商工会会員へメッセージをお願い致します。

(鶴東氏)このインタビューをきっかけに過去の代表者インタビューの記事を読み直し、オンタリオでたくさんの日系企業が様々な活躍をされていることを再認識しました。今後私も皆様とコミュニケーションをとりながら、皆様とのネットワークを活用して企業としても発展していきたいですし、プライベートでも皆様と交流をはかって楽しんでいきたいと思っておりますので、今後ともどうぞ宜しくお願いします。

(松田)商工会でも会員の皆様と交流を深められるイベントを企画しておりますので、是非ご参加ください。インタビューは以上です。どうも有り難うございました。

 


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